第35話 初弾!
文字数 2,282文字
「萱場さん!」
ついに男女、ミックス、それぞれダブルスの決戦の日がやって来た。
初戦の清涼な空気に包まれるメインアリーナに入ると、東城トランスポートもう1組のオリンピック代表、男子ダブルス別府・太田組が萱場と日奈のところに駆け寄ってきた。
「おお。お互い頑張ろうな」
「はい。日奈ちゃん、萱場さんをメダリストにしてあげてくれ」
「はい。もちろん、金の!」
「おおっ、よく言った! 俺たちももちろん!」
同志たちが闘志を燃やし合っているところに高瀬・小林組も合流した。
「レイナさん、決勝で会いましょう!」
「ふふ。日奈、マイク・リーをコートに沈めて見せるワ」
しかし、日奈は絶望的な思いで高瀬たちの試合をアリーナの通路スペースから見ていた。
「こんなの、ダブルスじゃない・・・・」
男子ダブルスの熱戦をよそに、観客のほとんどがマイク・リーの一回戦、高瀬・小林組 vs リー・チェン組のコートに集中していた。
高瀬レイナはアリーナの、更には全世界の衆目の中、その屈辱を味わっていた。
1セット・21- 3 でリー・チェン組が先取。そして2セット目に至っては高瀬・小林組が1点も取れないままマッチポイントを迎えていた。
肩で息をする高瀬と小林。
まさか、と会場の全員が思ったことが現実となった。
「21《トゥエンティワン》- 0《ラブ》。マッチウォン・バイ、リー・チェン」
どおっ、というどよめきと拍手に会場が包まれる。
萱場と日奈が死闘を尽くした高瀬・小林が、目の前で敗れ去った。
しかも2セット目は『ラブゲーム』で」
「タイスケさん、こんなのダブルスじゃないですよっ! だって、マーメイ・チェンのショットって最後の一打だけじゃないですか!」
日奈が見たまんまの事実をタイスケに繰り返した。
まるでマイク・リーのシングルスの試合だと。
事実、マイク・リーのパートナー、日奈と同じ17歳のマーメイ・チェンがシャトルに触れたのはサービスと、ネット際に上がった球を叩き込んだフィニッシュショットだけだった。
後は全打マイク・リーがスマッシュを放った。
だからこそ、観客たちは衝撃を受けた。当然のことながら一番ショックを受けたのは高瀬レイナ本人だったろう。
ただし、全世界の中でおそらくたった1人、萱場だけは冷静にほんとうの『事実』を分析していた。
「日奈、マーメイ・チェンを侮るな」
「えっ」
「試合を組み立てていたのは彼女だ」
「・・・!」
萱場たちの初戦開始まであまり時間がない。ストレッチとウォーミングアップを続けながら日奈の思考を正常に戻すために萱場は今の試合を振り返った。
「マーメイ・チェンは常にマイク・リーがベストのショットを放てるよう、自分の位置どりとフットワークで高瀬たちにプレッシャーをかけ続けていた。彼女の長身を生かしてな」
日奈と年齢は同じだがマーメイ・チェンは女子ながら身長178㎝。190㎝のマイク・リーと並ぶと壁のように相手は圧倒されるだろう。そして、日奈は思い出した。
「そう言えば、マーメイがネット前で空振りのフェイントをかけた時、レイナさんが目をつぶってました」
「あの高瀬がだぞ。日奈レベルのど根性を内に秘めた高瀬が」
「・・・はい」
「マイク・リーはなんとしてもこの大会で2個の金メダルを手に入れたいんだ。そのために選んだパートナーがマーメイだ。彼女のフットワークのスピードは?」
「マイク・リーが速すぎて意識しませんでしたけど、レイナさんより先に動いてました」
ふとアリーナの出口を見ると高瀬と小林がバスタオルを頭からかぶったまま会場を出て行くところだった。
「レイナさん・・・」
