第4話 その少女、ど根性あり

文字数 2,979文字

 萱場が佐倉 日奈と出会ったのは7月。高校女子バドミントンの覇者、聖悟女子高校のインターハイ直前の強化練習の時だった。
 全国から集められた150人の部員を擁する聖悟女子高等学校。
 団体とシングルス2人、ダブルス2ペアがインターハイ出場を決め、レギュラーの選手たちを中心に、部員は体育館の中で汗を流して練習に明け暮れていた。
 東城トランスポートからは、萱場の他に、女子部の選手6人が赴いた。
 初日から、萱場は女子部の選手に指示し、レギュラーの選手を中心に試合形式の練習を繰り返させた。
 さすがにインターハイ優勝の常連校。レギュラーの選手たちは実業団の選手に全く臆することなく、ともすれば押し気味に試合を進める場面もあった。萱場はその横から、ポイントポイントのアドバイスをする。
 そして、萱場達が明日は東京に帰る、という最後の練習の日。
 体育館全体を何気なく見渡して、おやっ、と思った。
 体育館の隅のコートで同じ聖悟女子高校同士のダブルスペアが試合をしていた。片方は県で2位、つまり部内ランキング2位のペアだ。相手は控えのペアなのだろう、あまり印象に残っていない顔だった。
 だが、その控えのペアは萱場の目を引いた。今、前衛に立っている選手はそれなりに身長があるのだが、もう1人、後衛に回っている選手は、小学生かと見間違うくらいに小柄な選手だ。そして、その小柄な体が‘くるん’と言った感じでラケットに振り回されている、と言った風なスウィングをしている。
 萱場は何気なくコートへ歩み寄って行った。
『あれは、スマッシュなのか?まるでドライブだ』
 小柄な選手の、くるん、というラケットのスウィングから繰り出されたショットは、おそらくスマッシュなのだが、その打点の低さから、ドライブのようにコートに平行に近い軌道を描いて、敵陣にいる選手のボディーめがけて向かって行った。
『アウトだ』
 萱場がそう思うのと同様に、敵陣の選手も体をずらしてシャトルを見送った。
 しかし、その‘スマッシュ’は、ラインぎりぎりの所で急激に失速し、ぽとり、とライン上に落ちる。インだ。
 しばらく萱場はその試合のラリーを見守っていた。その小柄な選手はどの位置からでもクロス、ストレート、コートの隅、ボディーと、ラインぎりぎりで失速してインになるスマッシュを打ち、県2位のペアを翻弄していた。
 そして、萱場はすぐに気が付いたのだが、小柄な選手は、わざと‘アウト’のスマッシュも混ぜて打っていた。敵ペアはどれがどれだか混乱し、レシーブのフォームをガタガタに崩している。強引に攻撃に転じようとすると、控えのペアは執拗に守り、少しでも自分が得意な低い打点にシャトルが来ると、素早いモーションで失速するスマッシュを放つ。
 ただ、その次のショットは、スマッシュの振りなのだが、‘カキン’と音がした。当たり損ねのようだ。スマッシュのスウィングのままフレームに当たってナチュラルなカットとなる。予想に反してネット前に落ちるシャトルに敵ペア2人ともダッシュするが、間に合わず、すっ、と決まった。
 そこへ、聖悟女子高校の監督が速足でコートに近付いてきた。
「お前ら、‘サクラ’のペアとやるな、って言ってただろう。ここへきてこいつらみたいな変則ペアとやったら調子を崩すだけだろうが」
 監督がそう言って、試合を止めさせた。‘サクラ’?この小柄な選手の名前なのだろうか。
「萱場さん、すみません、大きい声出してしまって」
 監督が申し訳なさそうに萱場に言う。萱場は控えのペアがタオルで汗を拭いている様子を見ながら監督に訊いてみた。
「面白いショットを打ちますね?」
 監督は腕を組んで答える。
「ええ。2人とも練習熱心でいいもの持ってるんですが。特に‘サクラ’の方は根性もありますしね。ただ、中学でスカウトした時、もう少し身長が伸びてくれるだろう、と思ってたんですが・・・総合力では残念ながら、レギュラーにはまだ入れません。もっとも、他の控え選手も皆、紙一重の差なんですが・・・」
「彼女は地元の選手ですか?」
「ええ。150人中10人しかいない鹿児島出身の選手の1人です」
 監督が向こうに行った後、萱場はその‘サクラ’に声をかけた。
「君、名前は?」
「‘サクラ’です」
 彼女は、何?と言ったような表情で萱場の方を見る。萱場は質問を追加する。
「苗字は?」
 相手はまた怪訝な表情で萱場を見て、答える。
「だから・・・‘佐倉 日奈’16歳。2年生です」
 ああ、そういうことか。サクラが佐倉なんだな、とぼんやりと思う。聞きもしない年齢まで答えてくれたので、更に追加で質問してみた。
「日奈か・・・身長は?」
 日奈は明らかにムッとした顔で答える。
「147cmです」
 萱場は日奈を改めてまじまじと眺めて見た。
 身長に応じて、リーチも短い。そして、スポーツ選手らしく短く切った髪に、いくら南国の娘とはいえ、どの選手にも増して日焼けし、真っ黒だった。
「何日も来てたけど、全然見かけなかったな」
 萱場が言うと、日奈は更にムッとした顔で萱場の顔を見上げ、目を反らさずに睨みつける。
「ずっと外を走ってましたから。控えなんでそんなにコートを使えないんです」
「あのペアとはよく試合するのか?」
 そう言うと、日奈は吐き捨てた。
「あんまり悔しいから、試合しろ、って無理やり相手させたんです」
 相手は県2位というだけでなく、3年生のペアだ。先輩に対して全く遠慮せず、純粋に‘敵’として相手を見ているようだ。事実、インターハイで優勝するよりも、聖悟女子高校の部内ランキング戦を勝ち抜く方が、ある意味難しいかもしれない。全員が、‘敵’同士とも言える。
「でも、君はあのペアに勝てないんだろう」
 萱場がゆっくりと言うと、日奈は彼に対しても敵意と闘争心をむき出しにした。
「毎日やらせて貰えたら、絶対に負けません。いえ、絶対に負けたくありません!」
 なるほど、凄い根性だ。身長に応じたコンパクトな四肢を見ると、腕はほどほどの筋肉で柔軟にラケットを振れるしなやかさを残しており、足は普通にしていれば分からないが、激昂してぐっと身を乗り出した時の筋肉の動きを見て、膨大な走り込みで鍛えられていることが一目で分かった。そして、その土台の上に乗る胴の姿勢を見て、これも衣服の上からは分からないが、ビルドアップされ、体の軸が全くぶれないスウィングとフットワークができるよう体幹がしっかりしている、と確信した。

 突然、萱場は全く違う質問をする。
「ご両親は元気か?病気とかしてないか?」
「・・・?はい、2人とも健康で元気です」
「おじいちゃんやおばあちゃんは?」
「・・・おじいちゃんはもう亡くなっていませんが、おばあちゃんは今でも元気に畑仕事してます」
「そうか、分かった・・・ところで、最後のショットはミスったがラッキーだったな」
 フレームで打った‘カット’を萱場は皮肉った。
「あれは、‘わざと’です」
「狙ってフレームで打ったって言うのか?」
「そうです」
 日奈は、‘当たり前でしょ’というような感じで真顔で答えた。
 なるほど、こいつは相当な負けず嫌いだ。その点も合格だ。
 萱場はまたレギュラー選手たちが試合をするコートの方へ去って行った。

 萱場はその夜、東京に電話した。
「監督、お願いがあるんですが・・・・」
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