第29話 協力者

文字数 2,686文字

 宿で仮眠を取ったあと、一行はアリエルの居場所を調べ始めた。だが当然のことながら、そう簡単に分かるものではない。さすがのローディも、王都の教会に知り合いはいないようだ。まずは一般人を装って、教会に偵察に行っていた。
 一つ分かったのは、教会の警備が異常に厳しいということだ。聞き込みしたところによると、今日から急にそうなったらしい。偶然でなければ、リレイの街での侵入者――つまり、ランツたちのせいだろう。やはり手配はされていないので、顔は見られなかったようだ。
(本当にここにアリエルがいるのか)
 横目で教会を眺めながら、ランツは思った。もしいるとしたら、ランツたちと同じ手段で飛ばされてきたのだろう。リレイの街から普通に来たのでは、まだ着いていないはずだ。
(ニアを探す方が先かもな)
 分からないことが多すぎる。アリエルはどこにいるのか。どうやって転移したのか。あの魔力溜まりを吐き出す世界樹は何なのか。ずいぶん都合のいい願いだとは思っているが、彼女に全部説明して欲しい気分だった。
 考え事をしているうちに、ランツの足はいつの間にか露天通りを歩いていた。お祭りのような活気だが、王都ではこれが普通なのだとローディから聞いた。
 辺りには、肉とタレが焼けるいい香りが漂っていた。客寄せのために、あえて匂いが出るようにしているのだろう。
 ニアならすぐに引き寄せられそうだな、などと思っていると、
「……」
 店先で串焼きをかじる少女の姿を目にして、ランツは体の力が一気に抜けるのを感じた。まさか、本当に引っかかっていたとは。
「ニア」
 くるりと振り返ったニアは、口いっぱいに頬張った肉をむぐむぐとさせていた。何事か話し出そうとして、慌てて口元を押さえていた。
「食べてからにしろよ。待ってるから」
 そう言うと、ニアはこくこくと頷いた。しばしのあと、手を斜め上に上げながら言った。
「アリエルはあそこ」
 彼女が指さしたのは、王都の中心に(そび)える世界樹だった。リレイの街のものよりさらに大きい。当然のごとく教会の管理下にあって、一般人は近づくことができない。
「教会に侵入する方法はローディが調べてる。だがかなり難しそうだ。何かないか?」
「んー……」
 ニアは眉を寄せて(うな)った。思いつかないのでは無く、言い出しづらいような雰囲気だ。ランツは少女の肩に手を置いて、言った。
「あるなら教えてくれ」
「……」
 ずいぶん躊躇(ためら)っていたが、やがてニアはこう言った。
「わかる知り合いがいる」
「本当か。手伝ってくれそうか?」
「それはわかんない」
 ふるふると首を振る。自信はなさそうだったが、他に頼れる伝手(つて)もない。ランツは大きく頷いた。
「よし、ローディたちと合流して相談しよう」
「……おー」
 二人は宿へと向かった。

 仲間内で相談したランツたちは、早速協力者の元を訪れていた。もう夜も遅い時間だったが、ニアの「全然気にしないよ」という言葉を信じることにした。
 何をやっているの人なのかと聞いても、ニアは何も答えなかった。どういう関係なのか、ランツは少し気になっていた。
 さりげなくローディが聞いたところ、男性だそうだ。それぐらいしか事前情報がない。
 その男は、王都の宿に泊まっているようだった。どうも、あまりいい宿ではないらしい。ニアに連れられるうちに、どんどん街外れへと向かっていく。
 ぼろぼろの宿に入り、誰もいない受付を通り過ぎて男の部屋へと向かう。ノックもせずに、ニアは扉をばたんと開けた。
「おや」
 と、中で本を読んでいたらしい人物が顔を上げた。人の良さそうな若い男。ニアと同年代、ランツからすると少し下に見える。
「こんばんは」
 男は柔らかい笑みを浮かべた。その笑顔に裏が見えたわけではないが、ランツは少し身構えてしまった。ついギルのことを思い出してしまったのだ。
 彼はニアに目を向けて言った。
「どうしたんだい?」
「……あのね。木の中に捕まってる子を助けたいの。知ってるでしょ?」
「ああ、あの子」
 男は興味なさげに言った。再び本に目を落とすのを見て、ニアが唇を尖らせる。
「手伝ってよ」
「どうして手伝わなければいけないんだい?」
 素っ気なく言う。一歩前に出たローディが、必死に言った。
「突然訪ねて、こんなことお願いするのは申し訳ないと思ってる。でも、どうしても助けたいんだ。報酬は払うから、頼むよ」
「報酬ねえ」
 男は笑顔を崩さないまま、だが挑戦的に言った。お前たちに満足のいく報酬を払えるのか、と問いかけるような視線だ。ランツは思わず顔を歪めた。最初の印象とは違って、ずいぶん性格が悪い。
「金ならそこそこは持ってるよ。いくら必要か言ってもらえれば……おっと」
 と、ローディは思い出したように自己紹介をした。後ろで見ていた二人も倣う。男はつまらなさそうにそれを聞いていた。
「で、君は?」
「ん?」
「名前だよ」
 ローディが言うと、男は首を傾げた。
「名前? そんなもの無いよ」
「名前が無いって……冗談を聞いてる余裕はないんだ」
 ランツはつい口を挟んだ。だが男は、心底不思議そうな表情だ。どうも、からかっているという雰囲気ではない。

だって無いだろう?」
 一人の少女を指さしながら、彼はそう言った。ランツは眉を寄せて反論する。
「ニアはニアだろ」
 すると、男は吹き出すように笑った。
「くくっ……なるほどね。確かにそうだ」
 馬鹿にしたような言葉に、ランツはむっとして言った。
「何がおかしい」
「だって、ねえ」
 ちらりとニアに視線を送る。彼女は顔を伏せ、じっと床を眺めていた。ランツが何度か目にした無表情が、普段は表情豊かなそこに収まっている。
「まあいいや。じゃあテッドって呼んでよ」
 と、男は自分を指さしながら言った。直後、またくすくすと笑い出す。自分で自分の台詞が面白いとでも言いたいかのようだ。
「それで、報酬は? あ、ちなみにお金なんていらないよ。興味ないからね」
 その言葉に、ランツとローディは思わず顔を見合わせた。一瞬よほどの金持ちなのかと思ったが、こんな宿に泊まっているところを見ると違うだろう。
「じゃあ何なら興味あるのさ? 何か君の仕事でも手伝えばいい?」
「ふむ。それは名案だね」
 男はにこりと笑って言った。邪気の無い笑みだ。嫌な予感に襲われたランツに、彼は軽い調子でこう言った。
「じゃあ、一緒に教会をぶっつぶそうか」
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