第23話 アリエルの危機

文字数 2,923文字

 リレイに着いた次の日は、ランツもさすがにゆっくりと休んだ。いくつか店を冷やかしたあとは、中央広場のベンチに座ってぼうっとしていた。
 道行く人々に向けていた目を、北西方向の上の方に向ける。慣れ親しんだはずの巨木が、何故か異質なものに見えた。
 今回の旅で、教会についての認識はがらっと変わった。それと同時に、世界樹の認識も変わってしまったのかもしれない。
(世界樹って何なんだろうな)
 今までそんなこと考えもしなかった。この国に暮らすほとんどの人――いやもしかすると、この世界のほとんどの人が、ランツと同じく考えたことも無いだろう。
「いたいた!」
 声に振り向くと、駆け寄ってくるローディが目に入った。特に反応せず視線だけを向けていると、友人はすぐそばに立って眉を寄せた。
「なに気の抜けた顔してんのさ?」
「今日ぐらいはいいだろ」
 ランツは憮然(ぶぜん)とした表情で言った。
「それより大変なんだよ」
 友人が真面目な表情になるのを見て、ランツも気を引き締めた。ローディは周囲に目をやって、近くに誰もいないことを確かめたあと、言った。
「ランツ、アリエルにギルのこと言ったのか? 教会関係者だって」
「言うわけないだろ」
 きっぱり言い切ったあと、ふと視線を泳がせた。直接伝えてはいない。いないが……。
「聞かれたんだな?」
「……かもしれない」
 ランツはニアに話を聞いた時の状況を話した。すると、ローディはため息をついて言った。
「なるほどね。聞かれたと考えた方が良さそうだ」
「何かあったのか」
「あったんだよ」
 再びため息を――深い深いため息をつきながら、言った。
「教会に捕まった」
「なにっ」
 ランツは思わず立ち上がった。何故神官のアリエルが。自分たちも追われているのか。様々な考えが頭に浮かぶ。
 すると、その考えを読んだかのように、ローディが言った。
「とりあえず、僕たちみんなが追われてるわけじゃあない。まだね」
「じゃあなんで捕まるんだ」
「そこまでは分からない。ただね。僕が手に入れた情報だと、教会の上の方ともめてたらしいんだよ。だから、ギルのことを問い詰めたんじゃないかと思ってる」
 ローディの台詞を聞いて、ランツは絶句した。もしギルが教会の命で動いていたのだとしたら、あまりにも危険な行為だ。冒険者仲間にはよく無茶をする言われるランツだが、世界樹教と真っ向から対立するのは躊躇(ちゅうちょ)する。
「捕まったってことは、やっぱり教会が黒幕だったのか」
「その可能性は高いかな。黒幕なんかいなくて、アリエルが捕まったのは単に教会関係者の不祥事を隠すため、って可能性も無くはないけどね……」
 嘆息しつつローディが言った。自分で自分の言葉を信じていないような雰囲気だ。そう楽観的になるわけにもいかないだろう。
「魔術師を虐殺しようとする集団だ。アリエルだって何されるか分からない」
 唇を噛むローディ。ランツも暗澹(あんたん)たる気分になる。
 ふと、ランツの頭の中にふとある考えが浮かんだ。単なる思いつきではあるが、間違っていないという確信があった。
「助けたいから手伝ってくれってことか」
「……ランツに先に言われるなんてね。無理言ってるのは分かってるんだけど……」
「そうだな」
 ランツは素直に頷いた。教会に捕まった人を助けようだなんて、無謀もいいところだ。だが、
「わかった。手伝おう」
「いいのかい?」
 目を丸くする友人に、ランツはにやりと笑って言った。
「友達だろ?」
「……ありがとう」
 ローディは深く頭を下げた。少し照れくさくなって、頭の後ろを()く。
「他の二人にも頼むのか」
「まだ迷ってる。ルカには頼まないかな。そこまでの仲でも無いしね」
「伝えるぐらいは伝えておいた方がいいんじゃないか」
「それはもちろんだよ。話しておいてもらってもいいかな?」
「わかった」
 ランツは頷いた。となると、残りはあと一人だ。
 しばし無言の時間が続いたあと、ローディが言った。
「ニア、断ると思う?」
「いいや」
 即座に首を振った。彼女が断ったところなんて見たことがない。
「だよね。頼んじゃったらもう、強制的に連れて行くみたいになっちゃいそうで迷ってるんだよ」
 再び同意しかけて、だが思いとどまった。
(いや、断るかもな)
 前回の旅で、ニアの隠された一面を知ってしまった。自分たち二人が知る彼女の姿は、ほんの一面にしか過ぎないのかもしれない。
「前は深く聞かなかったけどさ」
 不意に、ローディが言った。
「ランツ、ニアと何かあっただろ?」
 その瞬間、ランツは全力で平静を保った。絶対に表情には出さなかったと、確信を持って言える。
 だが、ローディは肩をすくめて言った。
「やっぱりね」
「何がやっぱりなんだよ」
 ランツはふてくされた。やはり、この友人に隠し事はできないようだ。
「ギルが教会関係者だなんて、ニアが知ってるがまずおかしいんだよ。あんな後ろ暗い任務に就いてるぐらいなんだから、絶対に隠してるはずなのに」
「俺もそれは詳しく聞いてない」
「それ『は』、ね」
 ローディは言う。ランツは頭を()くと、観念したように言った。
「ニアの秘密をいくつか聞いた。だが、軽々しく話せる内容じゃない」
「わかってるよ。ただこれだけは教えてくれ。アリエルを救うために、他にも何か役に立つことを聞いてない? ギルのこととか、教会のこととか」
 そう言われて、ランツは考え込んだ。だが実際のところ、大したことは聞いていないのだ。
「ギルを見たのが王都だってくらいか」
「ふむ……」
 ローディは何事か考え込んでいた。が、すぐに首を振る。
「他には?」
 ランツは目を閉じて思い出そうとする。何かあっただろうか。
(そうだ)
 ふと思い出したのは、ニアがギルの居場所を看破したことだ。木の上で隠れていたのを見つけたぐらいだから、正確な位置が分かるのだろう。アリエルが捕らえられている場所が分かれば、救出の助けになるのは間違いないだろう。
 すると、ローディが前のめりになって言った。
「教えてくれ。それとも話せないことか?」
「詳しくは言えないが、ニアならアリエルの居場所が分かるかもしれない」
「リレイの教会にいるのか、他の街に連れて行かれるのかってことか?」
「いや、もっと細かい。例えば、どこの木の上にいるかとか」
「なんだよそれ?」
 ローディは不思議そうにしていた。だが、実際その通りだったのだから仕方ない。
「人を探す魔術でも使えるの? いや、詮索はやめとくか」
「いつでもできるわけじゃ無いらしいから、あまり期待はできないが」
「よく分からないけど、まあ分かったよ」
 口元に手をやって考え込む。ランツはあっさりと言った。
「頼めばいいんじゃないか。あいつだって友達だろ」
「……そうだね。その通りかもしれない」
 やがて、諦めたようにローディが言った。
「ニアのこともお願いしてもいい? 僕はアリエルのことを調べておく」
「わかった」
 ランツは深く頷いた。
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