第8話 聖域

文字数 2,249文字

 二人で探索を初めてすぐのことだった。
「ねえ」
 と声をかけられ、ちらりと後ろを見た。ルカは、考え込むかのように顔を伏せている。
「……魔術師のこと、どう思ってる?」
 独り言のようなその質問に、ランツは思わず立ち止まった。ルカはわずかに顔を上げ、上目使いで見つめてくる。
 ランツは頭を()きながら言った。
「ほっとくと魔物になる危ないやつなんだろ」
 と、一般的な意見を答えておいた。大抵の人は、同じようなことを思っているはずだ。
「そう」
 短く答え、ルカはまた顔を伏せた。
 何でそんな質問するんだ、と聞いてみたい気持ちもあったが、やめておいた。この話をこれ以上続けたくない。
 しばらく探索を続けたが、やはり魔物はどこにも見当たらなかった。このまま出会わずに済ませたい。討伐依頼でも出ていない限り、魔物なんて倒しても何の得も無いからだ。
 変化があったのは、そろそろ休憩しようかとランツが思い始めた頃だった。通路のような細長いその部屋を覗き込んだとたん、二人は目を見開いた。
 部屋の奥には、石造りの大きな扉があった。ここまでに見た二つの扉とは違って、世界樹を模した豪華な装飾が成されている。
 駆け寄りそうになるのを、ランツは何とか(こら)えた。今は自分を止めてくれるローディはいないし、いつもより慎重に行動しなければならない。
「よし、集合場所に戻ろう。ローディたちと合流してから調べた方がいい」
 (きびす)を返したランツは、じっと見つめられていることに気づいて足を止めた。首を傾げて見返すと、ルカは肩をすくめて言った。
「意外と慎重なのね。尻尾を振って走り出すかと思ったけど」
 何も言い返せなかったので、ランツは真似して肩をすくめておいた。

 ローディたちが戻ってきたのは、集合場所に着いたほんのすぐ後だった。タイミングよく、あちらも休憩するところだったようだ。
「何か見つかったかい?」
「扉があった」
「お、ほんとに?」
 ローディが驚いたように言った。彼らを連れて、先ほどの小部屋に向かう。
 調べてもらったところ、扉に罠はないようだった。ただし、開け方も分からない。前のように、ただ押しただけでは駄目なようだ。
「ここに何かはめるんだと思うんだけどね」
 彼が指さしたのは、手のひらほどの大きさの丸い(くぼ)みだった。窪みは世界樹の装飾に重なる位置に並んでいて、縦に三列、全部で十個ある。
「これ?」
 と、部屋の入口付近にいたニアが言った。ちょうどはまりそうな石板を持っている。壁に隠された棚の中に入っていたようだ。
「とりあえず全部はめればいいのか」
「いや、そうでもなさそうだよ」
 ローディは二枚をそれぞれ両手に持ちながら言った。両方とも、文字のような、記号のようなものが描かれている。一枚一枚別の記号のようだ。
「たぶん、正しい位置にはめないと駄目なんだろうね」
「正しい位置……」
 石板を凝視しながら、アリエルはぼそりと呟いた。ローディが顔を向ける。
「アリエルちゃんはこれ見覚えない? たぶん、世界樹に関係するものだと思うんだよね」
「いえ」
 ふるふると首を振る。ローディは口元に手を当てて言った。
「んー、なら世界樹は無関係で、どこかにヒントがあるのか……」
 その言葉に、ランツはぐるりと室内を見まわした。何も無い部屋だが、他にも隠し棚があったりするのだろうか。
「何か思いついたのか」
 難しい顔で石板を見つめているルカに声をかける。すると、
「わかった」
 意外にも、その言葉を発したのはニアだった。石板をまとめて両手に抱え、扉に近づく。
「え、ニア、大丈夫? ほんとにわかってる?」
 若干不安そうなローディのことは気にせず、板を窪みにはめていく。その手つきには迷いがない。
 全ての板がはまった直後、扉が左右に分かれて開きだしたのだ。どうやら正解だったらしい。石が擦れる音が響く中、ランツは感心したように言った。
「すごいぞ、ニア」
 と、思わず少女の頭をぽんぽんと叩く。ニアは嬉しそうにこくこくと頷いていた。
「こんなのどこで知ったんだ」
「さあー?」
 ニアは首を傾げた。まあいいか、とランツは開く扉の先に目をやる。
「大聖堂……?」
 アリエルが呆然とした表情で呟いた。彼女の言う通りその場所は、大聖堂と呼ぶのにふさわしい広さと、荘厳な雰囲気を(あわ)せ持っていた。ランツはリレイの街の教会にしか入ったことが無いが、あれを数倍の大きさにしたらこうなるだろう。
 何本もの石柱で支えられたドーム状の天井付近には、ステンドグラスが全周に取り付けられている。天井は高く、恐らく地上までぶち抜きになっているのだろう。傾きかけた日の光が、色とりどりのガラスを(きら)めかせていた。
 部屋の一番奥には、頭が天井に付きそうなほどの巨大な兵士の銅像に挟まれた、同じぐらいの高さの祭壇があった。ここにも世界樹の絵が()かれている。もしかすると実物大なのかもしれない。
 祭壇には、人が入れそうなほどの大きな(ひつぎ)が鎮座している。あの中にお宝が詰まっているのか。期待しつつ進む。
 だが部屋の中央辺りまで来たところで、ランツは硬直した。すぐ後ろを歩いていたアリエルが、悲鳴をあげる。奥にある銅像のうちの一体が、動き出したのだ。
「散れ!」
 咄嗟(とっさ)にそう叫ぶと、ランツは右方向に向けて走り出した。
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