「今はそっとしておいてやれ。続きだ。俺は日奈のフットワークのスピードも世界最高だと思ってる」
「え、それはどうも」
「ただ、マーメイは足が長い」
「うわ。人のコンプレックスえぐらないでくださいよ」
「はは。その代わり長い足が邪魔な時もある。日奈のコンパクトな四肢とフットワークのスピードは世界最高の『回転力』を生み出す」
「ごめんなさい。あんまり嬉しくないです」
ぷぷっ、と萱場は吹き出す。
「・・・そう、日奈の最大の武器はどんな時でも笑ってしまえることだ」
「ますます嬉しくないです」
「そろそろ行くぞ」
試合開始の時間となった。
萱場と日奈の初戦の相手はマレーシアのベテランペア。世界ランキング8位の格上だ。
いや、この2人に取っては全員が格上。すっかり落ち着きを取り戻した日奈は相手と握手を交わし、きりっとした表情でポジションにつく。
観客席から、little girl という囁きが聞こえるが日奈の耳には入らない。
「ひーたん!」
騒音の中から聞こえたゆかりの声を聞き分け、日奈は振り返って妙子とその膝に乗っかるゆかりににこっとVサインを送った。
萱場がファーストサービスの態勢に入ると会場が静寂に包まれる。
そのままショートサービスを放った。
丁寧な萱場のサービスに敵ペアは日奈のフォアハンドに速いクリアを返す。
日奈は一直線・最短・最速で打点の下に到達した。
見事なフットワークだった。
そのまま流れるようにスマッシュのモーションに入る。
「せっ!」
矢のような美しい軌道を描くスマッシュが敵ペアのコート中央に打ち込まれた。
ショットが到達するスピードと勢いからアウトと判断し、2人してシャトルを見送る。
日奈の放った『失速スマッシュ』は、コート後方で急激に減速し、ライン上に決まった。
「ショウっ!」
日奈が萱場ばりの気合の声を上げると、会場からこの小さな少女に割れんばかりの大きな拍手が送られた。
ついに男女、ミックス、それぞれダブルスの決戦の日がやって来た。
初戦の清涼な空気に包まれるメインアリーナに入ると、東城トランスポートもう1組のオリンピック代表、男子ダブルス別府・太田組が萱場と日奈のところに駆け寄ってきた。
「おお。お互い頑張ろうな」
「はい。日奈ちゃん、萱場さんをメダリストにしてあげてくれ」
「はい。もちろん、金の!」
「おおっ、よく言った! 俺たちももちろん!」
同志たちが闘志を燃やし合っているところに高瀬・小林組も合流した。
「レイナさん、決勝で会いましょう!」
「ふふ。日奈、マイク・リーをコートに沈めて見せるワ」
しかし、日奈は絶望的な思いで高瀬たちの試合をアリーナの通路スペースから見ていた。
「こんなの、ダブルスじゃない・・・・」
男子ダブルスの熱戦をよそに、観客のほとんどがマイク・リーの一回戦、高瀬・小林組 vs リー・チェン組のコートに集中していた。
高瀬レイナはアリーナの、更には全世界の衆目の中、その屈辱を味わっていた。
1セット・21- 3 でリー・チェン組が先取。そして2セット目に至っては高瀬・小林組が1点も取れないままマッチポイントを迎えていた。
肩で息をする高瀬と小林。
まさか、と会場の全員が思ったことが現実となった。
「21《トゥエンティワン》- 0《ラブ》。マッチウォン・バイ、リー・チェン」
どおっ、というどよめきと拍手に会場が包まれる。
萱場と日奈が死闘を尽くした高瀬・小林が、目の前で敗れ去った。
しかも2セット目は『ラブゲーム』で」
「タイスケさん、こんなのダブルスじゃないですよっ! だって、マーメイ・チェンのショットって最後の一打だけじゃないですか!」
日奈が見たまんまの事実をタイスケに繰り返した。
まるでマイク・リーのシングルスの試合だと。
