第20話 傷
文字数 3,396文字
群れの中から土人形 を探し、ランツは駆け寄った。太い腕による大ぶりの一撃を、危なげなく盾で受け流す。頭部に剣を突き入れ、すぐに離れる。
再び近づくと、ゴーレムは先ほどと同じように腕を振ってきた。こちらも同じように対処する。タフで力が強い代わりにほとんど知能を持たないゴーレムを相手にする時は、行動をパターン化することが重要だ。
攻撃するたびに、頭部はぼろぼろになっていく。やがて何度目かの刺突を受けたあと、ゴーレムは動きを止め、後ろ向きに倒れた。
ランツは素早く視線を走らせ、戦況の把握に努めた。今のところは人間側が優勢だ――が、魔物はどんどん集まってくる。魔術師の疲労の問題もあるし、長くは持たないだろう。
(早く全滅させないと)
心の中に焦りが広がる。再びクレイゴーレムを探したが、もうほとんど倒されているようだ。手強い岩人形 ばかりが残っている。
手近にいた小さめのストーンゴーレムに近づくと、盾を構えた。こいつらにはほとんど剣が通らないが、しつこくやれば何とかなるかもしれない。そう思ったのだが、
「ぐっ!」
腕に走る激痛に、ランツは苦悶の声を漏らした。盾で受け流すつもりが、正面からまともに攻撃を受けてしまった。防ぎはしたものの、左腕は痛みでまともに動かせないほどになっている。骨が折れたかもしれない。
「ランツ!」
ルカの悲痛な叫び声が聞こえる。だが、視線を送っている暇もない。再び迫り来る岩の腕を、後ろに跳んでぎりぎり避けた。
着地の衝撃で、再び激痛が走る。悲鳴を上げそうになるのを堪 えながら、目の前のゴーレムの動きを注視した。逃げようにも、周りは敵だらけだ。うかつに移動することもできない。
「走れ!」
シグルドの声が戦場に響く。ゴーレムもワイバーンもまだたくさん残っている。明らかに無茶だ――が、このままでは全滅するしかないと判断したのだろう。
集団で固まっていた村人たちが走り出した。今まで魔術によって攻撃を阻まれていたワイバーンが、一斉に急降下する。誰かが爪に引き裂かれ、別の誰かが地面に押し倒される。
ランツは唇を噛みながらも、逃げるしかなかった。彼らを助ける術 は無い。
仲間たちの無事を確認する間もなく、ひたすら逃げ続けた。途中で遭遇したゴブリンの集団を切り払う。もうすぐ村の出口だ。
だがそこにあったのは、より一層の絶望だった。村から伸びる山道が、黒い粘液で隙間なく覆われている。
「何故こんな場所まで……!」
シグルドが呻 いた。通常、魔力溜まりは植物の生えない山の上まではやってこない。そのはずだった。
魔力溜まりからは、次々と魔物が生まれ出ている。あそこを突っ切るなんて、とてもじゃないができそうにない。だが後ろからは、ワイバーンとゴーレムの集団が追ってきている。
「ちょっと、ニア!?」
ローディが声をあげた。ランツが顔を向けると、ニアが村の中心へ向けて走っていくのが見えた。一人で逃げるつもりなのか、それとも何か策があるのか。
とうとうワイバーンが追いついてきた。残った魔術師たちが、魔術を使って何とか追い払おうとする。疲れるのを待っているのか、敵は安易に近づいてこない。
ランツは意を決して駆け出した。ニアの姿を追う。
ワイバーンたちが、どちらを攻撃するか迷うような動きを見せた。数匹がついてくるのを、ランツはちらちらと確認しながら走る。
(おとりになるつもりか?)
