第7話 マリアの思い出1

文字数 3,181文字

 翌日、ロドリゲス卿は上機嫌で報告に来た。ゴセイ・ミョウ・ヨウは、
「ロドリゲス様が、こうして直接おいでになられては、とても断れませんな。」
と言って快く、苦笑しつつ、大魔王討伐に協力することを約束したとのことだった、彼の話では。協力に当たっての報酬も要求してきたが、全てあらかじめ想定した範囲より低いものだった。
「彼は、昔から普通の傭兵とは違ってましたからな。しかし、本当に欲がない。変わっておりませんな。」
と言って嬉しそうに笑った。彼は、ヨウの言い分を聞いただけではない。部下の増員は、こちら側が精鋭と認める者だけということも確認させている。報酬を増やすためだけの増員は認められないからだ。
「では、ゴセイ・ミョウ・ヨウとその一党が大魔王討伐に加わる、ということに決まったということでよろしいのですね。」
 マーガレットが急いで言った。エカテリーナが嫌な顔をしたが、直ぐに表情を戻し、
「それで賛成です。」
とだけ言った。あとの5人も異論を唱えなかった。マーガレットとエカテリーナが代表してボッカッチオとロドリゲス卿とともに、ヨウの元を訪れて正式に要請しに行くことになった。
「マリア様は、いかにも良家のお嬢様という感じですが、どうして、このような、傭兵の仕事を。」
 シルビアが尋ねたのは、トーマス達とともに市場を歩いている中で、商人達と売買の交渉をしているマリアを見たからだった。彼女は、物腰は柔らかいが、交渉の態度は厳しさを感じさせるというか、逆らうのが難しいという雰囲気があった。
「私が良家の?では、メドゥーサは?」
 悪戯っぽい表情で切り返してきた。答えたのは、意外にトーマスだった。
「大商人か、大きな工房の親方のお嬢さんで、自分も仕事に出ていて、仕事をしている人に命令することになれている、そんな風にみえます。」
 トーマスは、そういう実業家と関係の深い中流階級の出身であり、由緒ある家柄ではあったが、彼の一族はその誇りよりも、そうした世界に入り、成功した一族だった。カルロスは、笑って頷いた。
「確かにね。」
 マリアは、ヨウの部下達に指示をしているメドゥーサを、意地悪い目で見ながら、愉快そうに笑った。彼らがここに来たのは、実は偶然ではない。マリア達と接触するためだった。エカテリーナの従者のエリザベスとドレークがヨウ達のことを探ったと報告した内容がエカテリーナから、伝えられた。マリア達は、ヨウが助けて、拾った、彼の一見不死身のような印象はマリアの卓越した回復魔法にある、彼の部下達は自分達との接触で、自分達に期待する気持を持っているというものだった。マーガレットの従者のメアリーは、この二人の報告を頭から、“下賤な思い込み”と罵った。従者は、七星の勇者を補助する存在として、彼らより年長の、兄弟子にあたる者が当てられていた。同じく勇者を目指しながら、なれなかったが、故にこの役目を務めることには、複雑な感情があると同時に、勇者ごとに個性が出てくるのか、師匠の性格が反映してくるのか、はっきり色がでている。エカテリーナの従者は野心家であり、それ故の行動力があった。マーガレットの従者のメアリーやシャンポリオンは、主人を、お嬢様を守ろうという感じが強い。トーマス達の場合は、良き悪友達という感じである。そんな訳で、彼らがマリアのことを探ってみることになったのである。
「ヨウ殿との馴れ初めは?」
 カルロスが好奇心旺盛な、若者らしい関心をあふれさせた感じで尋ねた。トーマス達が咎めるような視線を向けた。あくまでポーズだったが。彼は、見た目だけではないところがあった。 
 マリアは笑って、
「彼に拾われた。ずっと前からの縁でね。それだけ。離れないのは、私の意志、彼だけが私という存在を確認出来るの、私自身が。それだけ。」
 彼女は、“それだけ”を繰り返して、 それ以上は微笑むだけで答えなかった。
