第11話 マリアの思い出(メドューサ2) 5 

文字数 5,330文字

 彼女は草の中に、じっと身を潜めていた。息も気配も出来るだけ消していた。
「あと半日あれば、奴らになんか負けない…、いや、3時間あれば、何とか逃げられる・・・。」
 そこまで口にして、ひどく苛立たしくなった。
「この僕が、ゴブリン如きにこんなことを…。」
 思わず、悔し涙さえ出てきた。それでも、視界に十数人のゴブリンがなにかを探すように近づいてきた。さらに、身を小さくした。その時、後ろに気配を感じた。
「魔族の女か。あいつらに追われているのか?助けてやるから安心しろ。」
 男の声だった。ゆっくり振り向くと、人間の傭兵らしい男が立っていた。彼は彼女を見ることなく、ゴブリン達に向かって歩き始めた。聖剣もなく、聖鎧も身に着けていない、その他の聖具も持っていない。“おい大丈夫かい?あいつらは、戦い慣れていて、連係も取れているんだぞ。”心の中で、男の背に向かって叫んだ。“まあ、僕の身代わりになって頑張ってくれよ、せいぜい。”とやはり心の中で毒づいていた。
 ゴブリン達は、すぐに彼に気がついた。急いで集結し、身構えた。男も背の長い剣を抜いた。ゴブリン達は、石弓を持った数人が矢を射かけ、石投げ器を持つものは、それで石を飛ばした。それを援護に槍や剣を持った数人が突っ込んできた。その後ろに、規格外の巨体の2人のゴブリン達が大きなハンマーを持って続いた。彼は、矢や石を巧みに跳ね返し、剣や槍を避け、同時に火球等を放って牽制し、剣を振るった。その一旋で確実にゴブリンが一人以上倒れた。誰も避けられなかった。二旋、三旋さらに長い剣が短く、又はより長く、さらにより長く見える突きがその間に繰り出される。慌てて振り落とされるハンマーを巧みに避け、相手は気が付かぬうちに腕を切り落とされた。もう一人は、バランスを失って倒れてから、自分の足が真っ二つに切られていたことに気が付いた。焦って矢を石弓につがえようとしていたゴブリン達を、彼が走りながら振るう長剣の二旋、三旋でことごとくが切り倒された。一人が何とか逃げかけたが、数発の火球がぶち込まれ、大きな叫び声をあげて倒れた。彼は、戻ってくると、彼女の傍に置いた袋から小さい包みと水筒を取り出して、彼女に投げ渡した。その後は、ゴブリン達に、止めをさしつつ、色々とゴブリン達から剥ぎ取った。その間に、彼女をは包みを開くと、木の実などを一緒に小麦粉をつなぎにして揚げたもののようだった。甘い匂いもある。彼女はかぶりつき、甘さを感じた、一気に食い、水、ハーブが入っている、をやはり一気に飲み込んだ。むせびかけた。身体の中に、ここ最近にない力が溶け込むのが感じられた。取れるものを取った彼は、彼女の元に再度やって来た。
「ついてこい。まずは、少しはまともな食事を取らせてやるから。」
 彼はそう言うと歩き出したので、彼女も従った。しばらく行くと、小川のせせらぎに馬がつながれ、荷物が置いてあった。彼は袋の口を開け、中から取りだしたものを彼女に投げ渡した。
「身体を洗ってこい。その間に食事の支度をしておく。私の予備の服だが、我慢しろ。」
 タオルと上下の寝着だった。男から見えないところで、ほとんどぼろきれのようになっている物をはぎとり、小川の中に、入った、身体から、垢や汗が熔け出さすように感じた。“身体をすすいで、綺麗にさせてから、ということか。思ったとおりか。”どうでもよかった。一度くらいは礼代わりに、とも思った。“ん?”遠くに気を感じた。100人以上の数、聖具ら磨具も感じたが、一つや二つではない。“今晩か?躰をやる時間もないか。”身体の水気を拭き取りながら思った。戻るといい匂いがしていた。
「ちょうどいい時に帰ってきたな。」
