第10話 マリアの思い出 4

文字数 3,070文字

 彼は、この館の主人の脇に並ぶ正妻と愛人達の前に立ってから、振り返った。
「こいつらの部屋がどこにあるか、知っているか?」
 彼女が肯くと、
「案内しろ。」
とだけ言った。彼女が彼の前になって歩き始めると、本妻が 
「この、…、恩知らず!」
 いつも邪険に扱われ、恩を受けた覚えはなかったが、彼女は敢えて反論しなかった。彼女がまず本妻の部屋に案内すると、メドューサは彼が指示する前に中に入って物色し始めた。
「お前も、衣服を選べ。動きが不自由なものは駄目だぞ。旅や日常生活、正装として必要になるものも含めてもいいぞ。」
 彼の顔を見た。“どうした?早くやれ。”という感じだった。彼女も、おずおずと探し始めた。彼はというと、巧みに宝石箱などを見つけ出し、彼女達の前に差し出した。メドューサが一つとったので、それにならって、気に入った物を、彼女も一つ取った。彼も一つ取って、無造作に宝石箱を放り投げた。装飾品も同様にした。タオルとかを手にして、メドューサが、
「ばあーさんの服や下着は身体に合わないよ。」
自分の容姿を誇示するように、ポーズを取った。
「お前もそうか?まあ、そうだろうな。次の女の部屋を案内しろ。」
 本妻は、怒り心頭だったが、どうしようもないことは分かっていたため、流石に口に出さなかった。その彼女に、メドューサ達が選んだものを持って後に続くように命じた。それから次々に愛人達の部屋をまわり同様に物色し、選んだものをその部屋の主人に持たせて後に続かせた。愛人達の方は年配の者も、まだ少女もヨウに毒づき、夫にすがりついたりした。メドューサというと、どの女のものに対しても文句を言った。二番目に若い愛人のが、何とか身体のサイズがあったが、それでもメドューサにとっては例外ではなかった。ただ、少し緩やかだと判断したのか、ヨウが
「臭いな。洗ってから着ろよ。」
とつけ加えた。最近、少女の愛人に寵愛を奪われたが、それまで一番の女だけあって、その座を奪われて日も僅かなだけに、一層激しく食い下がった。最後は、ヨウではなく、メドューサではなく、昨日まで奴隷だった彼女にだった、悪態をついたのは。それは、この女なりの配慮があったのかもしれない。彼女は、足蹴りにするように払いのけた。女は床に倒れ、泣き出した。
「もう少し下着がほしいから、こいつが、つけているのを取っていいかい?」
 ヨウが答えるのを待つことなく、その女を押さえつけて、上衣を破って下着を剥ぎ取った。ヨウは、女の裸体をチラッと見て、つまらないものを見たという表情を浮かべた。屈辱で一層激しく泣き、床に拳を叩きつけた。しかし、その女も元は自分のものであったものを持たされて後に続くことを拒むことは許されなかった。裸で続かさせられた。主人の執務室や書斎などで、
「これが聖剣?魔槍?まがい物が。」
と言って放り投げた。宝石や金貨や本を取った。市の役人は、その間、何一つ口出しをしなかった。彼の行動は問題がない、許容範囲内だと判断したのだ。当然だった。この程度、あまりにも寛容過ぎることだ。一連のことが終わると、梱包を命じた。
「我々3人の食事、夕食の準備をしろ。酒もつけろ。それから、その女を入浴させ、身体を洗ってやれ。おまえたち、お前の主人以上に丁重に扱え。そうしないと、お前らを殺す。いいな。」
 下女達は、いかにも不満そうに下を向いていたが、文句は言わなかった。
「洗い終わったら、これを着て食事を取ろう。血がついているが、サイズは何とか合うだろう。」