“あいつと会ったのは、本当はあの時が二度目だったのよね。”
 薄い、露出の多い衣装で、主人のその晩の宴の客に愛想を振りまいていた。市のお偉方の多くが集まるから、主人は張り切っていた。当然、彼女の芸、そして深夜の奉仕も、いつも以上に、求められると分かっていた。一人の男が、簡易な鎧を纏った、長身でやや細身の、この場にはそぐわない、傭兵らしい、彼女をのぞき込んでいた。“こいつが今日の主賓か。”と彼女は直感した。たった二人で、このあたりを荒らしまわっていた野盗の集団、50人はいたという、を壊滅し、拉致されて女達を救ったという奴かと。“こいつに今夜、奉仕してやることになるのか。”
「この神族の娘にご関心が?お目が高い。」
 でっぷりとした中背の、いかにもやり手の商人といった感じの、正に印象そのままの中年の男が近寄って来た。
「しかし、こいつはなかなか凶暴でしてな。前の主人を殺しておりましてな。ですから、こうして抑制石を、かなり高度の、値段の張るやつをつけているんですよ。危険なものでも、いいものの価値を楽しむというのが、本当に価値の分かる者ですよ。お譲り出来ませんが、今夜。」
 さらに耳元で囁こうとした時、
「ゴセイ!」
 女の声がした。赤毛をやや短めに切った、若い長身の女だった。やはり、簡易な鎧をつけていた。二人の一人が、こいつかと思った。彼女は、マリアを睨みつけていた。男が歩み寄って何か囁くと、今度は探るような視線を彼女に向けた。
「はは…、恋人の方に悪いですぞ。他の女に関心を示しては。女の嫉妬は怖いですからな。」
 慌てて、彼女の主人は、取りつくろうように笑って、彼ら二人を大広間に案内した。恋人や妻を連れていても、彼女の夜の奉仕を、男というものは受け入れるものである。彼の相手を命じられると彼女は思った。そして、その翌日、嫉妬丸出しの責め苦を受けるのだ。“もう慣れている。”そして、”もう少しだからな。”彼女はそう思うことで耐えようとした。これを、首にはめられた抑制石を外しても、それで消耗しつくしては何にもならないのだ。皆殺しにして、かつ逃げ切るまでの力が残るくらいは貯めなければならない。粗末過ぎる食事と責め苦、酷使で蓄積する力はごく僅かだが、後1年もすれば、十分貯まる、と計算していた。
 宴の半ばになって彼女の出番となった。暗闇となった会場に、彼らが名前と書物でしか知らぬオーロラの光の共演の中で現れる。殆ど彼女の美しい裸体が分かるが、完全には見えないように、光が彼女の身体にまといついている。マリアの持つ盆から水が色と光を持って八方に伸び、色々な形を取りながら、ゆっくりと、時には速く空中を漂う。そして彼女も空中に舞う。ぎりぎりに露出された彼女に、光る水が形作る人、亜人、動物が、彼女にエロティックな動きをし、彼女もそれに合わせた表情を見せる。男も女も見つめている。ただ、今日の主賓であるはずのゴセイ・ミョウ・ヨウとメドューサは、チラッとは見たが、二人で話し込んでいた。ヨウは時々メドューサに酒をついでいたし、彼女は甘えるようにしなだれがかっていたが、酒の杯を重ねていた。同じく杯を重ねながら、ヨウは厳しい視線を、中央で演技する彼女に向けていた。この日、彼女にはお呼びはかからなかった。それを理由に、彼女は主人に呼ばれて責められた。
「お前が演技を手を抜いたからだ。」
 謝りながら、喘ぎ声をだした。喘ぎ声は演技だ、それを聞けば自分の主人が満足することを知っていたからだ。しかし、この日、彼はより執拗だった。
「お前は、わしのお陰で生きてこられたのだ。わしから離れられないぞ。恩を忘れるな!あんな奴に期待しても無駄だ。」
 何の意味か分からなかった。兎に角、
「私のご主人様は、あなた様だけでございます!」
と何度も叫ぶしかなかった、“いつか、家族ごと皆殺ししてやる”と思いながら。

 
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