“まずは食事をちゃんと用意していたか。がっついていないだけ、合格点か。”男はシチューを碗に入れ、碗を彼女に手渡した。それからパンとスプーンを手渡した。味は良かった。肉も豆も野菜も柔らかく、味が中まで染み渡っていて、ゴブリン達の幹部の食事より、いや、かつての食事より、掛け値なしに美味ではないかとも思った。身体の中に染み渡るように感じられた。力が数段、短時間で回復していくのが実感できた。かき込むようにすすり、頬張るようにシチューに浸したパンを食べた。満腹感を、久方ぶりり感じた。男は、自分も食べながら、彼女をじっと見ていた。“値踏みか。”しかし、男の目にはギラギラとした性欲は感じられなかった。食べ終わった頃には周囲は暗くなっていた。
「これに包まって寝ていろ。私のだが、我慢しろ。それから、どんなことがあっても、隠れて静かにしていろ。わかったな?」
“こいつも感じていたか。一人じゃどうしようもないぞ。自信過剰だな。まあ、善戦してくれ、精々。僕が上手く逃げるのを手助け出来るくらいに。”心の中で、また毒づいた。
 100人を超えるコブリンに、人間、魔族、エルフ、オーガ、トロールが加わってはいる。魔獣もいた。しかも、人間以下コブリンの長に雇われているらしかった。“世も末だな。”と彼女は思いながらも夜具に包まって目を綴じていた。聖騎士、魔族騎士、魔道士崩れもいるが、そいつらはかなりの実力者だと感じられた。魔獣もいる。昼間の連中がやられたのがよほどショックだったのだろう。それに、男は真っ正面から向かって行った。予想よりも、男は善戦した。彼は背中の超長剣を抜いて、突っ込んでくるコブリンを次々に切り倒し、同時に十数発の火球を、雷電球、光矢等を魔法で放ち、魔法攻撃を複数の防御魔法を使って弾き返し、中和し、受け流した。聖騎士、魔騎士達の聖剣、魔剣とも斬り結び、オーガやコブリンの大型種、トロールのハンマーを巧みによけ、魔獣も素手で、突進を止め、押さえつけた。しかし、限度があった。彼の剣が折れた。ハンマーが叩きつけられ、聖槍や聖剣が、魔剣が斬りつけてきた。火球や雷電球等が叩きつけられた。倒れた彼にゴブリンが殺到した。“酷い殺し方をするな。”凌辱し、切り刻む。“そろそろ逃げ出すか。え…あれ?”血だらけの男が、いつの間にか、先ほど自分を寄ってたかって殺した連中の後ろに立っていた。騎士から巧みに聖剣を奪うと、また暴れ回った。そのうち、彼の周囲に魔法が覆った。空間すらが歪み、次々に潰されるように人が、魔族が、ゴブリンが死んでいった。既に三分の一に減って、ゴブリン達全員が恐怖に震える中で、彼らにはもはや彼を押しとどめることは出来なかった。最後の一人、いや一匹となったゴブリンの長は、彼に土下座しながら、彼に傘下に入るように、望むだけのものを与える、幹部にもすると言って懇願した。言葉が半ばで、彼の首は切り落とされていた。それから、彼はゆっくりと、まだ息のある連中の止めをさしてまわった。彼女が朝、起き出すと、戦利品等を山にして並べて、食事の準備をしていた。
「おう、起きたか?血がついているし、他人が付けていたもので嫌だろうが、ないよりましだろうから、この中から選べ。」
 いくつかの鎧、剣、服、スカート、下着、などを、彼女の足下に投げ渡した。エルフのだと分かるもの、女騎士のもの、女魔族魔道士のものなどだった。どれも血がついていたし、傷や穴、焼け焦げやらがあった。体に合う物を選んで取り分けて、まとめて手に持って立った。
「後ろを向いててやるから、早く着替えろ。」
 彼は背を向けて、また、料理を始めた。
“しかし、これだけの数を、魔道士やら聖剣やら魔剣を持った騎士、魔獣までいたのに、一人で全滅させるなんて?”
