第13話 森の都
文字数 3,051文字
森の旅は、特に問題なく進んでいった。一度、道を間違えて魔力溜まりにぶつかってしまい、魔物の集団に追われる羽目になったが、誰も怪我することなく切り抜けられた。
そして、五日目の夕方。深い森の中に、その場所はあった。
「わあ……」
アリエルが感嘆の声をあげた。ルカも、目を丸くして見入っている。
「やっと着いたね」
ローディは小さく息を吐いた。くるりと振り返ると、仲間たちを出迎えるかのように手を広げた。
「ようこそ森の都へ」
「なんでお前が言うんだ?」
というランツの呟きは、誰の耳にも届かなかったようだ。唯一聞いてくれそうな隣のニアは、露店に並んだ見たこともない果物に目を奪われている。
目の前に広がるのは、街であり、また森でもあった。店は巨大な木の幹をくり抜いて作られ、家は枝の上に建っている。枝と枝を結ぶ細いロープの上を、住人らしき人々がすいすいと渡っている。もともとあった木は一本も切られずに、街の一部になっているようだった。
「こんな街があるんですね……」
「うん。ずいぶん昔からある街でね」
と、ローディはアリエルを伴ってさっさと先に行ってしまった。まだ少しぼうっとしているルカを、ランツは促した。
「俺たちも行こう」
すると、相手ははっとした顔で見返してきた。その表情に若干の警戒が含まれているのを見て、ランツは首を傾げた。
「なんだ」
「……いえ。あいつみたいな事をしてくるんじゃないかと思っただけ」
ルカの視線の先には、アリエルの肩に馴れ馴れしく手を置くローディの姿があった。ランツは何とも言い難く、がりがりと頭の後ろを掻 いた。
ふらふらと露店に吸い寄せられるニアを回収しつつ、ランツはローディの後を追った。ニアに散々文句を言われたので、宿を決めたあとで戻ってくることを約束する。
周囲を観察したところ、どうも自分たちのような旅人はいないようだった。荷物もなく、独特の服を着ていて、出会った人と親しげに話している。少し規模は大きいが、辺境の村と雰囲気は近い。違うのは、よそ者に対して全く注意を払っていないというところだ。
「不思議なところね」
「ああ」
ルカの呟きに小さく頷く。立ち止まって街の解説をしていたローディに追いつくと、ランツは言った。
「ローディは来たことあるのか」
「ん? まあね。山岳地帯の遺跡群に昔行ったことがあるんだよ。結果は散々だったけどね」
彼の表情には、苦いものが混じっていた。たぶん、ランツたちと一緒に行動するようになる前の話なのだろう。
ローディの説明を横で聞いていたところによると、ここは遠い昔から存在する街――というよりも集落らしい。森の恵み、つまりは獣や魚、植物を採って暮らしていて、他の街との交流はほとんど無い。とは言え閉鎖的というわけでもなく、望めば物々交換で食べ物を売ってくれる。
やがて一行は、街の南端にある宿屋に着いた。宿はここ一つだけらしい。それだけ旅人が少ないのだろう。南の山岳地帯に行くためには必ず通るはずなので、山岳の遺跡群に挑戦する冒険者はほとんどいないようだ。
「お」
木の幹の中に入ってすぐに、ランツが声をあげた。壁と一体化したベンチに、一人の青年が座っている。隣には、大きな荷物が置かれていた。
「おや、こんにちは」
男は柔和な笑みを浮かべながら立ち上がった。率先して前に出たローディが、同じくにこやかな笑顔で言った。
「こんにちは。僕の名前はローディ、冒険者です」
「ああ、冒険者の方でしたか」
男はほっとしたように言った。
その後、全員で自己紹介した。彼の名前はギル。ランツたちと同じく冒険者のようだ。
「一人でここまで?」
「いえいえ」
ローディの質問に、ギルは困ったような顔で首を振る。
「仲間たちと一緒に南の遺跡群に向かっていたのですが……森ではぐれてしまって」
「へえ?」
少し不思議そうにローディは言った。そういう時のために、集合場所を決めておくのが普通だ。というかここで集まることにしておけば、絶対に合流できるはずなのだが……。
疑問に思っていることを察したのか、相手は苦笑気味に言った。
「ここで集まる予定だったんですけどね。置いていかれてしまったようです」
「それはそれは」
いかにも気の毒そうに言うローディ。ギルは様子を窺 うように、一人一人に目を向ける。
「あなたがたも南の遺跡群に行くつもりですよね?」
「はい、もちろん」
ローディは淀みなく言った。嘘とは言い切れないが、真実でもない。俺なら言葉に詰まるな、とランツは思った。
「ああ、やっぱり」
すると、男はこんな提案をしてきた。
「大変厚かましい申し出なのですが……私もご一緒させていただけないでしょうか?」
