第24話 ルカの部屋
文字数 2,124文字
ローディと別れたあと、ランツは中央広場近くの高級宿に向かった。ルカが昨日から泊まっていると言っていた。少しは贅沢したいの、と恥ずかしそうに笑っていたのを思い出す。
宿の受付に部屋を聞いてみたが、きっぱりと断られてしまった。店員に胡乱 げな表情を向けられる。さすが高いだけあって、客の情報を簡単に漏らしたりしないらしい。
どうするかな、とロビーで所在なげに立ち尽くしていると、
「ランツ?」
偶然階段を下りてきたルカが、小走りに駆け寄ってきた。驚きと喜びが入り交じった表情だ。ランツは何故かむずがゆくなって、頭の後ろを掻 いた。
「どうしたの?」
口を開きかけて、思いとどまる。周囲に目をやると、数名の客がソファーに座って談笑していた。もちろん受付には店員もいる。
ルカが目を細めて言った。
「ここではできない話?」
「ああ。適当な場所知らないか」
そう尋ねると、彼女は少し戸惑うようにしたあと、ぽつりと言った。
「……あたしの部屋ならあるけど」
「案内してくれ」
即座に首肯する。時間を無駄にしたくない。
「わかったわ」
ルカはそう言って踵 を返した。その頬がわずかに染まっていたように見えて、ランツは首を傾げた。
彼女の部屋は、三階の廊下の突き当たりにあった。他の部屋が廊下の左右に等間隔に並んでいるのに対して、ここだけ独立している。たぶん、特別広いのだろう。
「待ってて。片付けるから」
「散らかってても気にしないぞ」
何気なくそう言うと、すごい勢いで睨まれた。ランツがうろたえている間に、ルカはさっさと部屋に入った。扉がばたんと乱暴に閉められる。
何がいけなかったんだ、とランツは頭を掻きながら思った。なんとなく、会ったばかりの頃を思い出す。
ばたばたと音が聞こえてくる中、しばらく待つ。静かになったなと思っていると、小さく開けた扉からルカが顔を出した。
「どうぞ」
中は予想以上に広かった。寝室とリビング、それから小さな書斎まである続き部屋 だ。恐らく、「少しは贅沢」では済まない値段だろう。
「いいでしょ、もうお金を貯める必要もなくなったんだもの」
すると、拗ねたようにルカが言った。ランツは思わず顔を歪める。ローディだけではなく、ルカにまで心を読まれるとは。
「俺ってそんなに顔に出てるか?」
「考えてることが単純なのよ」
そう言ってくすりと笑った。馬鹿にされているような台詞だが、何故だか腹は立たなかった。
「それで、話って何なの?」
真面目な表情になるルカに、アリエルのことをローディから聞いた通りに説明した。ルカは、ひどくショックを受けている様子だった。
「俺たちはアリエルを助けに行くつもりだ。無いとは思うが、巻き込まれないように他の街に……」
「あたしも行く」
ルカはきっぱりと言った。ランツは一瞬言葉に詰まった。
「……危険だぞ」
「分かってるわよ、そんなの」
唇を尖らせながら、言葉を続ける。
「前回はあたしの方が助けてもらったんだもの。アリエルにもね。恩返ししなきゃ」
「釣り合わないだろう」
ランツは困惑した。魔術師の村を探すこと――結果的には危ない目にあったとは言え――と、教会に刃向かうことでは、危険性が段違いだ。
「それに」
と、ルカは瞳に決意の炎を宿らせ、言った。
「世界樹教は、あたしの――いえ、全ての魔術師の敵よ。村の人たちのかたきを、少しでも討 ちたい」
そう言われてしまっては、もはや反論する術 を持たなかった。ランツは静かに頷いた。
準備をすると言うルカと別れて、次はニアの泊まる宿へと向かった。いつもふらふらしているニアのことだ。部屋にいる可能性は低いが、とは言え他に探す場所もあまりない。
(いなかったら飯屋にでも行ってみるか)
彼女が気に入っている店なら何軒か知っている。そろそろ昼飯時だし、もしかしたら見つかるかもしれない。
街の中を歩きながら、ランツは無意識のうちに世界樹に目をやっていた。今朝は異質な何かに見えていたその木から、今は禍々しいオーラを感じていた。
「悪いのは木じゃないよ。利用する人間の方」
唐突に声をかけられ、ぴたりと足を止める。振り返った先には、予想通りの黒髪の少女――ニアの姿があった。
ランツは息を飲んだ。彼女の顔には、いつか見た平坦な無表情が浮かんでいる。だがそれは、すぐにいつもの笑顔に変わった。
「アリエルを助けに行くんでしょ? 手伝うよ」
その言葉に、ランツは面食らった。何故知ってるんだとか、本当にいいのかとか、いくつもの疑問が頭に浮かんだが、結局口に出すことは無かった。
「……助かる。どこにいるか分かるか?」
「今はわかんない。さっきはあそこのそばにいた」