ニアは、迫り来るゴーレムをハンマーで押し返しながら走っている。だがおとりになったところで、逃げ場が無いのだからどうしようもない。それにニアの走り方は、どこかに目的地を定めているように見えた。
やがて二人は、魔物を引き連れ中央広場に入った。ニアは広場の真ん中へと走っていく。何の変哲も無いはずの、大きな木が立つ場所へ。
木に向けて、ニアは大きくジャンプした。幹を蹴りつけ、その勢いで枝に飛び乗る。誰もいない
姿を現したギルが、枝から無様に転げ落ちる。
ランツは、半ば無意識のうちに飛びかかっていた。尻餅をついた相手に、剣を突き出す。
胸元を狙った一撃は、だが体を捻ってずらされた。腕に深々と突き刺さる。ギルは苦痛に顔を歪め、手のひらに乗るほどの小さな木箱を取り落とした。目を見開いて拾おうとするのを見て、ランツは咄嗟 に箱を蹴り飛ばした。
剣を引き抜き、再度の突きを狙う。ギルの背後に、ニアが飛び降りてくる。
一時 勝利を確信したランツだったが、ギルが高らかに片手を上げるのを目にして、ぞわりと肌が粟立 つ。左腕の痛みも忘れ、反射的に盾を構える。
「ぐっ!」
強い衝撃と痛みに、ランツは一瞬意識を失った。
気がついた時には、体が宙に浮いていた。何とか体勢を立て直し、着地する。衝撃をまともに受けたニアが、頭から地面に落ちたのが見えた。
「うおおおおっ!」
怒りに我を忘れて突進する。相手の反撃など全く考えず、一直線にギルを狙う。
だが立ち上がったギルは、攻撃よりも回避を選んだ。鋭い突きを横飛びに避ける。
相手の動きを目で追う。が、途中でその姿が霞 のように消える。剣を横薙ぎに振るったが、手応えは無い。
ぴくりとも動かないニアを、次いで地面に転がる木箱を、ランツは見た。ほんの一呼吸迷ったあと、箱に向けて走り出す。
ギルの姿は見えない。だがランツは、直感に従って剣を投げつけた。どすん、と尻餅をつく音がする。
箱の元にたどり着くと、思い切り踏みつけた。その瞬間、広場に入ってこようとしていたゴーレムの群れが動きを止めた。ぐにゃりと形が崩れ、元の魔力溜まりに戻って地面に落ちた。
同じことは、他の魔物にも起こっているようだった。元ワイバーンだった黒い粘液が、次々と空から降ってくる。
ランツは周囲を警戒し続けたが、ギルの気配はどこにも無かった。十分に確認したあと、焦れたように走り出す。
「ニア!」
急いで仲間の元へと向かう。仰向けに倒れた少女の体は、胸から腹にかけて無残に潰れ、折れた骨が飛び出していた。
どう見ても致命傷だ。だが、
「……え?」
ランツは
だがそれは、次に起こったことに比べればどうということもなかった。出し抜けに、ニアがむくりと体を起こしたのだ。
「あー」
露出した傷を撫でながら、ニアは間の抜けた声をあげた。ランツは言葉を失って立ち尽くす。
「ごめん、ギルを追ったってことにしといて!」
「あ、ああ……」
元気よく去っていくニアを、ランツは呆然と眺めた。とにかく、無事であることは間違いないようだ。
「ランツ!」
ローディが入れ替わりのようにやってきた。ランツは何となくほっとしたような気分になって、長いため息をついた。
「魔物は粘液に戻ったよ。集まってた魔力溜まりも山の下に帰っていった。ギルを倒したのか?」
「……いや」
小さく首を振る。その時になって、ランツは思い出したように足を上げた。潰れた木箱の中から、大小様々な赤い宝石――恐らくは聖輝石と、その他細かいパーツが転がり出てきた。
「それは?」
「踏み潰したら魔物が死んだ」
「聖導具か? それで魔物を操ってたのか」
「たぶんな」
