第22話 bye-bye リレー、スタートっ!

文字数 2,008文字

 bye-byeリレーの第一走者たちがスタートラインに立った。黄団は当然ながら全員陸上部男子のしかも自分の専門とする距離に近いエキスパート揃いだ。ただし、このリレーはスタンディングスタートだ。クラウチングスタートではないので、陸上部100mのエキスパートにとっては多少勝手が違うかもしれない。しかも、面白いことに、スタートしていきなりコーナーに架かるのだ。インの奪い合いだ。
「位置について」
 一呼吸置く。
「用意」
 パン、と号砲が打たれると同時に応援団・父兄が大音声を上げる。そして、次の瞬間、
「おおー!」と会場全体がどよめく。
 金田のスタートダッシュが半端なかったからだ。白団はくじ引きでラインの一番大外スタートだったのに、あっという間にインを奪う。
 しかし、どんなに頑張っても100mという短距離では男子運動部の猛者どもにはタイムでは勝てない。そこで、金田は思い切ったレース運びをする。
 本来金田は腕を真後ろに引くお手本のようなきれいなフォームで走るのだが、普段のフォームを変えてスピードを犠牲にしてまで、腕をほぼ真横に振り、脚力だけで走る。更にその腕の先にあるバトンも巧みに使い、後続男子の追い抜きを阻む。
「あれ、わざとだろ!」
 他団の男子が声を上げる。
 白団の女子がやり返す。
「あれが女の子の走り方だよ!」
 言い返されて、他団の男子も、うーん、と納得する。
「確かに、あんな走り方する女子って結構いるよな・・・」
 たまらず陸上部の第一走者が極端な大外から抜いて行く。第一走者から大差で勝負を決めに行くつもりだった陸上部としては大誤算だ。金田との差は5mほどしかつけられなかった。ストレートに出たところでも金田は粘り、2位以下はほとんど同時で第二走者にバトンを渡す。
「金田せんぱーい!」と金田にも1年女子の黄色い声がかかった。
 第二走者、白団はバレー部男子3年の伊藤。この時期、受験生なので当然引退しているが、‘受験にも気合いを入れ直したい’と自ら買って出たのだ。この日のために自主トレもしていたらしい。後輩たちの模範となる先輩だ。
「伊藤さん、ファイトです!」
 1,2年生の現役バレー部員の野太い声援がかかる。
 第二走者、陸上部はその本領を発揮し始め、徐々に2位以下との差を開けにかかる。そうはいくか、と他団の選手も全力で追う。
 陸上部は2位との差を10mに広げる。しかし、それ以上は開かない。2位以下の選手も根性で手と足を動かし続ける。白団第三走者の卓球部2年の河内は伊藤に声をかける。
「伊藤さん、ラストぉ!」
 河内にラストスパートを促され、伊藤はそれに応えようと力を振り絞る。
 しかし、そこは現役を退いた者の悲しさ、あと5mという所で急失速し、何とかゴールしようと倒れ込みながら伊藤は河内にバトンを渡す。
「ナイスラン!」
 河内は伊藤のバトンを掬い上げるようにして受け取りながら声をかけ、伊藤を労う。
「すまん・・・!」
 自分から志願したという責任感もあるのだろう、5mほど離された最下位でスタートする河内の後ろ姿を見送り、伊藤は手で顔を覆って男泣きする。
 すかさず、日奈が声を掛ける。
「伊藤さん、ナイスファイト!!」
 日奈が今日一番の大きな声を掛けると、3年生からも「よくやった、伊藤!」と声援が掛かる。各団の応援席から拍手が起こる。その熱い光景に河内のスイッチが入った。
「よっしゃあっ!」とペースなどお構いなしの全力疾走で3位の背中に肉迫する。
 その気配に気づいた2位、3位も河内のペースを無視した走りに巻き込まれ、3人の勝負は気合いが左右する様相を示す。
 5年振りにリレーの選手が選ばれた卓球部員たちも全力で応援する。
「河内!卓球魂見せろ!」
 2位以下の激走に1位の陸上部も焦る。本当はこの時点で50mは差をつけたかった。ところが、現在、差は30mだ。それだけ各団のアンカー勝負が厳しいものだと予測しているのだ。アンカーの野田が陸上部のエースとは言え、あくまでも5000mの選手なのだ。800mという、中距離と短距離の狭間の微妙な距離では何が起こるか分からない。
「ああ・・・・苦しい」
 河内は心が何度もくしゃっ、となりそうになった。だが、その度に「河内―!」「河内くんっ!」という大声援が聞こえる。
 ラスト50mの直線で、
「はっ!」と河内は声を出して、最後の気合いを入れる。最下位から追いついただけでなく、2位集団の走りを押し上げ、結果的に陸上部との差を最小に抑えたのだ。大殊勲だ。
「いいぞ、河内くん!」
 日奈が声をかけて河内を待つ。河内は最後の力を絞ってしっかりと日奈にバトンを渡す。
「頼む!」
 流れるような動作で日奈は風のようにスタートする。2位集団の差はあってないに等しい。
 しかし、既にスタートを切っていた陸上部アンカー野田の走りは素晴らしかった。あっという間に2位集団との差を50m程に広げていた。
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