第16話 急襲
文字数 2,894文字
危機を乗り切った一行は、再び山登りを続けていた。岩場を越え、少しは歩きやすい道に入る。
相変わらず周囲に木々はほとんど無く、砂と土ばかりだ。垂直に近い山肌と、崖に挟まれた狭い道だ。
先頭を歩くランツに、ルカが早足で近づいてきた。
「本当にばれてないのかしら」
「大丈夫だろ」
小声で話し合う二人。ルカはちらりとギルに目をやったが、不思議そうに首を傾げられ、慌てて視線を戻していた。
ばれて、というのは、ルカが魔術師だということが、だ。崖から落ちて無傷だったのだから、普通は聖導具を使ったと考えるだろう。
そして、そんな効果を持つ聖導具は、少なくともメジャーな物の中には無い。だから聞いてきてもおかしくはないのだが、特に何も言われなかった。彼女はそれを不審に思っているらしい。
「怪しいと思わないの?」
「いいや」
眉を寄せて首を振ると、ルカは不満そうに唇を尖らせた。自分が呑気 なのか、それとも相手の方が神経質なだけなのか、ランツには判断がつかなかった。
「あのー」
出し抜けに、アリエルが声をあげた。ローディがにこやかに尋ねる。
「どうしたの?」
「この山の上って、何かあるんですか? 村とか……」
「……いや、特に情報はないね」
ちょっと考えたあと、彼は小さく首を振った。十日以上離れた場所にあるリレイの街でも、一応この辺りの大雑把な地図は手に入る。遺跡群に挑戦する冒険者たちのお陰だろう。
「じゃあ、どうしてちゃんとした道があるんでしょう? 山の向こうに用があるなら、迂回した方が早いですよね」
「ん? んー……確かに」
ローディは足元を見ながら言った。決して整備されているわけではないが、とは言え単なる獣道とも思えない。人が通っていないとこうはならないだろう。
ランツとルカは、視線を交わして頷き合った。情報は無いが、何かがあるのだとしたら――目的の場所である可能性が高い。
「村でもあるのかもね。あまり知られていないような」
彼も同じ結論に達したようだった。曖昧 な言い方をしたのは、ギルがいるからだろう。
しばし無言の行軍が続く。ルカは、唇を引き結んでじっと前を見ていた。
その時だった。
「待った」
ローディが言った。ランツはぴたりと足を止める。
「敵か」
「いや……」
彼は前に出て片膝を地につけると、少し先の地面を凝視した。少しの間のあと、振り返って言った。
「落とし穴がある」
「落とし穴?」
ルカが声をあげた。
「誰かが作った……って意味よね」
「そうだよ。上手く隠されてるけどね。あそこを見て」
指さした先をじっと見つめると、周りの地面とわずかに色が違うのが分かった。後から土をかけるか何かしたのだろう。
ランツは頷いて言った。
「よし。避けて行こう」
「待って待って。向こうはよそ者に敵意があるみたいだよ? 気をつけていかないと……」
そうローディが言った途端、
「きゃあっ!」
アリエルが悲鳴をあげる。彼女の目の前の地面に、矢が突き立っていた。
ランツは盾を構え、辺りを見回す。が、隠れられそうな場所はどこにもない。どこから矢を射ったのか。
「何をしにここへ来た! 言え!」
若い男の声が聞こえる。姿は見えない。
(魔術か?)
ランツははっとした。それなら、ルカの正体を明かして正直に答えるべきだ。だが聖導具かもしれないし、もしくは他の手段かもしれない。
(駄目か)
それに、ギルの存在がある。彼の前で、全てを話してしまうわけにはいかない。
ちらりとローディに目をやったが、彼もどうすべきか決めかねているようだった。さすがにいきなり攻撃されるとは思っていなかったのか、顔が引きつっている。
「あー」
突然、ニアが声をあげた。その視線は、左手にある崖下に向いている。
「え、待って? まさか……」
ローディが顔を青くした。羽ばたきの音が、崖下から聞こえてくる。
ワイバーンが、目の前を急上昇していく。それが決まりであるかの如く、前回の一匹と同じく上空から急降下をかけてきた。
(くそっ!)
心の中で悪態を吐 きながら、ランツはぎりぎりまで逃げずに反撃の機会を窺 った。ニアはひどく疲れているようで、戦力として期待できない。自分がやるしかない。
だが、ワイバーンは意外な行動を取った。地上の遥か手前で急停止すると、その場に留まったのだ。戦いを急に忘れたかのように、遠くをじっと見つめている。
(なんだ?)
