第5話 魔族殺しと神族殺し

文字数 3,718文字

 広場の端の人が少ないところまで移動し、ある程度の広さの空間を確保して、ヨウとチャールズは数㍍離れて対峙した。トーマスやボッカチオら、そしてメドーサとマリア達が周囲を囲む後ろに、野次馬達が騒いでいた。野次馬達の間では、既に賭けが始まっていた。10対1で、7星の勇者の勝に賭けられていた。ユダが、ちゃっかり加わっていた、もちろんゴセイの勝ちにでだが。
「手加減はなしだ。」
 チャールズは吐き捨てるように言ったが、ヨウは背中に背負った、チャールズの長剣よりはるかに長い剣を鞘から器用にすらりっと抜くと、
「手加減を願いたいですね。私はこの通り酔っていますから。」
 そして、すさまじく長い剣を大上段に刃先を後方に構えた。
「何時でもいいですよ。」
 チャールズは、容赦するつもりは全くないことがトーマス達からも感じ取れた。拙いとは思ったが、今の彼に何を言っても、かえって逆効果であることもわかっていたから、敢えて何も言わなかった。
 チャールズが、斬り込もうと動いた。ヨウの超長剣が一閃した。それはトーマスにもチャールズにも、何とか見えたというくらい速かった。間一髪避けた、彼の鎧の肩のところにある飾りがはじけ飛んだが。チャールズは、しかし、さらに踏みこんだ。そこに、あり得ないと思えるほど早く、二閃目が彼の長剣を弾いた。瞬時に体勢を立て直した彼の前に、今度は、ヨウの方が間合いを詰めて来ていた。高速の突きが、超長剣からは信じられない間合いで繰り出された。チャールズの鎧を擦った。そして、三旋目がチャールズの鎧を削った。流石にチャールズも後ろに飛び退き、彼から間合いをとった。そして、これから様子を窺い、再度、と思った時、突然ヨウは、背中の鞘に彼の超長剣を収めると、姿勢を正すとチャールズに向かって一礼した。
「なに!」
 チャールズは憤然として叫んだし、トーマス達も唖然とした。
「私が足手まといにならないことはは、もうお分かりでしょう、七星の勇者様方?」
 いきりたっているチャールズに、トーマスが止めるように、前に立った。
「チャールズ殿。落ち着きなさい。」
 エカテリーナが後ろから声をかけた。
「トーマス殿に止められるようでは、とても冷静とは言えませんよ。」
 マーガレットが、トーマスをかばうように、彼の脇に立った。チャールズは、エカテリーナの方を見て、小さく深呼吸をして、剣を収めた。マーガレットが言葉を口から出す前に、エカテリーナがヨウに、
「ゴセイ・ミョウ・ヨウ殿。あなたの実力はわかりました。」
と軽く頭を下げた。
「おお、ゴセイ・ミョウ・ヨウ殿。久方ぶりだのう!おや、これは何の余興かのう?」
 大きな、親しみのある、それでいて威厳を感じさせる声の主は、地方の、大領主と言ったいでたちの老人だった。
「ロドリゲス伯爵。」
 ボッカチオとダビッドが同時に、相手の名を呼んだ。彼はドスドスと歩み寄り、ゴセイ・ミョウ・ヨウに向かって、
「いや、また助けていただきましたな。しかし、これ程の活躍をするとは、知り合いというだけでも、鼻が、高いし、誇らしく思うよ。おお、メドゥーサ殿もマリア殿も、おりましたか。お二人とも、相変わらず、お美しいですのを。」
 まるで、涎を垂らす好色老人のような相好で見た。場を和らげる演技ではあるが、いや幾分は本気ではある。
「コホン。ロドリゲス伯爵。」
 ボッカチオは、彼をそのままにしておくと話しが止まらなくなりそうなので、咳払いをして注意を促した。ロドリゲスも、そのことをすぐ理解して、ボッカチオの方を見た。
 すかさず、ボッカチオは伯爵に七星の勇者を紹介し、ヨウと七星の勇者の一人、チャールズが模範試合をしていたところだと説明した。ロドリゲスは、ボッカチオの真意を読み取り、
「ゴセイ・ミョウ・ヨウ殿。後で、久しぶりにゆっくり、飲みかつ話そうではないか?もちろん、美しい奥方達も交えてな。」
 ヨウは、ボッカチオとダビッドを見た。二人は軽く頷いた。ヨウは軽く頭を下げ、
「ロドリゲス様。お待ちしております。」
 そして、メドゥーサとマリアの腰を抱いて、背を向けて歩み去った。
「あの二人は、魔族殺しのメドゥーサ、神族殺しのマリアと呼ばれていると聴いたのもその頃だったかのう。」
 彼が、ロドリゲスがシルビアを驚かせることを最後に口にしたのは、ゴセイ・ミョウ・ヨウとの思い出の話しの際であった。近くの建物を借り受け、その一室で七星の勇者達はロドリゲスの話を聞いていた。
 彼が、ゴセイ・ミョウ・ヨウと出会ったのは、20年以上前だったと話し始めた。 
