第26話 魔族を利用するなどは…

文字数 3,445文字

 トーマス達が、騒ぎを聞きつけて駆けつけて来た時、マリアに介護されているマーガレットとシルビアがいた。少なくとも、彼らにはそう見えた。
「どうしたのですか?」
 エカテリーナが詰問するように言った。
「魔族達が入り込んでいたのです。それを見抜いたマーガレット様、シルビア様に襲いかかり、返り討ちにあったのです。我々が来た時には、傷ついたご両人と倒れている魔族達がいたのです。」
 ヨウは、落ち着いた調子で説明した。素早く駆けよったトーマスに、2人は抱きつくように身を寄せて、ヨウの説明に頷いた。
「こいつら、まだ息がある。」
 叫んだチャールズが剣を抜くと、その前にセンリュウが立ち塞がった。
「七星の勇者様方、落ち着いて下さい。ここはまず、彼らを生きたまま捕らえて、活用を考えて見るべきかと思います。」
「それはどういうことですか?!」
 エカテリーナが、珍しく、感情を露わにして叫んだ。
「おや、聞いておられなかったのですか?七星の勇者方は。」
 ヨウは、ボッカチオの方に顔を向けた。その表情は、少し挑発的ですらあった。それを見て、エカテリーナは、ますます感情的になった。“あれ?”トーマスは、マーガレットがエカテリーナのこのような状態を見て、何も言わないことに違和感を感じた。が、直ぐに“それだけ、ひどいショックを受けたのか2人とも。”思い直した。
「大丈夫かい?2人とも。」
 2人は、何時もなら、互いに睨み合うところなのに、必死に彼にすがりつくだけだった。カルロスは、戸惑うトーマスを揶揄うように眺めつつ、疑わしそうな視線も向けていた。
「ミョウ・ヨウ殿。」
 窘める表情で彼を見た後、エカテリーナの方を向いて、頭を下げた。
「どういうことですか?大魔王は、人間や亜人各種族にとって不倶戴天の敵。それを、他の魔王と提携しようなどとは、大魔王達に殺された多くの人々の慟哭の声が聞こえないのですか?」
 彼女の形相は今にも食ってかからんばかりだった。上品そうな顔立ちが、ひどく歪んでいるのは、それはまたある種の美しさを持っていた。それでいて、彼女が魔族とは言わなかったことに、“この小娘は、何となく見通しているようだな。”と感心もした。
「エカテリーナ様、落ち着いて下さい。それに、他の七星の勇者様方。このことは、皇帝陛下からの指示でもあるのですが、場所を変えて、ご説明申し上げますから、ここは一旦、ヨウ殿に礼を言って、戻りましょう。それから。」
「分かりました、ボッカチオ殿。それでは、ヨウ殿、ご苦労様でした、また。」
 ヨウに一礼すると立ち去った。残ったボッカチオは、あなたも一緒に説明をという顔をしたが、それを無視してヨウは背を向けて歩き始めた。それにメドゥーサとマリア達が続いた。不満そうな顔をしたボッカチオだったが、よそ者である彼を交えて話しあうべきでは、元々なかった、と思い直して、エカテリーナの後を追った。
 エカテリーナは、彼に気がつくと、彼の方を向き直った。
「では、早く戻って、お話しをお聴きしましょうか!」
 エカテリーナは、厳しい調子で言った。ふと、マーガレットが割り込んでこないことに物足りなさを感じたが、トーマスにしがみつく彼女を見て半ば納得して、それ以上は考えないことにした。“フン、うるさくなくて助かったわ。所詮、この程度なのよ、あの没落王族の女は。”
 大天幕の中で、並んで座る七星の勇者達を前にしてボッカチオは、汗を流しつつ、暑い季節はとうに過ぎていたが、説明を始めた。
「我々が、七星の勇者が真の勇者ではないとでも言うのか!」
 チャールズが起ち上がって、怒りを露わにして叫んだ。
「何をおっしゃいます。我らは七星の勇者様方を真の勇者様と心から思っております。他国の勇者は、準勇者、勇者のいないところで、勇者に近いと思われる者がそう呼ばれ、自称しているだけのこと、いわば鳥のいない里のコウモリです。大魔王から離れたところで、魔王を称する魔族が各地にいるのと同様かと。」
 汗を吹き出しながら、ボッカチオは宥めるように言った。
「落ち着きなさい、チャールズ。ボッカチオ殿は、遠き国々のことをご説明しておられるのですから。」
 エカテリーナに窘められて、不満そうに、荒々しく座り直した。
