第2話 13000対38

文字数 4,809文字

 その黒髪を男にしてはやや長く伸ばした男は、大きなビールの木製のジョッキ3つと金属製のワインの杯をもってやって来た。
「待たせたな、おかわりだ。メドーサ、お前のビール。マリア、お前のワインだ。」
とやや短く赤毛を切っている美人にジョッキを、長い銀髪の美人に杯を渡した。
「ありがとう。ゴセイ。」
 赤毛の女がジョッキを片手で受け取って言った。
「ありがとうございます。ゴセイ」
 銀髪の女はそう言って、両手で受け取った。
「センリュウ。お前の分だ。」
 ジョッキの一つを差し出した。
「マスター。ありがとうございます。いただきます。」
 浅黒い、大柄の短い栗色の髪の女が手を伸ばして受け取った。それでも、美人の範疇に入る女だった。
「あらためて乾杯だ。お前たち、ご苦労だった。」
 そのテーブルの男女は一斉にジョッキや杯を掲げた。周囲もそれに和した。ゴセイと呼ばれた男も、ジョッキを傾けてごくごくと、ビールを喉に流し込んだ。
「旨いね。」
「美味しいですね。」
「修道院も、秘蔵のビール、ワインを気前よく出してくれているからな。」
 ゴセイをはじめとする、いかにも傭兵、魔導士という者、ダークエルフ、ドワーフ等の亜人、獣人、魔族の血が流れていると思われる者という胡散臭い連中から、元聖騎士、元修道士騎士、修道魔法士という品格のある者、ハイエルフ、神族の血が流れていそうな者まで雑多な集団だった。
「だんな。姐さん達も疲れているようですから~。」
 銀髪の髪を長く伸ばした妖艶なハイエルフの女が、向かい側から誘うような視線を向けた。メドューサとマリアがすかさず、睨みつけた。彼女達からは、殺気のオーラが立ち上った。
「冗談ですってば、姐さん方!」
 慌てて、怯える声で弁解した。
「センリュウ。」
「はい。マスター?」
「今晩は、ユダを縛り付けておけ。死なせるには惜しい力があるからな。」
「分かりました。」
「だんなのところに、夜ばいなんかしませんから、勘弁してくださいよ。」
「隣の部屋のイワンのところに忍び込むくらいなら許してやるがな。」
 元聖騎士という風のイワンが、飲んでいたビールを吹き出した。
「止めて下さいよ!ヨウ様。」
「なんだよ、これだけの美人を魔獣のように言うなよ!」
「魔獣の方がましだよ!」
「安心しろ、縛り付けておく。」
 センリュウが言うと、話題の本人達も笑い声を上げた。
「あれが、ゴセイ・ミョウ・ヨウ殿とその部下達です。彼らが、このセダン市を救ったのです。」
 セダン市の評議会委員のダビットが、指さした。七星の勇者達は頷いた。
 セダン市は、大きくはないが、交通の要衝であり、それなりに豊かな都市である。市全体が、戦勝の祝賀会の準備に追われている中、取りあえず市長の元に行き事情を聴こうという事になった。
 市庁舎にまず赴いたところ、政務は終わり、市長は邸宅のほうだとのことだった。ブルボン帝国聖騎士長の一人あるボッカチオが、七星の勇者を連れてということであったので、市の職員はあわてて市長を呼んでくると言ったが、直接市長宅に赴く旨を告げて市庁舎を後にした。
 市長の邸宅に、七星の勇者達の一行が着くと同時に門が開き、執事と名乗る男が出てきて、彼らを中に招き入れた。市庁舎から、市の職員が大急ぎで知らせたのだろう。広い応接室に、七星の勇者達7人と帝国聖騎士ボッカチオ、リゾット、教会修道魔法使いハーベイ、修道女騎士カサンドラが通された。他の者は、馬とともに庭で待たされた。
 すぐに、いかにも大商人という風の男が、慌てるように汗をかきつつ、乱れた市長服で現れた。慌てて市長服に着替えたと思われた。先頭のボッカチオに挨拶をした後、深々と七星の勇者達に向かって頭を下げ、
「七星の勇者様方にお会いできて光栄です。」