ワイバーンの視線の先には、ただ空が広がるばかりだ。別の魔物でも来たのかと思ったが、そうでは無いようだ。
何にせよ、チャンスなのは間違いない。今ならルカの魔術でも狙えるだろう。そう思って視線を送ると、彼女は目を見開き、必死に何かを訴えてきた。ランツは眉を寄せる。どうやら、ギルに何かして欲しいようだが……。
ふとギルのいる方を見ると、近くにいたニアと目があった。特に何を伝えようとしたわけでもないのだが、彼女はこくりと頷いた。
「あぶなーい」
ニアは棒読みで言うと、後ろからギルを押し倒した。「へ?」と間の抜けた声を漏らすギルの耳を、ニアは両手で塞 ぐ。
「天より来 るもの、大気の怒り……」
ルカが高らかに詠唱を始める。いつも使っている短いものではない。彼女の周囲で、小さな雷がパチパチと音を立て跳ね回る。
「……裁きの雷 よっ!」
最後の一節とともに、それら全てがルカの正面に収束する。急激に増す輝きが本物に迫るほどになったその時、轟音とともに打ち出された。
複雑に絡み合い、一本の太い雷となって、ワイバーンに直撃する。びくりと体を痙攣 させると、落下を始めた。
落ちてきたところを狙おうと思っていたランツだったが、その必要はなくなった。いつの間にか 道の先にいた若い男が、ルカと同じような雷撃を放つ。二度目の直撃を受けた魔物は、どろりとした黒い粘液に変わって落ちていった。
「おや、倒しましたか」
ようやくニアから解放されたギルが、感心したように言った。その時になって初めて、ランツはさっきルカが何を言おうとしていたかを理解した。要するに、魔術を使うからギルを何とかしてくれ、ということだったのだ。
「……気づいてよ」
心を読んだかのようにルカが言った。唇をわずかに尖らせている。ランツは思わず頭を掻 いた。
「君も魔術師だったのか」
若い男が言った。口調は柔らかくなっているが、先ほどどこからともなく聞こえてきたのと同じ声だ。恐らく、魔術で姿を隠していたのだろう。
ランツはふと気づいてギルに目をやったが、ニアがタイミングよく後ろから耳を塞いでいた。「なんですか?」と不思議そうに振り向いている。ローディが、若い男に慌てて事情を説明した。
「なるほど。とにかく……そこのルカさんは村に入る資格があるし、連れの方々も同様だ。歓迎しよう」
男は笑みを浮かべて言った。
相変わらず周囲に木々はほとんど無く、砂と土ばかりだ。垂直に近い山肌と、崖に挟まれた狭い道だ。
先頭を歩くランツに、ルカが早足で近づいてきた。
「本当にばれてないのかしら」
「大丈夫だろ」
小声で話し合う二人。ルカはちらりとギルに目をやったが、不思議そうに首を傾げられ、慌てて視線を戻していた。
ばれて、というのは、ルカが魔術師だということが、だ。崖から落ちて無傷だったのだから、普通は聖導具を使ったと考えるだろう。
そして、そんな効果を持つ聖導具は、少なくともメジャーな物の中には無い。だから聞いてきてもおかしくはないのだが、特に何も言われなかった。彼女はそれを不審に思っているらしい。
「怪しいと思わないの?」
「いいや」
眉を寄せて首を振ると、ルカは不満そうに唇を尖らせた。自分が
「あのー」
出し抜けに、アリエルが声をあげた。ローディがにこやかに尋ねる。
「どうしたの?」
「この山の上って、何かあるんですか? 村とか……」
「……いや、特に情報はないね」
ちょっと考えたあと、彼は小さく首を振った。十日以上離れた場所にあるリレイの街でも、一応この辺りの大雑把な地図は手に入る。遺跡群に挑戦する冒険者たちのお陰だろう。
「じゃあ、どうしてちゃんとした道があるんでしょう? 山の向こうに用があるなら、迂回した方が早いですよね」
「ん? んー……確かに」
ローディは足元を見ながら言った。決して整備されているわけではないが、とは言え単なる獣道とも思えない。人が通っていないとこうはならないだろう。
ランツとルカは、視線を交わして頷き合った。情報は無いが、何かがあるのだとしたら――目的の場所である可能性が高い。
「村でもあるのかもね。あまり知られていないような」
彼も同じ結論に達したようだった。
しばし無言の行軍が続く。ルカは、唇を引き結んでじっと前を見ていた。
その時だった。
「待った」
ローディが言った。ランツはぴたりと足を止める。
「敵か」
「いや……」
彼は前に出て片膝を地につけると、少し先の地面を凝視した。少しの間のあと、振り返って言った。
「落とし穴がある」
「落とし穴?」
ルカが声をあげた。
「誰かが作った……って意味よね」
「そうだよ。上手く隠されてるけどね。あそこを見て」
指さした先をじっと見つめると、周りの地面とわずかに色が違うのが分かった。後から土をかけるか何かしたのだろう。
ランツは頷いて言った。
「よし。避けて行こう」
「待って待って。向こうはよそ者に敵意があるみたいだよ? 気をつけていかないと……」
そうローディが言った途端、
「きゃあっ!」
アリエルが悲鳴をあげる。彼女の目の前の地面に、矢が突き立っていた。
ランツは盾を構え、辺りを見回す。が、隠れられそうな場所はどこにもない。どこから矢を射ったのか。
「何をしにここへ来た! 言え!」
若い男の声が聞こえる。姿は見えない。
(魔術か?)