さすがにこれには即答できなかったようだ。ローディが黙っていると、男は言葉を続けた。
「私は旅に便利な聖導具をいくつか持っています。お役に立てると思いますよ」
「へえ、どんなです?」
「例えば、アラートの聖導具だとか」
「ま、マジですか」
ローディが目を見開いて言った。ランツが後ろから尋ねた。
「どういう効果なんだ」
「魔物や獣が近づいたら鳴るやつだよ。これがあれば夜の見張りが要らなくなる」
「それはすごいな」
ぼそぼそと二人で話す。ギルは、にこにことこちらを見ていた。
「神官では無いのに聖導具が使えるんですね! すごいです!」
きらきらした目でアリエルが言った。確かに、男の服はアリエルのようなローブではなく、動きやすそうな普通の旅人服だ。世界樹教の神官には見えない。
すると、ギルは不思議そうに言った。
「そちらの方も同じでは?」
彼の視線は、腰に杖を差したルカに向けられていた。アリエルははっとした表情になると、両手を忙しなく振った。
「え、ええと、そうですね!」
「一緒に、ということですけど」
これ以上ボロが出ないようになのか、ローディが無理やり口を挟んだ。
「手に入れた聖導具は山分けってことですか?」
「はい。そちらは五人のようなので、六分の一をもらえれば。折角ここまで来たのに、手ぶらで帰りたくはないんですよね」
「なるほど。ちょっと相談させてください」
彼は仲間たちを連れて端に寄ると、小声で話し出した。
「どうする? 正直言うと、遺跡探索だけが目的なら是非連れていきたいところだけど……」
「主目的はそっちじゃないでしょ」
「そうなんだよねえ」
ルカの突っ込みに、ローディは渋い顔で返した。
「でも、それを考慮してもまだ魅力的だよ。だって見張りが要らないんだよ? 他にも聖導具持ってるみたいだしさ」
「……」
今度はルカも何も言えないようだ。すると、横からアリエルが首を突っ込んできた。
「一緒に行きましょう! 困った時はお互い様です!」
「上手いこと目的は隠して連れていけばいいんじゃないか」
ランツは言った。ついでにニアにちらりと目をやってみたが、彼女はあらぬ方向を見つめながらぼうっとしていた。大方さっきの露店のことでも考えてるんだろうと思って放っておく。
ローディが言った。
「簡単に言ってくれるね。その上手いことって僕にやらせようと思ってるだろ?」
「もちろん」
「まあいいけどさ」
肩をすくめる。思いはそれぞれだが、意見は連れていく方に偏っているようだ。
「……わかったわ。任せる」
ルカが渋々頷いた。
そして、五日目の夕方。深い森の中に、その場所はあった。
「わあ……」
アリエルが感嘆の声をあげた。ルカも、目を丸くして見入っている。
「やっと着いたね」
ローディは小さく息を吐いた。くるりと振り返ると、仲間たちを出迎えるかのように手を広げた。
「ようこそ森の都へ」
「なんでお前が言うんだ?」
というランツの呟きは、誰の耳にも届かなかったようだ。唯一聞いてくれそうな隣のニアは、露店に並んだ見たこともない果物に目を奪われている。
目の前に広がるのは、街であり、また森でもあった。店は巨大な木の幹をくり抜いて作られ、家は枝の上に建っている。枝と枝を結ぶ細いロープの上を、住人らしき人々がすいすいと渡っている。もともとあった木は一本も切られずに、街の一部になっているようだった。
「こんな街があるんですね……」
「うん。ずいぶん昔からある街でね」
と、ローディはアリエルを伴ってさっさと先に行ってしまった。まだ少しぼうっとしているルカを、ランツは促した。
「俺たちも行こう」
すると、相手ははっとした顔で見返してきた。その表情に若干の警戒が含まれているのを見て、ランツは首を傾げた。
「なんだ」
「……いえ。あいつみたいな事をしてくるんじゃないかと思っただけ」
ルカの視線の先には、アリエルの肩に馴れ馴れしく手を置くローディの姿があった。ランツは何とも言い難く、がりがりと頭の後ろを
ふらふらと露店に吸い寄せられるニアを回収しつつ、ランツはローディの後を追った。ニアに散々文句を言われたので、宿を決めたあとで戻ってくることを約束する。
周囲を観察したところ、どうも自分たちのような旅人はいないようだった。荷物もなく、独特の服を着ていて、出会った人と親しげに話している。少し規模は大きいが、辺境の村と雰囲気は近い。違うのは、よそ者に対して全く注意を払っていないというところだ。
「不思議なところね」
「ああ」
ルカの呟きに小さく頷く。立ち止まって街の解説をしていたローディに追いつくと、ランツは言った。
「ローディは来たことあるのか」
「ん? まあね。山岳地帯の遺跡群に昔行ったことがあるんだよ。結果は散々だったけどね」
