第27話 急追
文字数 2,036文字
駆け回る音と、指示を出す声が、いつまでも続いている。敵の集団は、よく統率されているようだった。世界樹がある広い円形のスペースを、端から順に追い詰めるように調べている。見つかるのは時間の問題だ。
息を殺して隠れる二人のもとに、ローディが帰ってきた。ランツは勢い込んで尋ねた。
「どうだ」
「駄目だ、どっちも厳重に見張られてる。まずは逃がさないようにしてから、ゆっくりと見つけるつもりみたいだね。いい判断だよ」
ある意味で予想通りの返事が返ってくる。どっちも、と言うのは、ここに入ってくる時に使った木の枝と、教会の壊した窓のことだ。他の道を探すこともできるが、変な動きをすればすぐに見つかってしまうだろう。
「それから」
ローディは表情をさらに暗くして言った。
「侵入者を一人倒した、って話しているのを聞いた」
ランツは唇を強く結んだ。間違いなくニアのことだろう。
「大丈夫だ。ニアは無事だよ」
「何故そんなことが言える? いったい君は……!」
掴みかからんばかりの表情を見せるローディ。ランツは何も言えなかった。
「こんな時に喧嘩はやめてよ……」
ルカが弱々しい口調で言った。泣きそうな顔をして、男二人を眺めている。ローディは気まずそうに顔を逸らした。
「とにかく、どうするべきか考えないと」
と、ランスが話し出したその時。すぐ近くで、がさがさという草の鳴る音がした。風ではない。全員が表情を硬くする。
見張りたちはまだ遠くの方を探しているはずだ。それとも、密かに人を走らせていたのか。
音は徐々に近づいてくる。ランツとローディが、それぞれ武器を向けたその先。
ひょこりと現れたのは、見知った少女の顔だった。男二人の形相を見て、きょとんとした顔をしている。
「ニア……!」
ローディが一瞬身を乗り出し、そしてすぐに体の力を抜いた。抱きしめようとしたのか、とランツの頭の中にふとそんな考えが浮かんだ。
ニアの体を凝視する。どこにも怪我は無いどころか、ろくに服が汚れてすらいない。少し不思議な気がするが、今はそんなことを聞いている暇はない。
「逃げ道が塞がれたんだ。外にも出られないし、教会にも入れない。何かいい案は無いか」
「んー」
ニアは首を捻った。
「あ」
「思いついたか」
「ううん、そうじゃなくて。アリエルが連れて行かれそうかも」
「どこへ?」
ローディが口を挟む。少女は、少し考えてから言った。
「たぶん、王都の方」
「それは……。阻止しないと、助け出すのがさらに難しくなるね」
歯噛みしながらローディが言った。王都には、世界樹教の総本山がある。教会の規模も、守りも、ここよりもっと厳しいだろう。
「今なら追いかけられるかも」
ニアがあっさりと言う。ローディが聞いた。
「外に出る方法があるのかい?」
「そうじゃなくてー」
何かを迷っているかのように、少女は首を傾げた。もしくは、単に説明が難しいのか……。
ランツは意を決して言った。
「頼む、ニア。何をすればいいのか教えてくれ」
「うん。ついてきて」
小さく頷くと、踵 を返して駆け出した。ニアが向かったのは、まさに世界樹のあるその方向だ。たどり着いたところで、逃げ場が無いことに変わりはない、はずだった。
「ニアを信じよう」
「……わかった」
ランツの言葉に、ローディは硬い表情で頷いた。
身を低くして、四人は可能な限りの速さで走った。音を気にしている余裕は無い。世界樹の威容が、徐々に迫ってくる。
(頼むぞ、ニア……!)