 いくつもの感情が、頭をあげた直後に現れていた。その中には、七星の勇者達が少年少女ということへの、驚き、不安も入っていることが分かっていたが、誰もが慣れてしまっていた。マーガレットやトマスですら表情に現さず、冷静に礼儀正しくたたずんでいた。市長は席を勧め、七星の勇者達を煩わせたことを大仰に詫びた。
「大魔王の大軍が、こちらに迫っているとの話でしたが、どうなったのですか?既に撃退し、今日は祝賀会とのこと。ここに着くまでに、いろいろと、我々に言い立てる者が何人もいましたが。」
 エカテリーナが皆を代表するように尋ねた。マーガレットが少し嫌な顔をし、トマスが不安そうに彼女を見た。シルビヤがそれを見て睨んだ。言い立てにきた者の中には、自分が撃退した、手柄を詐欺師に奪われた、市長は奴らと結託しているという者もいた。
 「多くの戦士が逃げてしまい、残った戦士たちも何時逃げ出そうと算段しているという具合でした。それも当然のこと、腕自慢の連中が、それも自他ともに認める連中が、瞬く間に大魔王軍の前衛の偵察隊程度に全滅し、その前衛の後ろにそれとは比べようのない大軍が見えるのですから。我々としては、市民全員で避難しようと真剣に検討していたところです。その中で、ゴセイ・ミョウ・ヨウ殿とその隊のみが積極的に戦おうとしていました。
 その戦いぶりはというと、私よりも、その戦いに同行した我が市の評議員のダビットが適任でしょう。」
と言って、その名を呼んだ。すると、ドアが開き、中年の、元騎士といった感じの、評議員の礼服を来た男が現れた。彼にも、市当局から連絡が行っていて、慌てて駆け付けたのだろう、汗をかいていた。市庁舎で、ボッカチオが用件を言っていたから。
「ダビット。久しぶりだな。元気だったか?」
「おお、ボッカチオ殿。お元気そうでなによりです。」
 ダビットは元聖騎士で、ボッカチオの部下で、父の後を継ぐため数年前に、聖騎士を引退したのだということだった。
「騎士として、あらゆる面で信頼できる男です。」
 ボッカチオが保証した。
「そうですね・・・・、あの日の戦いは、次の日のことを含めて、信じられないことの連続でした。はじめは、彼らの監視役という役目を与えられたことを、本当は恨みましたね、とんだ貧乏くじを引いたと。しかし、そのおかげであのようなことを目にできた、本当に幸福だった、運がよかったと今では思っています。」
と前置きして、夢を思い出そうとしているかのように、遠くを見るようなまなざしだった。
 その日、二日前のことだったが、まずはゴセイ・ミョウ・ヨウと30人ばかりの一隊で、大魔王軍に当たる。状況を見て、危ないと判断したら義勇兵、市の警備隊、教会や領主の騎士、僅かに残った傭兵隊は、市民の避難を援護して退却する、そういう戦略というのか、方針であった。
 ヨウは一人で横合いから突入して混乱させる、他の者達は正面から挑むというとんでもない単純な作戦。とても作戦の名にも値しないものだった。大魔王軍が進む道沿いの木々に、石や金属、発火物と魔力を仕込んだ筒を水平に吊るしたり、角度をつけて地上に設置したりはした。合計で20個ほどで、多少の効果はあっても、どれほどのものか、という程度だということは子供の目ですら明らかだった。ダビットと二人、一人は修道魔導士エドワード、もう一人はダビットの家臣で、万一の際に後方への伝令役だったは、呆れかえってしまった。3人は、ヨウ達の監視役でもあったが、酷い貧乏くじだと絶望感を持ったほどだった。しかし、ヨウの部下達が、異様なほど、彼が目の前にいないのにもかかわらず、落ち着いているのを前にしては、何も言えなかった。
 大魔王軍は、前衛500、第1軍1500、第2軍中央2000、左右各1000、第3軍3000、本隊5000、総勢13000で進んできた。これは、ヨウが言ったもので過大かもしれないが、それ以前に他の傭兵隊の報告は最低でも5万、エドワードが遠目の魔法で直前に数えた数は、最低でも2万だった。