ニアの指さす先には、世界樹があった。やはり教会に捕らわれているようだ。
「よし、ローディの所に行こう」
「うん」
こくりと頷くニアを引き連れて、集合場所へと向かう。救出の作戦は、彼が考えておいてくれているはずだ。
(待ってろよ、アリエル)
ランツはぎゅっと唇を引き絞った。
宿の受付に部屋を聞いてみたが、きっぱりと断られてしまった。店員に
どうするかな、とロビーで所在なげに立ち尽くしていると、
「ランツ?」
偶然階段を下りてきたルカが、小走りに駆け寄ってきた。驚きと喜びが入り交じった表情だ。ランツは何故かむずがゆくなって、頭の後ろを
「どうしたの?」
口を開きかけて、思いとどまる。周囲に目をやると、数名の客がソファーに座って談笑していた。もちろん受付には店員もいる。
ルカが目を細めて言った。
「ここではできない話?」
「ああ。適当な場所知らないか」
そう尋ねると、彼女は少し戸惑うようにしたあと、ぽつりと言った。
「……あたしの部屋ならあるけど」
「案内してくれ」
即座に首肯する。時間を無駄にしたくない。
「わかったわ」
ルカはそう言って
彼女の部屋は、三階の廊下の突き当たりにあった。他の部屋が廊下の左右に等間隔に並んでいるのに対して、ここだけ独立している。たぶん、特別広いのだろう。
「待ってて。片付けるから」
「散らかってても気にしないぞ」
何気なくそう言うと、すごい勢いで睨まれた。ランツがうろたえている間に、ルカはさっさと部屋に入った。扉がばたんと乱暴に閉められる。
何がいけなかったんだ、とランツは頭を掻きながら思った。なんとなく、会ったばかりの頃を思い出す。
ばたばたと音が聞こえてくる中、しばらく待つ。静かになったなと思っていると、小さく開けた扉からルカが顔を出した。
「どうぞ」
中は予想以上に広かった。寝室とリビング、それから小さな書斎まである
「いいでしょ、もうお金を貯める必要もなくなったんだもの」
すると、拗ねたようにルカが言った。ランツは思わず顔を歪める。ローディだけではなく、ルカにまで心を読まれるとは。
「俺ってそんなに顔に出てるか?」
「考えてることが単純なのよ」
そう言ってくすりと笑った。馬鹿にされているような台詞だが、何故だか腹は立たなかった。
「それで、話って何なの?」
真面目な表情になるルカに、アリエルのことをローディから聞いた通りに説明した。ルカは、ひどくショックを受けている様子だった。
「俺たちはアリエルを助けに行くつもりだ。無いとは思うが、巻き込まれないように他の街に……」
「あたしも行く」
ルカはきっぱりと言った。ランツは一瞬言葉に詰まった。
「……危険だぞ」
「分かってるわよ、そんなの」
唇を尖らせながら、言葉を続ける。
「前回はあたしの方が助けてもらったんだもの。アリエルにもね。恩返ししなきゃ」
「釣り合わないだろう」
ランツは困惑した。魔術師の村を探すこと――結果的には危ない目にあったとは言え――と、教会に刃向かうことでは、危険性が段違いだ。
「それに」
と、ルカは瞳に決意の炎を宿らせ、言った。
「世界樹教は、あたしの――いえ、全ての魔術師の敵よ。村の人たちのかたきを、少しでも
そう言われてしまっては、もはや反論する
準備をすると言うルカと別れて、次はニアの泊まる宿へと向かった。いつもふらふらしているニアのことだ。部屋にいる可能性は低いが、とは言え他に探す場所もあまりない。
(いなかったら飯屋にでも行ってみるか)
彼女が気に入っている店なら何軒か知っている。そろそろ昼飯時だし、もしかしたら見つかるかもしれない。
街の中を歩きながら、ランツは無意識のうちに世界樹に目をやっていた。今朝は異質な何かに見えていたその木から、今は禍々しいオーラを感じていた。
「悪いのは木じゃないよ。利用する人間の方」
唐突に声をかけられ、ぴたりと足を止める。振り返った先には、予想通りの黒髪の少女――ニアの姿があった。
ランツは息を飲んだ。彼女の顔には、いつか見た平坦な無表情が浮かんでいる。だがそれは、すぐにいつもの笑顔に変わった。
「アリエルを助けに行くんでしょ? 手伝うよ」
その言葉に、ランツは面食らった。何故知ってるんだとか、本当にいいのかとか、いくつもの疑問が頭に浮かんだが、結局口に出すことは無かった。
「……助かる。どこにいるか分かるか?」
「今はわかんない。さっきはあそこのそばにいた」
ニアの指さす先には、世界樹があった。やはり教会に捕らわれているようだ。
「よし、ローディの所に行こう」
「うん」
こくりと頷くニアを引き連れて、集合場所へと向かう。救出の作戦は、彼が考えておいてくれているはずだ。
(待ってろよ、アリエル)
ランツはぎゅっと唇を引き絞った。