第15話 強襲

文字数 3,540文字

 村で食料を仕入れつつ、ランツたちはいくつかの遺跡を渡り歩いた。ギルのおかげもあって予定よりも多く回れたのだが、成果は芳しくなかった。こればかりは運だから仕方ない。
 とは言え全く実入りが無かったわけではなく、聖導具をいくつか手に入れることはできた。運が良ければ旅費ぐらいは払えるかもしれない。
 もちろん、旅の主目的は遺跡探索ではない。そちらの方は、全く進展が無かった。新たな村に着くたびに魔術師のことは聞いているが、何の情報も得られていない。
 そして、リレイの街を出てから二十日ほどたった頃。
「っ!」
 ルカは足をずるりとすべらせ、地面に手を突いた。地面と言うよりも、岩肌と表現した方が適切かもしれない。半分崖を登るかのような険しい道を、冒険者たちは慎重に進んでいた。
「ルカ」
 先に進んでいたランツが、大きな岩の上から手を差し伸べた。ルカは少しだけ迷っていたが、結局助けを借りることにしたようだった。ランツは少女の体を引っ張り上げた。
「軽いな」
 半ば無意識に呟くと、ものすごい勢いで手を振り払われた。そっぽを向くルカの顔を、ランツは不思議そうな顔で眺めた。
 ローディが呆れたように言った。
「はいはい、そういうのはもっと余裕のある時にね」
「そういうのってなんだよ」
 眉を寄せて尋ねたが、答えはない。
 まあ確かに、楽しく交流できるような場所ではない。さっきからずっと岩登りが続いていて、足だけではなく手にも疲れが溜まってきた。ランツですらそうなのだから、女性陣はもっとだろう。
 意外と――と言うのも失礼だが、ギルは結構体力があるようだった。この六人の中だと、真ん中よりは上だろう。ちなみに彼の次は、ローディとアリエルがほぼ同じぐらいのようだ。
 そして、これは本当に意外なことに、
「大丈夫か?」
 ぐんにゃりしているニアの体を引っ張り上げながら、ランツは眉を寄せた。滅多に見たことのない、疲れた表情をしている。
「調子悪いのか」
 そう尋ねてみても、ふるふると首を振るばかり。何度か聞いてみたのだが、答えは同じだった。
 ローディが言った。
「とりあえず休憩しようか。ちょうど場所もいいしね」
 一行は、大きな岩の上で休憩することにした。ゆっくりとしか進めない上、頻繁に休憩を取っているので、なかなか目的地にたどり着かない。だが、それも仕方ないだろう。
 ぺたりと座り込むニアに、アリエルが近づいて話しかけていた。背中をさすったり、水を飲ませてあげたり、甲斐甲斐しく世話をしていた。
 ランツは岩の端に座ると、眼下に視線を移した。山岳地帯の先には、自分たちが通ってきた森が見える。
 ほとんど緑一色の、つまらないと言えばつまらない景色だ。だが遠くまで見通せるというだけでも、ランツにとっては珍しかった。
 周囲は岩ばかりで、視界を遮る木々はほとんどない。ここまで開けているのは、この付近だと王都を囲む大草原地帯ぐらいだ。
 今いるのは、周囲の山の中でも特に高い岩山だった。わざわざ苦労して登っているのは、この山の付近が、ルカが調べた『隠れ里がある可能性が高い地域』だからだ。
「あ」
 不意に声が聞こえて、ランツは振り返った。ニアが、ぽかんと口を開けている。
 どうした、と聞く前に、別の音が耳に入った。羽ばたきの音が近づいてくる。ランツは素早く立ち上がった。
「ワイバーンだ!」
 ローディが言うと同時に、崖の下から巨大な影が現れた。大きな翼に、鱗に覆われた体、爬虫類の頭部と尻尾。
 こいつがワイバーンか、とランツは緊張した。魔力溜まりから発生する中でも、かなり上位に当たる魔物だ。話には聞いていたが、見るのは初めてだった。
 ワイバーンはは空高くまで上昇して翼を畳み、今度は急降下してきた。ぎりぎりでかわしたニアの服が、鋭い爪に切り裂かれた。アリエルが小さく悲鳴を上げる。
 一撃加えようとしたランツだったが、即座に反転して逃げられた。思わず歯噛みする。空に逃げられるとどうしようもない。
「ぐっ!」
 危うく足を踏み外しそうになって、慌ててバランスを取った。足場が悪すぎる。ニアは上手くかわしていたが、何度も続くとは思えない。攻撃をくらうか、もしくは落ちるかするのは時間の問題だ。
 滞空する巨体に向けて、複数の小さな火球が飛んでいく。アリエルの聖導具だ。