ランツは箱の破片を拾うと、懐に仕舞った。どう扱うべきかは、あとで全員で相談すべきだろう。売れば金になるのだろうが、広めるには危険すぎる代物 だ。
「ギルは逃がした?」
「ああ。……ニアが追ってる」
そういうことにしといて、と言われたのを思い出す。ローディは特に疑わなかったようだ。心配そうにこう言った。
「大丈夫かな。深追いしなきゃいいけど」
「適当なとこで帰ってくるだろ」
などと宣 っていると、訝しげな視線を向けられた。余計なことを言ったかと慌てつつ、言葉を続ける。
「とにかくあっちに合流しよう。今後のことを考えないといけないだろう」
「そうだね」
二人は村の入口へと向かった。ローディはそれ以上追求してはこなかった。
再び近づくと、ゴーレムは先ほどと同じように腕を振ってきた。こちらも同じように対処する。タフで力が強い代わりにほとんど知能を持たないゴーレムを相手にする時は、行動をパターン化することが重要だ。
攻撃するたびに、頭部はぼろぼろになっていく。やがて何度目かの刺突を受けたあと、ゴーレムは動きを止め、後ろ向きに倒れた。
ランツは素早く視線を走らせ、戦況の把握に努めた。今のところは人間側が優勢だ――が、魔物はどんどん集まってくる。魔術師の疲労の問題もあるし、長くは持たないだろう。
(早く全滅させないと)
心の中に焦りが広がる。再びクレイゴーレムを探したが、もうほとんど倒されているようだ。手強い
手近にいた小さめのストーンゴーレムに近づくと、盾を構えた。こいつらにはほとんど剣が通らないが、しつこくやれば何とかなるかもしれない。そう思ったのだが、
「ぐっ!」
腕に走る激痛に、ランツは苦悶の声を漏らした。盾で受け流すつもりが、正面からまともに攻撃を受けてしまった。防ぎはしたものの、左腕は痛みでまともに動かせないほどになっている。骨が折れたかもしれない。
「ランツ!」
ルカの悲痛な叫び声が聞こえる。だが、視線を送っている暇もない。再び迫り来る岩の腕を、後ろに跳んでぎりぎり避けた。
着地の衝撃で、再び激痛が走る。悲鳴を上げそうになるのを
「走れ!」
シグルドの声が戦場に響く。ゴーレムもワイバーンもまだたくさん残っている。明らかに無茶だ――が、このままでは全滅するしかないと判断したのだろう。
集団で固まっていた村人たちが走り出した。今まで魔術によって攻撃を阻まれていたワイバーンが、一斉に急降下する。誰かが爪に引き裂かれ、別の誰かが地面に押し倒される。
ランツは唇を噛みながらも、逃げるしかなかった。彼らを助ける
仲間たちの無事を確認する間もなく、ひたすら逃げ続けた。途中で遭遇したゴブリンの集団を切り払う。もうすぐ村の出口だ。
だがそこにあったのは、より一層の絶望だった。村から伸びる山道が、黒い粘液で隙間なく覆われている。
「何故こんな場所まで……!」
シグルドが
魔力溜まりからは、次々と魔物が生まれ出ている。あそこを突っ切るなんて、とてもじゃないができそうにない。だが後ろからは、ワイバーンとゴーレムの集団が追ってきている。
「ちょっと、ニア!?」
ローディが声をあげた。ランツが顔を向けると、ニアが村の中心へ向けて走っていくのが見えた。一人で逃げるつもりなのか、それとも何か策があるのか。
とうとうワイバーンが追いついてきた。残った魔術師たちが、魔術を使って何とか追い払おうとする。疲れるのを待っているのか、敵は安易に近づいてこない。
ランツは意を決して駆け出した。ニアの姿を追う。
ワイバーンたちが、どちらを攻撃するか迷うような動きを見せた。数匹がついてくるのを、ランツはちらちらと確認しながら走る。
(おとりになるつもりか?)