 離れたところから爆発音が聞こえた。例の筒だろうとはわかったが、大魔王軍は全く動揺はないように思われた。とにかく、それをもって戦端が開かれた。
 まずは大魔王軍前衛の500、それだけでも絶望的な兵力差だった、これから展開されるのは戦いではなく、大魔王軍による一方的な虐殺となってしまう・・・、はずだった。が、3人の目の前で、大魔王軍が、一方的に押しまくられている、大魔王軍が見ている間に数を減らしている。この事態に、当然のことながら、その後方の第1軍が駆けつけてきた。それでも魔王軍は完全に押されていた。ヨウの隊員は、誰もが今までに見たことがない精鋭ぞろいだったが、3人の女の戦士の強さは、比較の対象がなかった。二人は常にヨウの側から離れないメドーサとマリア、もう一人は大柄なセンリュウだった。剣を振るえば、目に前の魔族だけでなく、斬撃で後方の数人が真っ二つになり、槍を振るえば周囲の数人は切り刻まれている、矢を放てば数人を貫いていく、拳の、蹴りの一撃で数人は骨も砕かれる、さらに魔法の攻撃で数10人単位で、炭になり、砕かれ、突き刺される等だった。それでも、大魔王軍は次々新手をくりだしてきた。彼らも必死なのである。
「まだまだ余裕ですわよ。」
 ダビット達の不安を察したように、戦いの前線から素早く戻って来たマリアが耳元で囁いた。
「これからずっと新手が加わってということになると、手詰まりになりますね。第2軍の中央左右が同時に突入してこられたら、ちょっと危ないですね。さすがにあなた方を守る余裕がなくなるかもしれません。でも、そうはならないでしょうから、安心して下さい。」
“最悪な状態でも、自分達は何とかなる?何たる自信?” 
 ダビットが何か言おうとした時には、彼女はずっと前で戦っていた。
「ゴセイがさ。」
 先ほどとは逆の方向から声がした。いつの間にかメドーサが横にいた。
「第2軍の中央左右の幹部連中の半数以上を殺しちゃったんだよ、その周囲ごと。もう目の前の連中は統一した動きはできないよ。あ、ゴセイが第3軍の中に切り込んだ。」
 声をかけようとした時には、既に彼女は先頭に立っていた。
「よおっしー、ゴセイに追いつくぞ。気合を入れてゆくぞ、お前ら。」
と先頭で大音声で叫ぶメドーサの姿があった。エドワードは、大魔王軍の第3軍が混乱している様子、メドーサ達が進む先に、既に死体がゴロゴロしていることをダビットに告げた。更に、ヨウが度々、魔族に囲まれ、もう駄目だと思った次の瞬間に、その魔族達を全て倒して突破して、更に進むのを見たことも告げた。
「信じられない光景でしたが、はっきり見ました。」
 彼は、恐れを抱くように言った。
 第1軍をせん滅し、第2軍を蹴散らし、第3軍に屍の山を作らせ、突破した先に、大魔王とその親衛隊と対峙するゴセイの姿があった。彼の周囲は、死体の平原と血の湖だった。
「僕にも大物をやらせてくれよ!」
「私にまかせて下さい。」
とメドーサとマリアが先を争って、ゴセイを追い越して大魔王達のなかに突入した。彼は苦笑して、一旦少し退いて、次々に指示を出し、隊列を整え、二人を支援しつつ防御の体制をとらせ、自分とセンリュウは皆を守り、周囲に魔族や魔獣の死体の山を築いていった。メドーサとマリアというと、なんと、大魔王の親衛隊をなぎ倒し、大魔王を追い詰めていた。大魔王は大きく傷ついていたが、二人もかなり疲労しているのが遠目でも分かった。しかし、親衛隊も含め、大魔王軍はまだかなりの数が残っていた。ゴセイは素早く皆に防御に徹するよう指示をだすと、二人のもとに走った。後ろから二人を抱きしめ、耳元で何事かを囁いた。すると、2人は
「しかたがない」
という顔で後方に退いた。その後は、彼は一歩、一歩、血みどろの戦いで死体の絨毯を敷き詰め、血の川を流しつつ進んだ。大魔王は、この時になって、ついに退却を命じた。ヨウ達は少し追撃したが、すぐに引き返した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み