彼の表情には、苦いものが混じっていた。たぶん、ランツたちと一緒に行動するようになる前の話なのだろう。
ローディの説明を横で聞いていたところによると、ここは遠い昔から存在する街――というよりも集落らしい。森の恵み、つまりは獣や魚、植物を採って暮らしていて、他の街との交流はほとんど無い。とは言え閉鎖的というわけでもなく、望めば物々交換で食べ物を売ってくれる。
やがて一行は、街の南端にある宿屋に着いた。宿はここ一つだけらしい。それだけ旅人が少ないのだろう。南の山岳地帯に行くためには必ず通るはずなので、山岳の遺跡群に挑戦する冒険者はほとんどいないようだ。
「お」
木の幹の中に入ってすぐに、ランツが声をあげた。壁と一体化したベンチに、一人の青年が座っている。隣には、大きな荷物が置かれていた。
「おや、こんにちは」
男は柔和な笑みを浮かべながら立ち上がった。率先して前に出たローディが、同じくにこやかな笑顔で言った。
「こんにちは。僕の名前はローディ、冒険者です」
「ああ、冒険者の方でしたか」
男はほっとしたように言った。
その後、全員で自己紹介した。彼の名前はギル。ランツたちと同じく冒険者のようだ。
「一人でここまで?」
「いえいえ」
ローディの質問に、ギルは困ったような顔で首を振る。
「仲間たちと一緒に南の遺跡群に向かっていたのですが……森ではぐれてしまって」
「へえ?」
少し不思議そうにローディは言った。そういう時のために、集合場所を決めておくのが普通だ。というかここで集まることにしておけば、絶対に合流できるはずなのだが……。
疑問に思っていることを察したのか、相手は苦笑気味に言った。
「ここで集まる予定だったんですけどね。置いていかれてしまったようです」
「それはそれは」
いかにも気の毒そうに言うローディ。ギルは様子を
「あなたがたも南の遺跡群に行くつもりですよね?」
「はい、もちろん」
ローディは淀みなく言った。嘘とは言い切れないが、真実でもない。俺なら言葉に詰まるな、とランツは思った。
「ああ、やっぱり」
すると、男はこんな提案をしてきた。
「大変厚かましい申し出なのですが……私もご一緒させていただけないでしょうか?」
さすがにこれには即答できなかったようだ。ローディが黙っていると、男は言葉を続けた。
「私は旅に便利な聖導具をいくつか持っています。お役に立てると思いますよ」
「へえ、どんなです?」
「例えば、アラートの聖導具だとか」
「ま、マジですか」
ローディが目を見開いて言った。ランツが後ろから尋ねた。
「どういう効果なんだ」
「魔物や獣が近づいたら鳴るやつだよ。これがあれば夜の見張りが要らなくなる」
「それはすごいな」
ぼそぼそと二人で話す。ギルは、にこにことこちらを見ていた。
「神官では無いのに聖導具が使えるんですね! すごいです!」
きらきらした目でアリエルが言った。確かに、男の服はアリエルのようなローブではなく、動きやすそうな普通の旅人服だ。世界樹教の神官には見えない。
すると、ギルは不思議そうに言った。
「そちらの方も同じでは?」
彼の視線は、腰に杖を差したルカに向けられていた。アリエルははっとした表情になると、両手を忙しなく振った。
「え、ええと、そうですね!」
「一緒に、ということですけど」
これ以上ボロが出ないようになのか、ローディが無理やり口を挟んだ。
「手に入れた聖導具は山分けってことですか?」
「はい。そちらは五人のようなので、六分の一をもらえれば。折角ここまで来たのに、手ぶらで帰りたくはないんですよね」
「なるほど。ちょっと相談させてください」
彼は仲間たちを連れて端に寄ると、小声で話し出した。
「どうする? 正直言うと、遺跡探索だけが目的なら是非連れていきたいところだけど……」
「主目的はそっちじゃないでしょ」
「そうなんだよねえ」
ルカの突っ込みに、ローディは渋い顔で返した。
「でも、それを考慮してもまだ魅力的だよ。だって見張りが要らないんだよ? 他にも聖導具持ってるみたいだしさ」
「……」
今度はルカも何も言えないようだ。すると、横からアリエルが首を突っ込んできた。
「一緒に行きましょう! 困った時はお互い様です!」
「上手いこと目的は隠して連れていけばいいんじゃないか」
ランツは言った。ついでにニアにちらりと目をやってみたが、彼女はあらぬ方向を見つめながらぼうっとしていた。大方さっきの露店のことでも考えてるんだろうと思って放っておく。
ローディが言った。
「簡単に言ってくれるね。その上手いことって僕にやらせようと思ってるだろ?」
「もちろん」
「まあいいけどさ」
肩をすくめる。思いはそれぞれだが、意見は連れていく方に偏っているようだ。
「……わかったわ。任せる」
ルカが渋々頷いた。