第29話 マリアとメドューサの思い出

文字数 3,759文字

 「こんなものがあったんだねえ。」
 黒光りする小さな槍をしげしげと見ながら、ハイエルフの女が呟いた。妖艶な感じの、スマートで長身の長い銀髪の美人だった。
「我が部族の秘宝の聖槍じゃ。」
 白い髭を長く伸ばした老人のハイエルフが睨むように見ていた。彼を守るために、屈強そうな若いハイエルフの男達が、剣の柄に手を置いていた。何時でも、即座に抜けるようにしているのだ。ただし、彼らは、彼女よりも全員背丈については低かった。
「これで、そいつを刺し殺せばいいのか?それで解放してくれるというわけか?」
 女のハイエルフは、下品な笑顔を見せて、小馬鹿にするように老ハイエルフに顔を向けた。
「しかしな、そいつはあたいを処刑から助けてくれたわけだからな~、義理を欠くのは良心が痛むな~。」
 挑発するように揶揄っているのは明らかだった。
「奴隷となるのと、自由になるのと、どっちがいいのだ?それに、義理がどうのと言えるか、この極悪党が。」
 老ハイエルフは、軽蔑するように言った。
「フン、悪党にだって義理とかはあるよ。それなしに徒党むは組めないよ。ああ、分かったよ、やってやるさ、やっぱり自由がいいからな。」
 諦めたように、従うことを約束したのだった。半ば、そう装ったのだが。
「それでは、こいつを連れて行け。」
 威厳を取り繕って、男達に命じた。
 男たちは、彼女の腕をつかんで、彼女を連行するように連れて行った。槍は魔法で亜空間に放り込んだ。彼女は、槍や剣を一つ放り込む程度の収納魔力は使えた。それでも、それはかなりの魔法の使い手しかできないことだった。
 しばらく歩いた後、ドアを開けられると、彼女を放り込むように部屋に入れて、逃げるようにして、ドアを閉めていってしまった。
 広間の中央に、3人の男女が立っていた。少し長く黒髪を伸ばした、長身の戦士が中央に、右に明るい赤毛の女戦士、左に長い銀髪を後ろで一つに束ねた女戦士が立っていた。女達は、2人とも、平均よりかなり背が高かった。ハイエルフの女よりも高かった。
「お前が死刑囚のハイエルフか。私はゴセイ・ミョウ・ヨウだ。これから、私の元で働いてもらうが。」
 すかさず、亜空間から槍を取り出して、彼を突き刺した。彼は避けようとしたが、聖槍の力と彼女の魔法の力が合力して、彼の動きは抑えられて鈍かった。それでも、かすり傷で、何とか避けた。“ほう~。かなりやるじゃないか、こいつ。”彼女は、“やつの胸を貫けると思っていたんだけどな~。”とみていたのだが。しかし、かすり傷がついただけで十分だった。すぐに苦悶の表情で、膝をついた。
「毒の聖槍?」
 銀髪の女が叫んだ。
「おばさん方。そいつは、もう直ぐ死ぬ、せいぜい別れを・・・。」
 赤毛の女が駆けよってきた。“ふん、身の程知らずが。”すかさず、魔法で身体強化し、防御障壁を張り、衝撃魔法を放った。2人の女は吹っ飛んでるはずだった。しかし、気がつくと、ひどい痛みを感じて、自分の位置が分からなかった。しばらくして、壁に叩きつけられたのが、自分だというのが分かった。“なぜ、あたいが。”赤毛の女が目の前にいた。体を動かそうとしたが、痛みで動けなかった。首根っこを掴まれて持ち上げられて、拳が彼女の体を、突き破った。腕を抜いて、今度は顔を何度も殴りつけた。骨すら砕かれたと感じて気を失った。死んだと思ったが、目が開いた。
「マリア。何で回復させちゃうんだよお?」
 赤毛の女が抗議すると、銀髪の女がそばで回復魔法をかけてくれていた。
「ありがとうよ。でも、礼は言わないよ、頼んではいない。」
 また、痛みが走った。
「私も、なぶりたいのですの。」
 銀髪の女は、腕を体の中に突き破って突き入れたのだ。
「死なない程度に、滅茶滅茶にして、苦しませてあげますわ。死んだ方がいいくらいにね。」
 その後、
「殺して…。」
と口に出る程痛めつけられた。再度、回復した時には精神的ショックで立ち上がることすら出来なかった。それでも、
「姐さん達さ~。あんたらの男のことが心配してやったらどうだい。まあ、助からないだろうけどさ。」
 そう毒々しげに言った後、顔を上げると、死んだはずの、少なくとも死の寸前で苦しんでいるはずのゴセイ・ミョウ・ヨウと名乗った男が、目の前に涼しい姿で立っていた。彼の剣が彼女の顔のところにあった。
「お前、何で平気なんだよ?」
「苦しかったよ。メドューサ、マリア、気が済んだか?お前は、殺すところだが、許してやる。」
 彼は剣を納めた。そして、
「お前にこんなことを命じたのは誰だ?ユダ。」
「ユダって誰だい?」
「お前の名だ。今、私が名付けた。質問に答えろ、ユダ。」
