第13話 魔族達との戦い

文字数 4,511文字

 大魔王の軍が現れたという報告に七星の勇者達はセダン市を後にしたのは、その二日後だった。七星の勇者の一行に、ゴセイ・ミョウ・ヨウの一隊、それに100名ほどの傭兵達が加わっていた。もちろん、給料の支払いが条件ではあったが。セダン市から、昼夜兼行の強行軍で三日間南下したトランスバ城に入城した。既に、大魔王軍が迫っていた。それが、東西二方向から進撃してきていて、ここに来て合流することもなく、更に動きを止めて、こちらの出方を窺うようにじっとしているのである。それぞれの兵力は、5千程度という。城の内外には、避難してきている農民達でごった返している。ピサ公爵の元には、公国の兵だけでなく、周辺王公国の兵、帝国からの援兵などで1万人以上が集結している。さらに、傭兵を雇いあげ、また、避難してきた農民達から義勇兵を募っている。戦術的には上策ではなかったが、兵力を二手に分けて、二つの魔王軍に当たることとなった。一方に七星の勇者を含む部隊が、西の大魔王軍にはゴセイ・ミョウ・ヨウの隊を含む部隊が相対することになった。
「できるだけで早く、相手を殲滅して、応援に駆けつけていただきたいと思っております。」
 出発の際、ミョウ・ヨウは頭を下げて、七星の勇者と別れた。彼の部下という20人ほどが、更に加わっていた。誰もが精鋭といえることを確かめてから参加が許された。
 七星の勇者の軍には、帝国騎士団、帝国軍にまとめられた各国諸侯の兵やピサ公の兵が主となった8千人、つまり精鋭部隊が主になっている。ミョウ・ヨウの軍にも、少数の帝国軍が加わっているが、監視と雑多な兵のとりまとめと勝利の名誉をミョウ・ヨウにわたさないためである。それが5千人。トランスバ城には、万一の場合のため二千が残っていた。 
 人間側が動き始めると大魔王軍は呼応するように、直ぐに進撃を、開始してきた。
 トーマスを先頭とする右翼は、突撃を開始した。右翼が位置する場所は、起伏が多く、大軍が相対して会戦というわけには行かなかった。ある程度、それ程多くない兵力がまとまって、それぞれ合い呼応しながらも、各部隊が個々バラバラに戦わざるを得ない地形だった。それに対して、魔族の側が攻勢に出て、それに対応する左翼、中央は開けた場所で、まさに会戦というのに相応しい地形だった。トーマスが右翼の先頭に立つと言うのも、事前の作戦会議の結果であり、彼を含む右翼が魔軍の左翼を撃破して、包囲する態勢を確保することが勝利の前提であり、その逆が、魔族側の勝利の戦略だった。作戦会議は、実際は帝国から派遣されている将軍とピサ公、そして、その参謀格の貴族達によって行われて、七星の勇者はそれに従うものだった。形式的には、意見具申を受けて七星の勇者が受け入れるというものであっても。それは当然のことであった。所詮は、彼らは少年少女に過ぎず、戦術、戦略を論じる経験がなかったからである、絶大な力を持っているとはいっても。それは彼らも自覚していた。それでも、エカテリーナとマーガレットを前にすると、いつの間にか、将軍や大貴族達が本当に、彼らに従っているように見えてしまった。エカテリーナが、同意があったわけではないが、七星の勇者達を代表する立場で話を進めた。将軍達からの話を聞き、疑問点を確認したりする。その姿は、無理をしているのではなく、いかにも自然な振る舞いに見えた。それを前にして、マーガレットは、コメカミをピクピクさせながらも文句を言わなかった。その彼女が、エカテリーナの言おうとしていた先に、
「ボッカッチオ殿。我ら七星の勇者の配置をどうすべきだと思いますか?我らをよく知るあなたたちのご意見をお聴きしたい。」
 それもまた、いかにも自然に感じるのだった。
 その時はエカテリーナの方が、青筋をピクピクさせながらも他人に悟らせないようにしていた。二人共、反論のための反論の愚を理解できる程度に有能だった。他は、カルロスがその外見の印象とは異なって的確な指摘をする一方、トーマスが、あくまでも自分が分からないからとして質問することの内容が、戦略全体に関わってくる重要なことが多かった。マーガレットは、そういう彼に嬉しそうな視線を送り、エカテリーナはそういう彼を評価していた。チャールズはというと、戦場での彼の働きについては高い評価を与えていた、絶対に口にしなかったが。
 左翼には、カルロスとフレッド、中央にはエカテリーナとチャールズ、右翼はトーマス、マーガレット、シルビアが配された。
 とにかく進むトーマス、それを助けようとする従者達、マーガレットと彼女が率いる精鋭がそれに必死に追いかけ援護する、シルビアが遠距離から、特大の攻撃魔法を放つ。魔軍の側も、彼を押しとどめるのが、戦いの勝敗の分かれ道だと理解していた。
 遮二無二に進むトーマス。トーマスの従者達は彼の兄弟子に当たるが、彼をやんちゃな、愛する弟のように守ろうという男女だった。だから、マーガレットと協力して、トーマスを助けることを、第一にしていた。いや、マーガレットも彼らの守る対象になっていた。
「マーガレット様は、トーマスの妻として、身分的にも、理想的ではない?」
「それは即物的だが、全面的に賛成だ。」
「シルビア様はどうする?トーマスが割り切れるとは思えないが。」
「別に、側室でもかまわないのではないか。」
 マーガレットはその話を知ってか知らずか、彼を守ろうと、日頃の態度とは違って、必死に剣を振るった。そのマーガレットを見て、兵も力を得て前に進む。
