第12話 マリアの思い出6

文字数 5,220文字

「あなたは…、それでも勇者なのですか、何ということを!」
 彼女は青ざめる自分を感じた。
「あの女を、あの魔女を封印されたことで、全てに復讐しようと思っているのですか?」
 ゴセイは穏やかな顔でいた。メドューサはニヤニヤしながら、2人を見ていた。そして、彼の表情が残忍なものに変わった。
「イシュタル、これからはリリスと呼ぶが、あいつと会った時から、これが私の目的だ。嫌か?」
 そう言われて、即拒否しようと思った。しかし、“何のために?”という思いが突然沸き上がってきた。
「私は神ではなくなった。人間達が、私が神であることを忘れてしまった。彼らは、私ではない神々を信じている。人間に必要としされていない我が、人間達に加護とかを与えることを望むのか?」
 自分の考えをまとめるように口にそれが出た。
「それで?」
 ゴセイは、答えを催促した。
「だが、私は神だ、女神だ、最強の戦いの女神だ。そのことは、何ら変わっていない。その私を信仰しない者達に加護を与えたいとは思えない。私を捨てた…、異教徒達には天罰を、殺戮をこそ望む。」
 彼女は、自分自身の言葉に快い響きを感じた。
「ゴセイは、相変わらず甘いね。どうせ従わざるを得ないのに、わざわざ。」
「本人のやる気、適性もあるからな。」
「まあ、わかってから愕然となるのを見たいしね。」
 そういい合いながら、しなだれかかるメドゥーサを受け止めているゴセイに不快さを感じた。
「いつから魔王の誇りを忘れて、人間の愛人になったのだ?」
「こいつは、酷い殺されかたを何度もしていて、不能になっているんじゃないかと思って好奇心で・・・まその時は何度も昇天されまっくたけど…、そ、それはそれで終わったよ。その後、ゴセイが寂しがって僕のベッドに、痛い。」
 ゴセイが彼女の頭を小突いた。“私はお前とは違う。”
「これをやる。」
 彼は、テーブルの上にドンとおいた。聖剣と聖具である腕輪2つだった。
「大した格のものではないが、お前が身に着ければ高位のものになるだろう。」
 マリアは手に取った。懐かしい感触だった。
「今夜。使うことになる。腕はなまっていないか?後で私と練習でもしろ。」
「今夜?」
「私達を殺し損ねた組織が、再度刺客を送ってくるだろう。お前の主人が、文句の使者を出しているだろう、金をかえせとか、どうしてくれるとか。それ以上に、奴らにとっては、商売上の信用にもかかわる失態だ。それを雪ぐため、総力で襲ってくるだろう。最低、自分の身は守ってくれ。お前の主人、元だな、がお前も殺すように言っているだろうからな。」
「それでさ、ゴセイ。今夜の宿泊場所だけど、ちょっと年増の愛人の部屋にしようよ。」
「屋敷の端にある部屋か。あそこなら戦うにはいいか、他に影響もないだろうから、まあいいか。しかし、お前は、それで選んだわけではないだろう?」
 皮肉っぽく尋ねると、メドューサは悪戯を隠す子供のような顔をして、
「お前が選びそうなところだと思っただけだよ。ついでに、大きいベッドが気に入ってはいるけど。」
「今夜だぞ、お客さんが来るのは。」
 笑った。その顔は、少し違う顔に見えた。
「どうせ、深夜になってからだよ。それまで時間があるよ。マリアは隣の部屋でさ、声が漏れない結界を張ればいいんだよ。ああいう部屋では、久しぶりだからさあ。」
 そう言って、彼女はゴセイの腕を自分の胸に押しつけた。呆れたという顔だったが、仕方がない、暖かい顔だった。“ふん。馬鹿らしい。これが、最強、最凶の魔王か。”
「聞いてのとおりだ。その部屋に行くぞ。」
 マリアに向けた顔は、穏やかそうで、先ほどまでの感じはなくなっていた。2人に続いて、マリアも立ち上がった。食堂を扉を開けると、館の主人を呼んだ。彼が侍女と召使いを連れて現れると、ミョウヨウは要求を立て続けに言った。
「直ぐに、部屋を整えろ。汚らしい女の臭いを、残しておくな。」
 離れたところで隠れて見ていた、その部屋の主が、泣いて悔しがっていた。マリアの元主人は、彼女につけていた抑制石がなくなっているのに気がついた。その驚いている顔を見て、
「お前は本当に運がいい。彼女は、既にあれを破壊するだけの力を持っていたのだ。何故、それで逃げなかったか?お前とお前の家族を皆殺しにして逃げられるようになるのを、待っていたのだ。」
 ガタガタと震えながらも、怒りも燃やして、マリアに向かって、
「こ、…この…、恩知らず!」
 ミョウヨウは彼の前に立ち、
「私の仲間を、侮辱しないでもらいたいな。それに、あなたが彼女に与えた、粗末な食事、衣服、寝場所という大恩は、彼女は既に十分返してはずだ。」
 そう言うと彼は向きを変えて歩き始めた。マリアの後ろ姿を、憎々し気に見ていた元主は、その神々しいほどの雰囲気に気がついて愕然とした。そして、
「少し剣の練習をするから、庭を借りる。その間に準備をすませておけ。」
 マリアは彼らの後に従いながら、チラッと元主人を見た。単に彼女は視線を向けただけで、特に感情があったわけではなかったが、その目を見た元主は背筋に冷たいものを感じて腰を抜かした。
 庭の適当な広さの場所を見つけると、木剣を投げ渡した。
「こい。」
 ずっと人の目のないところで、イメージトレーニングを、型を、基礎運動を、続けてきた自負がマリアにはあった。が、思った以上前になまっていた。なかなか、彼には勝てなかった。“なまっているが、こいつも強い。人がここまで達せるのか?”