 彼がまだ中年で、王国騎士団幹部であった頃だった、かなり遠国のパレス公国の戴冠式に出席する使節の護衛隊長として随行したときである。そのパレス公国の傭兵隊の中にゴセイ・ミョウ・ヨウがいた。その中でも、数人の部下を率いる程度の地位だったが、他の傭兵とは毛並みというか雰囲気が異なっていた。もちろん、多くの中から一目でわかるというものではない。ただ、どういうわけか、身分の卑しい傭兵にもかかわらず、使節の護衛の中に配属されていたため目についた。さもしい欲望に支配されているわけでもなく、小さな野心やおろかなほどの大望を抱き、のし上がろうと喘いでいるという感じが全くなかった。ロドリゲスは、武官として軍事情報を収集することも任務にしていたから、当時急速に広がっていた西方諸国の大乱や魔族の侵攻の状況を知るため、他国出身であり、各国をわたり歩いていたということで、ヨウとはよく話しをした。それは、あくまで、そうした情報収集活動のほんの一部のことに過ぎなかった。それでも、彼との話しは面白いと感じた。20代半ばに見えたが、そうとは思えない知識や洞察があった。しかも、各国の宮廷内の事情にも通じているようだった。彼と本当に親しくなったのは、パレス公国での反乱にロドリゲス達、他国の使節も巻き込まれた時、ヨウの奮戦で助かったからである。彼の武勇、活躍、貢献はかなりのものだったはずだが、名誉の多くは公太子等の公国幹部に与えられた。彼は特に不満を言わず、名誉騎士の称号、名前だけである、と金貨で満足していた。そして、反乱が鎮圧されて、数日後、ロドリゲス達はパレス公国を離れて、ヨウとは別れた。
「再会したのは、その数年後でしたな。その時には、あの二人の奥方はおりましたな。ゴセイ・ミョウ・ヨウ殿は、その時には、貴族、領主となっていましたよ。」
 外交使節の一員だった。単なる一員であったが、それでも正式な一員だった。
「かの国の使節と話しをしましたが、ヨウ殿の武勇は鳴り響いておりましたよ。また、謙虚であり、良き領主だとか、まあ、成り上がり者と蔑む者もおりましたがな。」
 メドゥーサは、魔族の戦いの中で一人で突入して、魔族の兵や魔獣を多数殺し、マリアは革命軍を名乗る軍に参加していた神族の陣に乗り込み、神族と彼らが持っていた金人などを多数殺したので、誰彼ともなく、魔族殺しのメドゥーサ、神族殺しのマリアと呼ばれるようになったこと、それでも多勢に無勢で最後は力尽きかけた二人を、魔族、神族を蹴散らしてヨウが助けに駆けつけたということなどを聞いたという。
「二人の奥方は彼から離れず、あの様な美人がと、羨ましいかぎりですなあ。夜の奮戦ぶりの噂も、ハハハ…。それから数年後、これが最後でしたが、でかい女、センリュウとか言ってましたかの、が加わっておりましたな。あの女性は、奥方ではないようでしたな。まあ、二人以外には手を出してはいないようですな、あのお二人の他にというのは、ちと難しいでしょうな。並び立てるような女はなかなかいないでしょうからな。ハハハ…。」
「卿。ヨウ殿のお年は?お話では、20年以上前あった時、20代半ばだったとか。しかし、40半ばには見えない、いや20代半ばにしか見えませんが。」
 カルロスが尋ねた。
「まあ、あの方は、あのお二人も、全く変わっておりませんな。羨ましい、年老いて行くのは自分だけだと思うと寂しいですわ。詳しい話しは明日ということで、旧交を温めねばなりませんからな。では、また、明日ということで。」
 ロドリゲスは豪快に笑って、ヨウ達のいる方に向かって歩いて行った。
「トマス?どうしたのよ?」
 マーガレットとシルビアが同時に尋ねた。すぐに互いに睨み合った。トマスがじっと何かを見ていた。
「チャールズの鎧の傷が一つ多いような気がして。」
 チャールズの聖鎧は、ヨウにつけられた傷を修復しつつあったが、そう言われると、一つ多いように思える。
「確かに一つ多いぞ。」
 聞きつけたカルロスが割って入ってきた。
「見えなかった、最後の一閃が。」
 トマスは、少し鳥肌がたっていた。
「俺も見えなかったよ。フレッド、お前はどうだった?ん?どうした?」
 フレッドは、いつもの穏やかな表情の彼からは考えなれない、恐ろしい顔だった。
「いや、なんともないよ。」
 いつもの顔に戻っていたが、思い詰めているように、トマス達には思えた。
 ちなみに、勝負の賭けは、大騒ぎになったが、ユダがゴセイにこっぴどく窘められたこともあって、有耶無耶になった。
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