 死体と戦利品の山をみて思った。
“それより、どうして、こいつは生きているんだ?あれだけ切り刻まれ、あらゆるところを槍で刺しまくられ、潰され、燃やされたのに…。再生力なんてレベルではないぞ。”
「着替え終わったぞ。」
「では食事にするか。」
 向き直ると、スープを入れた深皿とハムやらを挟んだパンとスプーンを渡した。
 受け取ると地面に敷いた毛皮の上に座った。鎧がたてる微かなすれる音が心地よかった。スープをすすり始めて、動くものに気が付いた。
「おい、生き残っているやつがいるぞ。大丈夫なのか?」
 明らかに、昨夜の生き残りと思われる男女が5人。人間、魔族雑多だ。まだ残っている死体から、武器をはぎとったり、牙などを切り取ったりしていた。
「ああ、荷物運びにな。あとから、何人かくるが、それでは足りないようだったから、生かしてやった。」
「背中から刺されないか?」
「大丈夫さ、私には逆らえない。」
「ふん。まあ、お前がいいなら、それでいいけどさ。」
 黙々と彼女は食べ、すすった。“凄い自信だ。その自信過剰が身を滅ぼさないようにせいぜい気を付けな。”彼はしきりに、彼女を見つめていた。
「僕の顔に何かついているのか?」
 怒ったように言った。彼は苦笑して、
「私に会ったことはないか、メドューサ?」
「ないね。」
 即座にピシッと否定してから、
「なんだい、メドューサというのは。僕の名は…。」
 口ごもった。
「名前がないと不便だからな、今つけた。それから、まだ名乗っていなかったが、私はゴセイ・ミョウ・ヨウだ。」
「ふん。勝手にしろ。」
 そのうち数人の男女の戦士の一隊が現れた。
「旦那!」
 大柄で、中年の髭面の男が声をかけてきた。
「早かったな。」
 彼も立ち上がって、彼らに歩み寄った。死体や戦利品やらの山を見て口笛を吹いた。
「相変わらずですな。運ぶのが大変だ。」
「5人、新たに追加した。上手く使ってくれ。お前達は、大丈夫だったか?欠けてはいないようだな。」
 彼は見渡す仕草をした。
「何回か、襲撃がありましたが、大した人数分ではなかったんでね、何人かかすり傷は負いましたが、みんな大丈夫ですよ。それで、あの赤毛の女は?」
 メドューサの方に一瞥して尋ねた。
「今は弱っているが、かなり強いやつだ。私の身近にしばらく置くつもりだ。それから、彼女のことはメドューサと呼べ。」
「それだけですかい?美人ですね。まあ、…、メドューサの姐さん。よろしくお願いします。」
 片手をあげて、声をかけた。
 それから彼らも加わって、死体や戦利品を馬等に載せて出発した。その後町までいき、彼らと別れた。後の手続きや取引は彼らに任せているらしかった。金も後から届けられることになっているとのことだった。
 ゴセイに連れられて、メドューサは宿に入り、そこで夕食を取った。その間に、女が近づいてきて、ゴセイを誘ったが、
「今は間に合っている。」
 女は舌打ちしたが、あっさり去って行った。
“やっぱりそういうことか。助けられたし、食事もさせてくれたんだから、一回くらいいいか。どうせ…。”
 食事が終わり部屋に入ると、メドューサは直ぐに裸になり、ベッドの上に大の字になった。 
「借は払うよ!」
 ゴセイはじっと見下ろして、
「お前が女であることはあの時わかった、乳房の感触はよかったが、これ程の美人だとは思わなかったぞ。私を忘れたか?組んずほぐれつの肉弾戦を演じた相手を?魔王様?最強にして、最凶の魔王様?」
「え?なんだ?どうして?ま、まさか?」
 彼女は混乱した。
「あ!お前!」
 男の言葉と彼女の記憶が、ようやく一致した。
 その顔を見ながら、
「ようやく思い出したか?あの時、イシュタルと名乗っていた破壊と魔女と共に、お前とお前の軍と戦った男、あの時はカーツ・シンと名乗っていたがな、今はゴセイ・ミョウ・ヨウと名乗っている。あの魔王様がこんなざまになっているとは思わなかったがな。」
 皮肉っぽい笑いを浮かべていた。それを見て不満を感じた。
「あの時に受けた傷で力が半減して、傷も癒える間もなく、戻ってから次々に起こる反乱を潰してまわって、疲れ果てたときに側近達にも裏切られて…、それも、これも自ら叩き潰した時には、さすがに動けなくなっていて…。結局、幽閉され、よってたかって陵辱されてから、処刑された。それでも復活して何とか逃げたものの力が回復する前に、人間やエルフやらに捕まって奴隷にされたりして…。苦労させられたんだぞ、全てお前らのせいだからな。」
「こっちも苦労させられた、間接的にはお前のせいだ。まあ、そんなことはどうでもいい。これからは、お前は私の目的のために働いてもらう。」
 ゴセイの目には、狂気にも似た光が輝いているように見えて、メドューサは一瞬怯んだが、
「人間のために魔族と戦えというのかい?あんな奴等どうでもいいけど、勇者の手下になんてなりたくないね。」
 伺うように答えたが、相変わらず、彼の目、いや体全体から立ち昇るオーラは狂気に覆われているようだった。
「恐怖と暴力で世界を支配する。」
 彼女は、さすがにその言葉を聞いて呆気に取られた。
「勇者様がそれでいいのかよ?」
「何時、私が勇者を名乗った?みんなの笑顔を守りたいなどと言ったか?まあ、並みの勇者達より、勇者に相応しく行動してきたがな。まだ、しばらくはそうするが、何時かはな。どうだ?」
 狂気を帯びた笑顔を浮かべていた。
「ぞくぞくするねえ。それならいいよ。」
 彼の狂気が、自分に感染するように、彼女、メドューサと命名された女は、感じられた。
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