ニアは、迫り来るゴーレムをハンマーで押し返しながら走っている。だがおとりになったところで、逃げ場が無いのだからどうしようもない。それにニアの走り方は、どこかに目的地を定めているように見えた。
やがて二人は、魔物を引き連れ中央広場に入った。ニアは広場の真ん中へと走っていく。何の変哲も無いはずの、大きな木が立つ場所へ。
木に向けて、ニアは大きくジャンプした。幹を蹴りつけ、その勢いで枝に飛び乗る。誰もいない
はずの
場所に、振り上げたハンマーを叩き付ける。姿を現したギルが、枝から無様に転げ落ちる。
ランツは、半ば無意識のうちに飛びかかっていた。尻餅をついた相手に、剣を突き出す。
胸元を狙った一撃は、だが体を捻ってずらされた。腕に深々と突き刺さる。ギルは苦痛に顔を歪め、手のひらに乗るほどの小さな木箱を取り落とした。目を見開いて拾おうとするのを見て、ランツは
剣を引き抜き、再度の突きを狙う。ギルの背後に、ニアが飛び降りてくる。
「ぐっ!」
強い衝撃と痛みに、ランツは一瞬意識を失った。
気がついた時には、体が宙に浮いていた。何とか体勢を立て直し、着地する。衝撃をまともに受けたニアが、頭から地面に落ちたのが見えた。
「うおおおおっ!」
怒りに我を忘れて突進する。相手の反撃など全く考えず、一直線にギルを狙う。
だが立ち上がったギルは、攻撃よりも回避を選んだ。鋭い突きを横飛びに避ける。
相手の動きを目で追う。が、途中でその姿が
ぴくりとも動かないニアを、次いで地面に転がる木箱を、ランツは見た。ほんの一呼吸迷ったあと、箱に向けて走り出す。
ギルの姿は見えない。だがランツは、直感に従って剣を投げつけた。どすん、と尻餅をつく音がする。
箱の元にたどり着くと、思い切り踏みつけた。その瞬間、広場に入ってこようとしていたゴーレムの群れが動きを止めた。ぐにゃりと形が崩れ、元の魔力溜まりに戻って地面に落ちた。
同じことは、他の魔物にも起こっているようだった。元ワイバーンだった黒い粘液が、次々と空から降ってくる。
ランツは周囲を警戒し続けたが、ギルの気配はどこにも無かった。十分に確認したあと、焦れたように走り出す。
「ニア!」
急いで仲間の元へと向かう。仰向けに倒れた少女の体は、胸から腹にかけて無残に潰れ、折れた骨が飛び出していた。
どう見ても致命傷だ。だが、
「……え?」
ランツは
そのこと
に気づいて唖然とした。血が一滴も流れていない。だがそれは、次に起こったことに比べればどうということもなかった。出し抜けに、ニアがむくりと体を起こしたのだ。
「あー」
露出した傷を撫でながら、ニアは間の抜けた声をあげた。ランツは言葉を失って立ち尽くす。
「ごめん、ギルを追ったってことにしといて!」
「あ、ああ……」
元気よく去っていくニアを、ランツは呆然と眺めた。とにかく、無事であることは間違いないようだ。
「ランツ!」
ローディが入れ替わりのようにやってきた。ランツは何となくほっとしたような気分になって、長いため息をついた。
「魔物は粘液に戻ったよ。集まってた魔力溜まりも山の下に帰っていった。ギルを倒したのか?」
「……いや」
小さく首を振る。その時になって、ランツは思い出したように足を上げた。潰れた木箱の中から、大小様々な赤い宝石――恐らくは聖輝石と、その他細かいパーツが転がり出てきた。
「それは?」
「踏み潰したら魔物が死んだ」
「聖導具か? それで魔物を操ってたのか」
「たぶんな」
ランツは箱の破片を拾うと、懐に仕舞った。どう扱うべきかは、あとで全員で相談すべきだろう。売れば金になるのだろうが、広めるには危険すぎる
「ギルは逃がした?」
「ああ。……ニアが追ってる」
そういうことにしといて、と言われたのを思い出す。ローディは特に疑わなかったようだ。心配そうにこう言った。
「大丈夫かな。深追いしなきゃいいけど」
「適当なとこで帰ってくるだろ」
などと
「とにかくあっちに合流しよう。今後のことを考えないといけないだろう」
「そうだね」
二人は村の入口へと向かった。ローディはそれ以上追求してはこなかった。