 ボッカチオが説明したのは、大陸各地、さらに他の大陸各地諸国でも、魔王との戦いが、勇者を先頭におこなわれているが、20年以上前に、魔界では統一が崩れ、各地に魔王が現れた対立、抗争しているらしい、そうした中で各国、王侯貴族都市は魔王、魔族との戦いに団結することがなくなったどころか、互いの対立抗争に魔族を傭兵に、さらには魔王と提携する場合すら出ている、それどころか、魔族側、魔王側が人間達の支援を受けている、利用する場合すらあるということだった。
「ゴセイ・ミョウ・ヨウ殿などは、自分の領内に、魔族を部族ごと支配下にに治め、かつ臣下にもしているとのこと。その中には、一度は、小なりとはいえ、魔王と称した者が一人ではないとも。」
「まさか。大法螺だろう。」
 チャールズは、まだ怒りが収まっていないようだった。エカテリーナが、睨むと、口を閉ざして下を向いた。
「ヨウ殿自ら言いだしたことではなく、外交筋から得た情報からです。」
 それで、彼に確かめ、彼から詳細を聞きだしたというのである。ヨウが言うには、平安を求めて彼の領内にやって来た魔族の一団もいたとのことだった。そのような連中でも、一度は彼に叩かれなければ、大人しく従わなかったという。現在では、平穏に彼の統治下にあるという。
「随分飴も与えていますがね。」
 彼が苦笑して言うと、脇から
「全く、甘いんだから。あんな奴らに情けなをかけ過ぎだよ。初めは、魔王だなんて言って威張って、戦いを仕掛けてきた奴だよ。」
とメドューサが憎々し気に言えば、
「メドューサの言うとおりですわ。あれだけ寛大な提案を拒否して反抗して、許してもらって、豊かになったのに、感謝が足りない連中には、もっと厳しくすべきですわ。」
とマリアがやはり、怒りをぶちまけるように言った。
「珍しくマリアが良いことを言うよね。」
 メドューサが笑ったので、ヨウはまた苦笑した。その後、
「魔族と言っても、それぞれ事情があるので、一様にはいきませんが。」
と前置きをした上で、魔族の統治について語ったという。
「まあ、印象から言うと、彼は、あの連中に寛大過ぎる印象ですな。一代で地位を得た、代々の統治の経験がないためでしょうが。」
 少し疑問を感じるようにボッカチオは話しをまとめた。
「毒をもって毒を制する、ということですね。」
 エカテリーナは、大きく息を吸った。その時、トーマスが割り込んだ
「魔族とやっていけないことはないのではないかな。分かりあえると思うよ。」
「あの美人魔族の戦士とわかり合っているからな、トーマスは。」
カルロスが茶々を入れた。エカテリーナも、さすがに吹き出した。それに対して、マーガレットとシルビアがトーマスを睨んだ。場が和んだ。
「それで、彼らを利用するといって、どう進めるつもりですか?」
 エカテリーナが、諦めたよう顔で尋ねた。ヨウに、まず交渉を委せるというこてだった。もちろん、後日、然るべき帝国の重臣が最終的な交渉を行った上でのことであり、彼を監視するための者が来ていることを伝えた。
“既に、上では話しが進んでいる。”エカテリーナとカルロスは合点がいった。“どう治めていくつもり何だか。”カルロスは、半ば呆れ、半ば心配し、半ば面白がり、半ばヨウのやり方を見てみたいと好奇心も動いた。エカテリーナは、どう各国、勢力の関係とその中で自分が担うべき役割、そしてそれを利用すべき方策を考えていた。
「分かりました。了解いたします。我らの役割はあくまでも大魔王を倒すことですから。」
 ボッカチオが頭を深々と下げた。それで会議は終わった。
 その夜、マーガレットとシルビアは、トーマスから離れようとはしなかった。彼の天幕の中で、両脇に座って出ていこうとはしなかった。何時もなら、そういう互いを罵りあうのだが、今日はそういうこともなく、しがみつくばかりだった。
「2人とも…、何だ‥、そろそろ…。」
 すると、
「嫌!」
 声を揃えて答えた。そして、彼の顔を心細気に見上げて、
「何か違和感があって怖いの。」
「だから、とにかく一緒にいさせて。」
 必死に語りかけてくるようだった。トーマスは、抵抗出来なかった。そのまま、夜を過ごすしかなかった。



 
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