第1話 萱場泰助

文字数 745文字

 萱場 泰助(かやば たいすけ)は、コートに立ち、敵と対峙していた。
 彼の傍らには若き相棒が肩で息をしていた。
『さあ、どうする・・・?』
 万策尽きた、とは言わないが、彼は手詰まりの状態を打開するために次の一手をどうするか、超高速で思考を巡らせていた。
 彼の引き出しには策はいくつかあった。競技者としてはとうに引退すべき年齢の彼には、気力・体力の衰えと引き換えに手に入れて来た“パターン”とも呼べる、起死回生の手順が骨の髄までインプットされていた。
 彼の競技者人生は30歳を過ぎてから始まったと言っても過言ではなかった。
 30歳から34歳までの足掛け5年間、彼は敵の弱点をその超高速回転する脳で分析し尽し、針で開けた穴で城郭を崩すような執拗さと老獪さでもって突き破って来た。
 この5年間の彼のパートナー達は、気力・体力は充実しているが、智謀と策は持ち合わせていない、20代前半の若い男たちだった。むしろ、策を持たず、フラットでニュートラルな状態の男たちの方が、萱場は組みやすかった。
 参謀として、司令塔として、自らはコントローラーと発射ボタンを手にするかのように振舞った。そして、「ヘイ!」という合図で萱場は彼らにスマッシュを連射させ、コートを走り回らせた。萱場自らは、衰えた自分の肉体から繰り出すスマッシュを、男たちとの連携によっていかに速く見せるかという技術に長けていた。おそらく、萱場のスマッシュは、せいぜい初速300km/hほどだが、パートナーと萱場のフットワークのスピードのズレに惑わされ、気が付いたらシャトルが目の前にもう来ていた、というように、敵は萱場の罠にはめられていった。
 しかし、今、萱場と一緒に自陣に立っている佐倉 日奈(さくら ひな)は、まだほんの16歳の少女なのだ。
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