そう祈りつつ、草むらを飛び出した。
目の前には、驚いた表情の見張りたちが並んでいた。まさかこっちに来るとは思っていなかったのか、さっきよりも数が少ない。
直後、あり得ない高さにまでニアが跳んだ。優に三階分以上は跳躍すると、太い木の上に降り立ち、走り出した。その場にいた全員が、ぽかんとそれを見送る。
「ぜ、絶対に中に入れるなあっ!」
地上にいた隊長格の男が、泡を食って叫んだ。呪縛が解けたかのように、見張りたちが世界樹に向けて走り出した。その時になって初めて、ランツは木の幹にハシゴが取り付けられていることに気づいた。見張りたちが慌てて登っている。
「で、僕たちにどうしろって!?」
「わからん……」
やけくそのようなローディの言葉に、ランツは呻 くように答えた。せめて先に説明しておいてくれればよかったのだが……。
「木に触れて!」
不意に、声が聞こえた。場所は分からないが、間違いなくニアだ。耳元で囁かれているとも、遠くから聞こえているとも判断がつかない不思議な声だった。
全員、指示通りに木に触る。周囲からは、騒ぎを聞きつけた他の見張りたちが集まってくる音が聞こえる。もはや、ニアの言う通りにする以外できることは無い。
「あっちで会おうね!」
再びニアの声が聞こえたかと思うと、ランツの意識は闇に落ちた。
息を殺して隠れる二人のもとに、ローディが帰ってきた。ランツは勢い込んで尋ねた。
「どうだ」
「駄目だ、どっちも厳重に見張られてる。まずは逃がさないようにしてから、ゆっくりと見つけるつもりみたいだね。いい判断だよ」
ある意味で予想通りの返事が返ってくる。どっちも、と言うのは、ここに入ってくる時に使った木の枝と、教会の壊した窓のことだ。他の道を探すこともできるが、変な動きをすればすぐに見つかってしまうだろう。
「それから」
ローディは表情をさらに暗くして言った。
「侵入者を一人倒した、って話しているのを聞いた」
ランツは唇を強く結んだ。間違いなくニアのことだろう。
「大丈夫だ。ニアは無事だよ」
「何故そんなことが言える? いったい君は……!」
掴みかからんばかりの表情を見せるローディ。ランツは何も言えなかった。
「こんな時に喧嘩はやめてよ……」
ルカが弱々しい口調で言った。泣きそうな顔をして、男二人を眺めている。ローディは気まずそうに顔を逸らした。
「とにかく、どうするべきか考えないと」
と、ランスが話し出したその時。すぐ近くで、がさがさという草の鳴る音がした。風ではない。全員が表情を硬くする。
見張りたちはまだ遠くの方を探しているはずだ。それとも、密かに人を走らせていたのか。
音は徐々に近づいてくる。ランツとローディが、それぞれ武器を向けたその先。
ひょこりと現れたのは、見知った少女の顔だった。男二人の形相を見て、きょとんとした顔をしている。
「ニア……!」
ローディが一瞬身を乗り出し、そしてすぐに体の力を抜いた。抱きしめようとしたのか、とランツの頭の中にふとそんな考えが浮かんだ。
ニアの体を凝視する。どこにも怪我は無いどころか、ろくに服が汚れてすらいない。少し不思議な気がするが、今はそんなことを聞いている暇はない。
「逃げ道が塞がれたんだ。外にも出られないし、教会にも入れない。何かいい案は無いか」
「んー」
ニアは首を捻った。
「あ」
「思いついたか」
「ううん、そうじゃなくて。アリエルが連れて行かれそうかも」
「どこへ?」
ローディが口を挟む。少女は、少し考えてから言った。
「たぶん、王都の方」
「それは……。阻止しないと、助け出すのがさらに難しくなるね」
歯噛みしながらローディが言った。王都には、世界樹教の総本山がある。教会の規模も、守りも、ここよりもっと厳しいだろう。
「今なら追いかけられるかも」
ニアがあっさりと言う。ローディが聞いた。
「外に出る方法があるのかい?」
「そうじゃなくてー」
何かを迷っているかのように、少女は首を傾げた。もしくは、単に説明が難しいのか……。
ランツは意を決して言った。
「頼む、ニア。何をすればいいのか教えてくれ」
「うん。ついてきて」
小さく頷くと、
「ニアを信じよう」
「……わかった」
ランツの言葉に、ローディは硬い表情で頷いた。
身を低くして、四人は可能な限りの速さで走った。音を気にしている余裕は無い。世界樹の威容が、徐々に迫ってくる。
(頼むぞ、ニア……!)
そう祈りつつ、草むらを飛び出した。
目の前には、驚いた表情の見張りたちが並んでいた。まさかこっちに来るとは思っていなかったのか、さっきよりも数が少ない。
直後、あり得ない高さにまでニアが跳んだ。優に三階分以上は跳躍すると、太い木の上に降り立ち、走り出した。その場にいた全員が、ぽかんとそれを見送る。
「ぜ、絶対に中に入れるなあっ!」
地上にいた隊長格の男が、泡を食って叫んだ。呪縛が解けたかのように、見張りたちが世界樹に向けて走り出した。その時になって初めて、ランツは木の幹にハシゴが取り付けられていることに気づいた。見張りたちが慌てて登っている。
「で、僕たちにどうしろって!?」
「わからん……」
やけくそのようなローディの言葉に、ランツは
「木に触れて!」
不意に、声が聞こえた。場所は分からないが、間違いなくニアだ。耳元で囁かれているとも、遠くから聞こえているとも判断がつかない不思議な声だった。
全員、指示通りに木に触る。周囲からは、騒ぎを聞きつけた他の見張りたちが集まってくる音が聞こえる。もはや、ニアの言う通りにする以外できることは無い。
「あっちで会おうね!」
再びニアの声が聞こえたかと思うと、ランツの意識は闇に落ちた。