事実、マイク・リーのパートナー、日奈と同じ17歳のマーメイ・チェンがシャトルに触れたのはサービスと、ネット際に上がった球を叩き込んだフィニッシュショットだけだった。
後は全打マイク・リーがスマッシュを放った。
だからこそ、観客たちは衝撃を受けた。当然のことながら一番ショックを受けたのは高瀬レイナ本人だったろう。
ただし、全世界の中でおそらくたった1人、萱場だけは冷静にほんとうの『事実』を分析していた。
「日奈、マーメイ・チェンを侮るな」
「えっ」
「試合を組み立てていたのは彼女だ」
「・・・!」
萱場たちの初戦開始まであまり時間がない。ストレッチとウォーミングアップを続けながら日奈の思考を正常に戻すために萱場は今の試合を振り返った。
「マーメイ・チェンは常にマイク・リーがベストのショットを放てるよう、自分の位置どりとフットワークで高瀬たちにプレッシャーをかけ続けていた。彼女の長身を生かしてな」
日奈と年齢は同じだがマーメイ・チェンは女子ながら身長178㎝。190㎝のマイク・リーと並ぶと壁のように相手は圧倒されるだろう。そして、日奈は思い出した。
「そう言えば、マーメイがネット前で空振りのフェイントをかけた時、レイナさんが目をつぶってました」
「あの高瀬がだぞ。日奈レベルのど根性を内に秘めた高瀬が」
「・・・はい」
「マイク・リーはなんとしてもこの大会で2個の金メダルを手に入れたいんだ。そのために選んだパートナーがマーメイだ。彼女のフットワークのスピードは?」
「マイク・リーが速すぎて意識しませんでしたけど、レイナさんより先に動いてました」
ふとアリーナの出口を見ると高瀬と小林がバスタオルを頭からかぶったまま会場を出て行くところだった。
「レイナさん・・・」
「今はそっとしておいてやれ。続きだ。俺は日奈のフットワークのスピードも世界最高だと思ってる」
「え、それはどうも」
「ただ、マーメイは足が長い」
「うわ。人のコンプレックスえぐらないでくださいよ」
「はは。その代わり長い足が邪魔な時もある。日奈のコンパクトな四肢とフットワークのスピードは世界最高の『回転力』を生み出す」
「ごめんなさい。あんまり嬉しくないです」
ぷぷっ、と萱場は吹き出す。
「・・・そう、日奈の最大の武器はどんな時でも笑ってしまえることだ」
「ますます嬉しくないです」
「そろそろ行くぞ」
試合開始の時間となった。
萱場と日奈の初戦の相手はマレーシアのベテランペア。世界ランキング8位の格上だ。
いや、この2人に取っては全員が格上。すっかり落ち着きを取り戻した日奈は相手と握手を交わし、きりっとした表情でポジションにつく。
観客席から、little girl という囁きが聞こえるが日奈の耳には入らない。
「ひーたん!」
騒音の中から聞こえたゆかりの声を聞き分け、日奈は振り返って妙子とその膝に乗っかるゆかりににこっとVサインを送った。
萱場がファーストサービスの態勢に入ると会場が静寂に包まれる。
そのままショートサービスを放った。
丁寧な萱場のサービスに敵ペアは日奈のフォアハンドに速いクリアを返す。
日奈は一直線・最短・最速で打点の下に到達した。
見事なフットワークだった。
そのまま流れるようにスマッシュのモーションに入る。
「せっ!」
矢のような美しい軌道を描くスマッシュが敵ペアのコート中央に打ち込まれた。
ショットが到達するスピードと勢いからアウトと判断し、2人してシャトルを見送る。
日奈の放った『失速スマッシュ』は、コート後方で急激に減速し、ライン上に決まった。
「ショウっ!」
日奈が萱場ばりの気合の声を上げると、会場からこの小さな少女に割れんばかりの大きな拍手が送られた。