ランツははっとした。それなら、ルカの正体を明かして正直に答えるべきだ。だが聖導具かもしれないし、もしくは他の手段かもしれない。
(駄目か)
それに、ギルの存在がある。彼の前で、全てを話してしまうわけにはいかない。
ちらりとローディに目をやったが、彼もどうすべきか決めかねているようだった。さすがにいきなり攻撃されるとは思っていなかったのか、顔が引きつっている。
「あー」
突然、ニアが声をあげた。その視線は、左手にある崖下に向いている。
「え、待って? まさか……」
ローディが顔を青くした。羽ばたきの音が、崖下から聞こえてくる。
ワイバーンが、目の前を急上昇していく。それが決まりであるかの如く、前回の一匹と同じく上空から急降下をかけてきた。
(くそっ!)
心の中で悪態を
だが、ワイバーンは意外な行動を取った。地上の遥か手前で急停止すると、その場に留まったのだ。戦いを急に忘れたかのように、遠くをじっと見つめている。
(なんだ?)
ワイバーンの視線の先には、ただ空が広がるばかりだ。別の魔物でも来たのかと思ったが、そうでは無いようだ。
何にせよ、チャンスなのは間違いない。今ならルカの魔術でも狙えるだろう。そう思って視線を送ると、彼女は目を見開き、必死に何かを訴えてきた。ランツは眉を寄せる。どうやら、ギルに何かして欲しいようだが……。
ふとギルのいる方を見ると、近くにいたニアと目があった。特に何を伝えようとしたわけでもないのだが、彼女はこくりと頷いた。
「あぶなーい」
ニアは棒読みで言うと、後ろからギルを押し倒した。「へ?」と間の抜けた声を漏らすギルの耳を、ニアは両手で
「天より
ルカが高らかに詠唱を始める。いつも使っている短いものではない。彼女の周囲で、小さな雷がパチパチと音を立て跳ね回る。
「……裁きの
最後の一節とともに、それら全てがルカの正面に収束する。急激に増す輝きが本物に迫るほどになったその時、轟音とともに打ち出された。
複雑に絡み合い、一本の太い雷となって、ワイバーンに直撃する。びくりと体を
落ちてきたところを狙おうと思っていたランツだったが、その必要はなくなった。
「おや、倒しましたか」
ようやくニアから解放されたギルが、感心したように言った。その時になって初めて、ランツはさっきルカが何を言おうとしていたかを理解した。要するに、魔術を使うからギルを何とかしてくれ、ということだったのだ。
「……気づいてよ」
心を読んだかのようにルカが言った。唇をわずかに尖らせている。ランツは思わず頭を
「君も魔術師だったのか」
若い男が言った。口調は柔らかくなっているが、先ほどどこからともなく聞こえてきたのと同じ声だ。恐らく、魔術で姿を隠していたのだろう。
ランツはふと気づいてギルに目をやったが、ニアがタイミングよく後ろから耳を塞いでいた。「なんですか?」と不思議そうに振り向いている。ローディが、若い男に慌てて事情を説明した。
「なるほど。とにかく……そこのルカさんは村に入る資格があるし、連れの方々も同様だ。歓迎しよう」
男は笑みを浮かべて言った。