第35話 当面は勇者として頑張っていろ(最終回)

文字数 2,182文字

「だから、何度言ったらわかるのよ。私が最初だったんですからね!」
「いいえ、最初は私よ。あれが最初だという意味が、より大きいのよ!」
「それを言うなら、幾つも大事なことは、最初が私ですわ。」 
「いいえ、私こそ大切な最初を全てもらったのよ!」
 マーガレットとシルビアは、トーマスを間に挟んで言い合いを続けていた。3人は、トーマスの実家への途中の都市のレストランにいた。
 盛大な凱旋式、戦勝祝賀会、七星の勇者達への顕彰等々。トーマスには、伯爵の地位とかなりの褒賞金、年金、そして、多少は役に立たないこともない特権の数々が与えられた。カルロス、フレッド、シルビアも、彼らの事情を勘案した、多少異なるものの、同様な形だった。エカテリーナとマーガレットは王族であったため、かなり異なる形となり、貴族であるチャールズもそれに見合うものとなった。チャールズ以外の七星の勇者達は不満を言わなかったが、その師匠達の争いは依然同様というか、引き継がれるように続いていた。しかし、そんなことはトーマスにはどうでも良かった。あの日、二人、マーガレットとシルビアと結ばれてしまった。その日の内に、快楽を楽しむまでいたり、その後も甘美な思いが続いたが、同時に、二人に挟まれた苦悩が始まった。フレッドからは同情され、カルロスからは笑って
「二人とも選べよ。」
と言われ、
「もう・・・何も言いませんよ!」
 エカテリーナからは冷たい視線を向けられた。
 既に、二人の間では、どちらか一人を選んでという争いは消えていたものの、今度はどちらが本妻かでもめるようになっていた。彼の実家で決着をつけるつもりらしい。
「これは、トーマス様。お久しいです。」
 声をかけてきたのは、ゴセイ・ミョウ・ヨウだった。あの二人、メドゥーサとマリアが両脇にいる。センリュウが後ろにいた。彼は、トーマスの事情を察しているように笑い、
「成り行きに任せるのも、ひとつの方法ですよ。カルロス様の言うように、お二人とも本妻でもいいではありませんか。たしか、特権にもありませんでしたか?」
 実は、彼が密かに付け加えるように工作したのだが。 
「でも…。」
「私はあなたが正義をなしたいと思った時には助けに来ますよ。それまでに、奥方様お二人のどちらとも仲良くしても、お子様達をばんばん作っておいて下さい。」
 その言葉に一瞬、3人は顔が紅くなったが、直ぐに二人が、“私を先にしてもらえるわよね!”“私が絶対先に産みます!”“私の方がいっぱい産みますわ!”“私の方がいっぱい産むわよ"といった顔で、2人はトーマスを見つめた。
 反論しようしたくなったトーマスをおいて、彼らは出て行ってしまった。
 ただ、一旦ヨウは立ち止まって振りかえって、
「お二人とも。3人目が来ないように、仲良く、協力した方がいいですよ。」
 それだけ言うと、また背を向けて行ってしまった。
 トーマスの腕を掴む二人の力は更に強まった。トーマスは溜息をついた。
「二人のどちらも、選ばないということはないよ。2人とも、僕の大切な奥さんだよ。」
と呟くのでやっとだった。
 二人はため息をついたが、反対しなかった。マーガレットは、没落しかけている王族である自分達一族の復興は諦めていた。諦めてみると、トーマスの、自覚をどこまでしているかわからない、方向に協力することで新しい道が開かれていくのが分かった。シルビアも、その中に含まれていた。シルビアも、二人が半ば無自覚に進もうとしている方向に、今まで探しあぐねていた、自分の道があるように感じ始めていた。“仕方がないわね…。”そして、“私達二人だけよ!”と二人は、トーマスを睨んだ。
「ゴセイ、あいつらが奴隷になっていると教えてやらないのかい?」
「同情しているのですか?」
 メドゥーサとマリアが非難した。
「そのうち言うさ。当面は、リリスを含めておまえたちが力を回復するまでの間は、正義の味方だからな、仮の姿としてだがな。」 
「何時まで続くことやら。」
「気の長いこと。」
 溜息をつく2人に、
「そんなことを言う前に、力を回復してくれ。」
と揶揄うように、ゴセイは言った。
「分かっているよ。」
「それを言われると、文句を言えませんわね。」
「頼んだぞ。」
 ゴセイは、2人を強く抱きしめた。
 それから一カ月後、一番古い領地の館に帰った。
「お帰りなさいませ。」
 あのボルト公、革命軍との戦いで拾った2人の少女達は、すっかり彼のいない間の代官として成長していた。
「留守、ご苦労。」
 先頭にたって迎えた2人に、ゴセイは声をかけた。
 その頃、トーマスは、マーガレットとシルビアを共に正妻と迎えることを両親や彼女らの親族に納得させ、子作りを2人に強要され、奮闘する日々を過ごしていた。勿論領主として、色々な事業にも、マーガレットとシルビアに協力してもらいながら、こちらも奮闘していた。カルロスとフレッドは、領主としての生活を、ゆるゆると始めていた。エカテリーナは、国内外の政治の世界で、華々しい、そして同時に苦闘が始まっていた。チャールズは、不満からしばらく酒浸りになっていたが、それでもだんだんと前に進み始めていった。
 ゴセイが、彼らの前に現れたのは、数年後のことだった。彼は、やはりメドゥーサとマリアを、そしてリリスを従えて、そして、まだ、優しき仮面をつけたままで。
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