 トーマス、マーガレット、シルビアに従う兵は二千強。対する魔族は一千強。トーマス達がいなければ、魔族が絶対優勢である数だったが、さすがにトーマス達の力の強さは大きく、魔族の陣形を突き破って行った。それを見て、援軍が加わった。女の将軍を中核とした三百程度の兵だった。精兵中の精兵だったのであろう。真っ直ぐトーマスに向かってきた。トーマスは、それに真っ向から立ち向かった。マーガレット達もトーマスの助太刀に駆けつけた。魔族の女将軍は、トーマスしか眼中にないようだった。確かに、トーマスを倒せば、彼らの部隊は総崩れになったろう。その逆も真だった。トーマスは一騎討ちに応じた。マーガレット達と女魔将軍の親衛隊が、互いに相手に助太刀させまい、自分達は助太刀しようとぶつかった。二人は激しい戦いを演じた。互いの剣と魔法がぶつかりあった。戦いが進むにつれて、女将軍の表情の中に、嬉しそうなものが現れ、マーガレットやシルビアの方に、まるで優越感を示すような視線を向けた。戦闘経験でははるかに上回るものの、トーマスは七星の勇者である。初めは互角だったが、次第にトーマスが優位に戦いを進めるようになっていった。最後は、一方的に攻められる形となった女将軍は、それでも必死に防戦に努める中では、幸福そのものの中にいるようですらあった。トーマスも、彼女との戦いを楽しいと感じていた。
 トーマスと女魔将軍との一騎打ちが終わった。長いような、短いような戦いの末、トーマスが勝った。
「お前と共に勝利を祝える側にいたらとも思ったぞ。しかし、それでは、我は、お前と戦えなかったろう。我はお前と戦っている間、時を共有した。我は、お前との時を独占できた。それは、この上なく、幸せでいっぱいだったぞ。」
「僕も、お前と戦えて幸福だったよ。」
「そうか、そうか。そうなのだな。」
 彼が握る手に幸福を感じるように、彼女は目を閉じた。
「今回の浮気は、特別に許してあげる。」
 マーガレットとシルビアは、それが彼女への花向けのように思えた。ただし、二人共、彼の腕を思いっきり抓ることは忘れなかったが。
 二人の一騎討ちの結果が、トーマスが女魔将軍を倒したことで全てが決した。
 戦いは、トーマス達が、大魔王軍の左翼を突き崩し、左翼、中央が魔軍の攻勢を凌ぎ切って、チャールズを先頭に、エカテリーナの特大の攻撃魔法で崩れた陣形に突入し、更に、西側で戦っていた部隊が援軍にきたこともあり、大魔王軍の敗走というかたちで終わった。西側の大魔王軍は早々と敗退したというが、反転して駆けつけてきた軍のに中、ゴセイ・ミョウヨウと彼が率いる部隊はいなかった。このどさくさに出没する野盗の類いから守ってくれるよう村々から要望があったためである。西の大魔王軍との戦いは、ゴセイ・ミョウヨウとそのチーム、60人弱であった、がほとんど一方的に大魔王軍を壊滅させたという報告を七星の勇者達は受けた。
「ほとんど、我らは魔軍への陽動として対峙し、彼らが敗走を始めた時に追撃をかけただけでした。」
 帝国派遣の将軍の報告だった。
 戦場の後始末などが終わった頃、ヨウと彼の一隊が、ようやく現れた。
「金稼ぎですか?」
 彼が挨拶に現れると、エカテリーナは蔑むように、第一声を放った。
「勇者方に代わって盗賊を退治せよ、という契約はありませんでしたから。それに、我々はどこぞの部隊と異なり、略奪はしていませんし、報酬も彼らが驚く程度のものでしたし。」
 彼は、淡々と反論した。それに、戦利品の売買で得た利益を教会や村々に寄付もしていた。エカテリーナは、不問に付すという形で終わらせた。そして略奪した諸隊については、もう触れようとはしなかった。不機嫌そうな表情で、ヨウ達への慰労の宴をと言い出した。既に、戦勝の宴は終わっていたからだ。ヨウは、お気持ちだけで嬉しいと言って辞退したので、あっさりと引っ込めた。彼女は、密かにメドゥーサとマリアに茶会に誘っていた。当然のごとく、あっさり断られた。こちらの方は、かなり残念そうだった。
 その夜。
「マーガレット!」
「シルビアじゃないの?どうしたの?」
シルビアは、マーガレットの姿を見て、声をかけた。二人共トーマスを探して宿営地を歩いていたのである。
「ん。そいつらはなんなの?」
「あなたこそ、それは誰?」
 二人の後ろに、それぞれ3人の女達が従うように立っていた。どこにでもいる、まだ少女の容貌の残る面々だった。 
「トーマスを探していたら、ほら、魔族に囚われていて解放してあげた人達、その中にいたんですって彼女達。私達についてきたいと言って、私を見て。」
「私も似たようなものよ。魔族に村を焼かれて命からがら生き延びて、魔族への復讐のために、私達についてきたいと言って。」
 どちらとも、荷物運びでも何でもいい、大魔王軍との戦いに役にたつのなら何でもやる、と言う。
「どうしよう?」
「明日にでもと、…とにかく皆のところに連れて行こうか?」
 2グループは互いににらみあっていたが、二人は気がつかなかった。
「おい!お前ら魔族だろう。それから、それぞれ一人は魔王だろう。田舎者の自称だけどな!」
 声の方向をみると、いつの間にか、メドゥーサが立っていた。6人はそれぞれ別方向に逃げだそうとするが、直ぐに進めなくなっていた、前に透明な壁があるように。
「魔王様。ここは私らが。」
 どちらも、そう言って魔王を逃がそうとした。しかし、躍りかかったメドゥーサに、魔王ごとたちまち倒されてしまった。

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