 ユダは、嘲笑うように笑って、
「悪党にも義理はあるんだよ。」
て言った後に、とうとうと話し始めたのだ。そんな自分で驚いたが、舌は止まらなかった。
 ユダは、自分でも驚く程に従順に3人の後をついて歩いた。部屋の外で待っていたハーフエルフや山、里のエルフ達も合流した。彼らは、大広間に出た。このハイエルフの部族の族長達がいた。先程まで激論があったようだった。若い族長は、彼の顔を見て、複雑な表情だった。ユダは、彼が20年以上前に、まだ幼い時に、クーデターにより、父の族長、先代である、を殺され、共に逃れた母が侍女の裏切りで殺されて、クーデター派に引き渡される直前に、たまたま通りかかった姉弟の戦士に助けられ、その2人の助けでクーデター派を一掃し、族長の地位に返り咲いたという話しを、ユダは思い出した。その姉弟の名は、イシュタルとカーツ・シンだったかな、とユダは思った。身分の高くなかった彼女は、上の政争は正確には知らなかったし、その後すぐ飛び出していたからなおさらだった。もちろん、幼い彼は、後見役達により守られて、形の上での族長だった。名実共に、族長となったのはまだ数年にしか過ぎず、即位の経緯から長老、有力者に侮られがちだった。ということは、噂として知っているだけだった。
 族長の視線を追って、後ろを振り向いた長老達の軽視するような顔が直ぐに歪んだ。信じられないという顔となり、狼狽を必死に抑えようとしていた。
「其処にいる連中が、この女に私を殺させようと、毒聖槍を渡して、私を襲わせた。忘恩の行為をどう報いたらいいだろうか?」
 傲然と、ヨウは言った。
 族長は、長老達を見て、本当か?という顔を向けた。
「嘘です!」
 やや震えながらだった。ユダは、彼らに頼まれたと証言し、
「悪いな。このだんなに二度助けられたから、義理がより重くてね。」
と付け加えた。
 長老達は、しばらく黙って、下を向いて、握った拳を震えせていたが、顔を上げると、
「あいつらを殺せ!」
と叫んだ。
「待て!」
 若い族長の命令を聞いたのは、周囲の数人だけだった。大部分が、半弓に矢をつがえ、素早くヨウ目がけて放った。その後ろにいた者は、魔法詠唱を始めた。しかし、ヨウと2人の女は、突っ込んだ。矢は全て弾かれ、何とか詠唱が間に合って放たれた魔法攻撃も、防御結界も役にはたたなかった。剣で斬られ床に倒れ、拳で、壁に叩きつけられた。
「恩を忘れやがって。」
 メドューサだった。帝国に反抗し、ヨウに鎮圧され、彼にこの地が与えられて、彼は寛大な態度で彼らを受け入れた。彼が助けたハイエルフの部族であるせいもあった。それでも、彼らは反抗した。また、直ぐに鎮圧し、僅かな責任者達を処刑して許し、名目的な地位にあった族長を名実共の族長にした。それでも不満だったのだろう、長老達は。自称300歳のハイエルフは震えていた。
「ゴセイ。こいつは、殺していいよね?」
「殺せ!」
 異なる言葉を期待した彼は絶望に変わり、さらに怒りに変わった。魔法を発動したが、メドューサに簡単に中和されて、潰されるようになぶり殺された。
「ゴセイ。死ぬ直前の頭を覗いたら、あの女も結託してましたよ。それから、他の男に抱かれていましたよ。夫なんて、問題ないと言って喘いでいたようですよ、その後ろにいる男の上になって。」
 マリアが、指さした女は族長の隣にいた、彼の妻だった。目の前で、突然繰り広げられた惨劇に唖然としていた族長の顔が、泣き出しそうに歪んだ。その妻はというと、助けを求めるように周囲を見渡した。その視線か止まった先の男は、腰が抜けたように、座りこんでいた。
 素早く歩み寄ったゴセイは、間男を斬り殺した。そして、剣先を女の前に突きつけた。
「死に値する。が、許してやろう。これからは、よく、献身的に夫に仕えろ、そして、いつも夫に抱かれて、最高の快楽に堕ちろ。」
 そう言って、剣を鞘に収めた。
「彼女を許して、これからも睦まじくしていろ。これからは、良き妻になるはずだ。」
「はい。」
 彼はそれしか言えなかった。ある意味では、また、彼に助けられたのだが、思いは複雑だった。 
 この後、ゴセイは彼のもとで保護されていたハイエルフ達を受け入れさせる等目的を果たした後、そのハイエルフの里を去った。
 ユダには、
「悪事はするな。」
と言って、任務を与え、彼女も直ぐに出発した。
「あいつ、このまま、逃げるつもりだぜ。大丈夫なのか?」
 そう言いながら、メドューサはニヤニヤしていた。それが出来ないことを、彼女が一番知っていたのだが。






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