第17話 隠れ里

文字数 2,847文字

 魔術師の隠れ里は、高い山の上にあることを除けば、辺境の村と基本的には変わりはなかった。村人たちは冒険者にちらちらと視線を送っていたが、先頭に立っている人物、シグルド――村に入る前にランツたちに声をかけてきた男――を見ると、安心したように笑いかけてきた。彼は村の人々に信頼されているようだ。
 唯一の、そして大きな違いは、村人のほとんどが魔術師らしいいうことだ。荷物を浮かせて運んでいる者、水を出して()いている者、それから一跳びで屋根の上まで昇っている者。そこら中で超高級品の聖導具が使われているかのような光景だった。
 ランツがきょろきょろと辺りを興味深く眺めていると、不意にルカが言った。
「そんなに怖がらなくったっていいでしょ」
「え。いやあ、ははは……」
 ローディが困ったように笑った。この村に入った時から、周囲に警戒するような視線を向けている。
 まるで、村人の誰かが、突然魔物に変わって襲ってくるとでも思っているかのようだ。だがどちらかと言えば、彼の反応の方が自然だろう。他の二人が不自然なのだ。
「早く皆さんを教会で治療しないと! そして世界樹教の信者に……!」
 不自然な方のもう一人――アリエルが、小声ながらも気合いの入った様子で言った。拳をぐっと握っている。
 すると、対照的な冷めた口調でルカが言った。
「その話はもうなくなったでしょ」
「えっ、なくなってません! どうしてですかっ!?」
「どうしてって」
 周囲に目をやってから、言葉を続ける。
「治療する必要なんてあるの? みんな普通に暮らしているのに?」
「そ、それは……」
 アリエルは言葉に詰まった。
 そう、結局のところ、『魔術を使い続けると魔物になる』という噂は、誤りだったようだ。シグルドにその話をしたら、苦笑いされてしまった。そういう噂が流れていることは知っていたが、実際になった者はいないらしい。
 ランツたち

は、シグルドの案内で、中央広場にある村唯一の酒場かつ宿泊施設へと向かっていた。宿泊施設とは言っても形だけのもので、泊まる人はほぼいないらしい。
 ちなみに、ギルはいつも通り「教会の用事」ということで外で待ってもらっている。ニアも一緒だ。
 気まずいのを誤魔化(ごまかす)すかのように、アリエルは早足でシグルドに並び、尋ねた。
「こんな場所で、食べ物はどうしてるんですか?」
 確かにな、と、ランツは意味もなく頭の後ろを()きながら思った。山道の様子を見る限り、植物はあまり育たないだろう。他の村からわざわざ運んでいるというのも想像し(がた)い。
 するとシグルドは、曖昧(あいまい)な笑みを浮かべながら言った。
「魔術で改良した野菜や穀物がある。山の上でもよく育つんだ」
「そ、そうなんですか」
 アリエルは少し引き気味に言った。魔術の関わった物を食べるのに抵抗があるのだろう。ランツとしては、どんな味がするのか少し楽しみだ。ニアがいないのが残念だった。
 ふと頭に浮かんだことがあって、ランツは少し歩調を緩めた。隣に並んだローディが、言葉を促すように視線を向けてくる。
「このあとどうするんだ。泊まるのか?」
「ああ、それは僕も迷ってるんだよね。ギルがいなかったらそうするんだけど」
「できれば泊まりたいな」
「んー? 珍しいこと言うね。いつもは野宿でいいだろって感じなのにさ」
 探るように言われ、言葉に詰まる。すると、何かに気づいたような表情のローディが、にやりと笑った。
「あー、確かにね。ルカちゃんだいぶ疲れるみたいだし、ベッドで寝かせてあげたいね?」
「……何も言ってないだろ」
 ランツはそっぽを向いた。
 やがて一行は、村の中央広場についた。この山の上では珍しい大きな木が一本、ちょうど真ん中に立っている。世界樹ではなかったが、村のシンボル的な木なのかもしれない。
 広場に面した酒場に入る。ちょうど昼飯時だからか、中はそこそこ賑わっていた。
 テーブルに着くと、早速人数分のエールが配られた。シグルドによると、これも魔術の力を借りて作っているらしい。便利なんだな、とランツは感心した。
 ふとルカの方に目をやると、彼女はぼんやりと店内を眺めていた。わずかに口を開いた、呆けたような表情だった。
「大丈夫か」
 体調でも悪いのかと心配になって、声をかけた。するとルカは、はっとしたようにランツを見た。
「あ……いえ。何ともないわ」
 口元を緩めて言葉を続ける。
「こんな風に、魔術師が普通に暮らしていい場所があるんだなって、思っちゃって」
 ランツは何も言えなかった。この少女は、今までどんな人生を送ってきたのだろうか。魔術を使えることがばれて、追われたこともあったのかもしれない。
 言うべきことを思いつく前に、料理が運ばれてきた。()でた野菜とパン、それから肉がたっぷり入ったスープが出てきた。実に美味しそうだ。なんとかしてニアにも食べさせようと心に決める。
 皆は早速食べ始めたが、一人だけ手を止めている者がいた。口の中のスープを飲み下したあと、ローディが言った。
「どうしたの?」
「え、と……」
 アリエルはおずおずと口を開いた。
「これって、何のお肉なんですか?」
 ランツは思わず手元を見つめた。スプーンの中には、おいしそうな肉片が浮かんでいる。それを口に入れている間に、シグルドが言った。
「……魔物の肉だ」
 その答えに、ローディとルカはびたりと手を止めた。ある程度予想していたのか、アリエルは特に驚いた様子はなく、だがスープの入った皿をそっと押しのけた。
「すまない。言わないでおいた方がいいかと思ったのだが……」
 シグルドが申し訳なさそうに言う。もぐもぐと口を動かしながらランツが言った。
「うまいぞ」
「よく食べれるな……」
 ローディが引きつった笑みを浮かべた。ランツは小さく首を(かし)げる。
「ニアもきっと食べるぞ」
「まああの子はね」
 咳払いをしたシグルドが、話に割り込むように言った。
「この村では、誰もが魔物の肉を食べる。害はないから安心して欲しい」
「……そうよね」
 悲壮な決意を顔に浮かべながら、ルカが言った。
「魔術師のみんなが食べてるのよ、あたしだって……」
「いや、べつに食べたくなければ食べなくていいと思うよ?」
 ローディが困ったように言う。それを横目で見ながら、ランツは聞いた。
「どうやって料理してるんだ。魔物を倒すと粘液になってしまうんだが」
「魔術を使った特別な調理法があるんだ」
 シグルドが少し嬉しそうに話し出した。真面目に聞いていたのはランツだけで、アリエルは目を(つむ)って震える手でスプーンを運んでいるし、ローディも観念したようにスープをすくっていた。
 結局のところ、頑なに手を出そうとしなかったアリエル以外は、意外にもその味を気に入ったようだった。
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