第4話 迷路

文字数 2,728文字

 細い通路は複雑に分岐し、折れ曲がっていた。まるで迷路のようだ。ローディは最初正確な地図を書こうと努めていたが、途中で諦めたようだった。曲がる方向だけを書いて、迷わず帰れるようにだけしている。
「あのー……」
 長い間さまよったあと、アリエルがおずおずと口を開いた。
「ここって、ほんとに隠し通路なんでしょうか?」
「あー、僕もちょっと気になってたんだよね」
 ローディが首肯する。ランツが訝しげに眉を寄せるのを見て、彼は説明した。
「つまりさ。ここは単なる普通の道の一つで、さっきの大きな廊下にどこかで繋がってるってこと。さっき壊れた壁は、べつに隠し通路への入口ってわけじゃなかったのかもしれない」
「無駄足ってことか」
「いや無駄ってことは無いけどね。どうせ探索はするんだから。でも散々期待させられておいて後でがっかりするのも嫌デショ」
「まあな」
 ランツは辺りを見回した。確かに狭いことを除けば、先ほどの大きな廊下と雰囲気は変わらない。隠し通路っぽくない、と言われればそうかもしれない。
「あっ。あれ見てください!」
 不意に、アリエルが声をあげた。ランツは前方に視線を戻す。
 走り出すランツ。ローディが引き留めようとしたが、一瞬遅かった。
 道の先にあったのは、大きな石の扉だった。この遺跡に来て、扉に出会ったのは初めてだ。
 扉は長方形で、真ん中には縦に一本継ぎ目が入っている。特に装飾等は付いていない。取っ手も無いところを見ると、押し開くか、もしくは仕掛けで動くのだろうか。
 ようやく追いついてきたローディが早口で言った。
「待って待って触らないで。罠調べるから」
「それぐらい分かってるさ」
「ほんとかあ?」
 疑わし気に言ったローディに場所を譲る。彼は荷物の中から道具を取り出して、扉を慎重に調べ出した。
 残りの三人は、必然的にその場で待機することになった。ランツは立ったまま壁にもたれかかっていたが、女性陣は座り込んでいた。アリエルはそうでもないが、ルカはずいぶん疲れているように見える。
「仕掛け扉みたいだね。罠は無いよ」
「どうやって開けるんですか?」
 立ち上がったアリエルが尋ねる。ローディは軽く首を傾げつつ答えた。
「押したら開くんじゃないかな? 前に遊び(・・)があるんだよね」
「やってみよう」
 ランツは扉に近づくと、中央の継ぎ目を片手で強く押した。もう片方の手には、剣を構えている。
 扉は予想外の動き方をした。てっきり奥に開くのかと思ったら、左右に分かれて壁に吸い込まれていったのだ。石をこすり合わせる音が響く。
 今度こそお宝が、とランツは少し期待したのだが、
「あー、そゆことね」
 ローディががっかりしたように言った。扉の先にあったのは、さっきまでいた大きな廊下だったのだ。つまり、単に戻ってきただけだ。
 その後詳しく調べたところ、廊下側の扉は、壁に巧妙に隠されていることが分かった。向こう側から開けるには、隠された仕掛けを動作させる必要があった。要するに、ここが本来のこの通路への入口だということらしい。
「ま、本当に隠し通路だと分かっただけでも収穫だね……ちょっと休憩する?」
 ローディが言うと、ルカはほっとしたように体の力を抜いていた。やはり疲れていたらしい。
 休憩を終えたあと、再び隠し通路を探索した。地図を片手にああだこうだ言いながら、徐々に未探索地域を埋めていく。幸いなことに、魔物には会わなかった。
 変化があったのは、ちょうど昼を過ぎた頃だった。隠し通路の最も外れに、地下への階段を見つけたのだ。冒険者たちは――ルカを除いて――声を上げて喜んだ。
 階段を降りた先には、また同じような迷路が続いていた。ローディはげんなりしつつも、また簡単な地図を作っていた。
 そして、さらに何時間か過ぎたあと。
 昨日と同じように、ランツが走り出した。駆け寄る先には、これも昨日と同じような石の扉がある。
「この先に聖導具があるんでしょうか!」
 アリエルも目を輝かせていた。これだけの迷路を抜けたのだから、そろそろ期待したくなる。
「んー」
 だが、ローディは気難しい顔で扉を眺めていた。ランツがちらりと目線をやる。
「気になることでもあるのか」
「いや」
 短く答えて首を振ると、扉を調べ始めた。
 果たして彼が何を気にしていたのか、扉が開いた時には全員が理解することになった。即ち、上と同じ扉の先には、上と同じ広い廊下が続いていたのだ。お宝などどこにも見当たらない。
 ローディがため息をついて言った。
「こりゃ大変だねえ。もしかすると、地上と同じぐらい広いんじゃないかな?」
「よし。なら急いで探索しよう!」
「急いでも間に合わないと思うけどねえ」
 まだまだ元気が有り余っていそうなランツの言葉に、ローディはぼやくように返した。水と食料は、三日分――つまり明日の分までしか用意していない。
 結局のところ、広さに関するローディの予想は正しいようだった。大きな廊下を端から端まで歩いてみたが、かかった時間は地上とほぼ同じ。横道の先までは分からないが、同じだと判断するのが妥当だろう。
 まだ誰も地下には来ていないようなので、隠し部屋を探すより全ての場所を回ることを優先した。とは言え、街一つに匹敵する広さだ。ランツはほとんど走るような速さで進んでいたが、それでもとても全部は回り切れない。一部の地域は迷路のようになっていて、抜け出すのにも苦労するほどだった。
 細い道を進み、散々空の部屋を回ったあとで、ローディが疲れたように言った。
「ここまでだね」
「残念だ」
 ランツは悔しそうに言った。空が見えないので正確には分からないが、もう日が沈む頃だろう。そろそろ寝る準備をしなければならない。
「あなた」
 と、息を切らせながらルカが言った。何度も遅れそうになる彼女を、ランツは一切(かえり)みなかったのだ。ローディが声をかけて、ようやく何度か止まってくれただけだった。
「朝の意趣返しのつもり?」
 その言葉に、ランツは訝しげに眉を寄せた。
「何がだ」
「……いえ、何でもないわ」
 ルカは余計に疲れたような顔で言うと、ため息をついた。
「それにしても」
 と、ローディはもう一人の少女に顔を向けながら言った。
「アリエルちゃんは体力あるんだね」
「鍛えてますから!」
 輝くような笑顔を浮かべた少女は、腕を曲げて力こぶを作るような仕草をした。どことなく微笑ましいその光景に、ランツも思わず笑みをこぼす。
「じゃ、そろそろ食事にしようか」
「はいっ」
 アリエルが元気よく答えた。
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