 だが、ワイバーンがうるさそうに羽ばたくと、火はあっさりと吹き散らされてしまった。明らかに威力が足りていない。
(ルカの魔術なら……)
 恐らくダメージを与えられる。が、魔術は聖導具と違って集中が必要だ。動き回る相手には使えないと確か言っていた。狙われないようにしているのか、ワイバーンは頻繁に位置を変えている。
 ルカにちらりと目をやると、視線に気づいて小さく首を振ってきた。やはり、動きを止めないと駄目なようだ。しかし、そんなことができるのだろうか。
「凍ってください」
 落ち着いた口調でギルが言った。ワイバーンの体表に、氷の膜が広がっていく――が、すぐに勢いをなくし、薄くなって消えてしまった。
「おや、抵抗しましたか」
 ギルは感心したように呟いた。射出系ではなく単体に直接作用する聖導具は、狙う必要が無い代わりに、強い魔物相手だと効果が出ないことがある。
「他にいい聖導具ない?」
 と、ローディが切羽詰まった様子で聞いた。先ほどからクロスボウを構えているのだが、上手く狙えないようだ。
 答えが来る前に、ワイバーンが再び突撃してきた。反転の瞬間を狙おうと、ランツは剣を構える。
 が、地上に到達する前に、大きく開けた口から火の玉が飛び出してきた。全員、慌てて飛び退く。
 幸い誰もくらわなかったが、足をもつれさせたアリエルが膝をついた。その隙を見逃さずに、ワイバーンが突っ込んでくる。
「アリエル!」
 ランツの声より一瞬早く、飛び出したニアがハンマーを振るう。アリエルの頭上ぎりぎりを、横に薙ぐ一撃。
 完璧なタイミングで迎撃したに見えたが、ワイバーンは直前で急旋回して斜め上へと飛び去った。風圧に煽られたアリエルが、頭を押さえて地面に伏せる。
「やああっ!」
 ニアは雄叫びを上げると、ハンマーの軌道を鋭角に引き戻した。ランツは目を見開いた。彼女はそのまま、飛び去る魔物に武器を投げつけたのだ。
 直撃はしなかったものの、回転するハンマーに胴体を殴りつけられ、ワイバーンは大きく体勢を崩した。崖下へと斜めに落ちていく。
 ランツは半ば無意識のうちに、崖から飛び出していた。ワイバーンの背中に飛び乗り、眼球に剣を突き立てる。苦痛の声が辺りに響き渡る。
 後ろに攻撃する手段のないワイバーンは、首と翼を滅茶苦茶に動かして振り落とそうとした。鱗が肌を切り裂く痛みを気にする余裕もなく、ランツは必死に捕まりながら攻撃を続けた。
 不意に抵抗を抜け、剣が奥まで突き刺さる。魔物の体がびくんと震え、一切の動きが止まる。
 ランツは周囲に視線を走らせた。さっきまでいた岩場は斜め下にある。十分跳べる距離だ。
 だが、その時だった。
「うっ!?」
 踏み込んだ足が沈む。魔物の体が、元の黒い粘液に戻ったのだ。
 成す術もなく落下する。手を伸ばしたが、岩場までは到底届きそうにない。
 次の瞬間、ランツは信じられないものを見た。ルカが、まるで身投げをするように崖から飛び出してきたのだ。全く恐怖を感じていないかのような表情で、ランツに向かって手を伸ばす。
 どうして。その言葉は、ルカの詠唱に()き消された。
「……大地の(くびき)より解き放て!」
 最後の一節を唱え終えると同時に、落下速度が急激に落ちた。崖途中の岩棚に、ふわりと着地する。ランツはしばし呆然とした。
「助かったよ」
 ようやく思考が追い付いてきたランツは、深くため息をつきながら言った。ルカが魔術で助けてくれなければ、今頃どうなっていたか。
 緊張が解けたのか、ルカはふにゃりとした笑みを浮かべていた。目には涙が溜まっている。
 不意に、ルカははっとした表情になった。視線を落とし、ぼそりと言った。
「……ねえ」
「ん」
「その……」
 もじもじと言葉を濁す。この少女にしては珍しい態度だ。心なしか頬が赤い。
 ルカの視線を追って、ランツは相手の言いたいことをようやく理解した。少女の手を握りっぱなしだったことに気づいたのだ。柔らかな感触を、今更ながら意識する。
 ランツは慌てて手を離すと、ぽりぽりと頭を掻いた。思わずそっぽを向く。
 その後、上からロープが降りてくるまで、二人は気まずい思いで待ち続けた。
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