 大きな袋を渡された。嫌嫌ながらも、下女達は温かい湯で彼女の身体を洗った。“何年ぶりだろうか?”と思った。心地よいものを感じた。身体中から、髪から汚れが落ちていくのを感じた。身体から水気を拭き取り終わって、袋の口を開けた。中から血がついていたが、ハイエルフが使うと思われるタイプの鎧やらが入っていた。“ハイエルフが暗殺団に?”あり得ると思ったが、ハイエルフに近いハーフエルフのものかもしれない。たいしたことではない。下女達に手伝わせて身に着けると、その重さに快いものを感じた。金属音を微かに響かせながら、下女達が小声で罵るのを無視して、彼女は食堂に向かった。扉を開けると、食べ物を持った皿や酒などの容器が並べられたテーブルに、ヨウとメドューサは既についていた。
「来たか、女神。席につけ。」
 ギクリとしたが、顔には現さず、
「なんのことでしょうか?私は、単なる落ちぶれた神族の女です。」
 疑わしいといった顔を彼が向けた。
「覚えていないというのか?まあ、イスに座れ。女神。」
「ですから、何のことやら。」
「おい!」
 メドューサが、苛立ったように、
「何惚けているんだよ。それとも、本当に惚けたのかい?」
「メドューサ。いい加減にしろ。お前も中々分からなかったろうが。それにお前は、結果的に彼女に助けられるのだから。」
「そうだったかい?兎に角食事を取ろうよ。腹が減ったよ。」
「分かった。食べ始めよう。」
 スープをスプーンで口に運ぶ。一口で何日か分の栄養が身体中にまわるような感じがした。”どうする?この抑制石を外して、逃げられる体力、力は直ぐに得られる。少しは、身体を与えて恩を返すか?“
 そんなことを考えつつ、食事を続ける。メドューサはガツガツと食べながら、
「ゴセイの手料理の方が旨いよ。」
と言ったりした。ゴセイは、彼女の様子を窺いながら食事を続けた。食事が、終わるまで特に話をせず、黙々と3人は食事して、終えた。食後のワインを飲み終わってから、
「その抑制石を取れ、マリア。」
「私の名前は…、これは無理に取ろうとすると首を…。」
「私が名付けた。それから、いいから取れ。」
 再度命じられると、“え?”と思いながら、魔力を集中して、抑制石の力を押さえる、首を締めつけるのを素早く押さえこんでいた。更に、魔力を集中する。その間、長い時間が過ぎたように感じたが、実際はたいした時間ではなかったが。抑制石が割れて、床に落ちて大きな音をたてた。マリアは、荒い息をし、汗が吹き出していた。“体力をかなり使ったな。しばらくまともに動けないな。”
「一息ついたら、これを飲め。気休めくらいにはなるだろう。」
 彼が回復薬の入った小瓶を彼女の前に置いた。マリアは手を伸ばし、息が、少し収まるのを待って一気に飲み込んだ。それを見ながら
「マリア、まだ思い出さないか?」
「?…。」
「メドューサも私が名付けた。彼女は、元歴代最強、最凶の魔王だ。お前は、女神として、私の姉と名乗っていたイシュタルを、破壊と殺戮の魔女として封印させ、結果としてメドゥーサを助け、私をも封印させたのだ。」
「え?・・・。あの時の?」
 彼女は、思い出すと同時に、身体が冷たくなると同時に汗が噴き出した。”しまった。今、闘うどころか動けない!“
「なんで、…。封印されたはず。…」
「あんなもの、すぐ解いた、自らな。」
“今は戦う力はない。殺される?”
「私に復讐するつもりか?それとも、こんな私を笑いたいのか?」
 何とか少しでも時間を稼ごう、と彼女は思った。
「お前がこの境遇になったことに関心はあるが、そんなことは思っていない。私はお前の力が、ほしいだけだ。」
「魔王?お前が人間に使われているのか?どうして?こいつの女に、愛人になって?」
 メドューサの方を見た。彼女は、少し小馬鹿にするような表情で、
「色々と事情があってね。2年前にね、こいつに、会ってね。」
 彼女は、“お前の思い出話など聞きたくないわ!”と思ったが、メドューサは話始めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み