 それでも、小一時間たつ頃には、互角にまで戦えるようなった。
「ここまでだ。流石に、戦いの女神だ
。」
「人間がここまでやるとはね。」
「40年近く絶えず修練していれば、ここまでやれるさ。」
 部屋に行くと準備は終わってはいなかった。それでも、これで十分か、と思ったのか、侍女達に、もういいから、出て行くように命じた。彼女らがいなくなると、メドューサは大きなベッドの上に、鎧を着たまま飛び込んだ。ゴセイは、夜食を作って来ると言って、この部屋に付属している小さな台所に入った。
「ゴセイの手料理は、さっきの食事より旨いよ。神様?」
 意地悪そうな感じだった。“嫉妬でもしているのか?馬鹿馬鹿しい、私はお前とは違う!”
 ゴセイは、油で揚げた野菜と肉を串に刺したものを持ってきた。メドューサはすかさず彼の手から1本取り、かぶりついた。ゴセイは、1本をマリアに渡した。野菜にも、肉にも下味が漬いていて、香ばしくて美味しかった。夜になり、隣の小さな部屋のベッドに1人入った。隣の部屋でなにがされているのかは何となく、分かった。“売女に落ちおって。憐れみを通り越して腹が立つ。”深夜、“予定通り“庭に人の気配、殺気を感じた。30人以上、いやそれよりはるかに多い、50人以上か、マリアの探知魔法にはそれだけの人間が引っかかった。偽装、不可視結界を張っている者もいる。ところどころで、爆発と閃光が起こった。ゴセイが魔法で罠を仕掛けていたのだ。大した効果はないようだったが、それは予定のことだった。
「半分は、僕がもらったからな。」
“飛び出すのはいいけど、下半身が恥ずかしい状態よ!”と心の中でマリア舌打ちをした。ゴセイが、続いて出た。メドューサは、大きな攻撃魔法を連発した。“それで幻惑、衝撃を与えながら、正確な絞った攻撃魔法を放つ、隙ありと接近してきた者は攻守一体の結界で焼け死に、逃げる者に追いついて拳の、足の一撃を叩きつける。最初の一見大きな魔法攻撃も力を限定した、その後の効果が十分計算されているようだった。流石に最強の魔王というとこらか。”ゴセイは、襲って来る者を左右長剣と短剣の二刀で、次々に切り倒していく。その間に、複数の魔法が気がつかれることなく放たれている。どうして倒れたのか、分からない奴らもいただろう。刺客達は、全員で統一的な攻撃はしてこなかった、せいぜい数人
単位での攻撃性だった。彼らは暗殺者である。その彼らが多人数での連係は経験はなく、大体の配置、役割分担程度だった。
“来たか。”マリアは既に、武装して、たたずんでいた。4人だった。エルフの男、聖騎士崩れと思える男、魔道士の女、小柄な獣人の女。狭い部屋の中で、巧みに半弓で矢が放たれた。騎士の聖剣と獣人の爪が左右同時に襲いかかる。彼らへの援護、動きを予想して放たれる火球。剣と爪を、ほとんど同時としか見えない速さで弾く、迫る矢を軽くよける。矢弧を描いて旋回して彼女に迫るが、彼女の脇を通り越して、騎士と獣人に突き刺さる。2人は大きな叫び声を上げてうずくまる。エルフの魔法をすかさず中和して、彼女が魔法を上書きしたのだ。あわてるエルフの男が次の矢をつがえようとした時には、目の前にマリアがいた。彼女の魔法が込められた拳の一撃で彼は吹っ飛んで、壁にめり込んだ。魔道士の女は、必死になって火球を連発させたが一向に効果が上がらないのに焦っていた。直前に、中和されているのだ。振りかえって剣を振るった。その斬撃で彼女の体は真っ二つになった。何とか立ち上がった2人を、1合も交えず、袈裟懸け、下から切り裂き倒した。外では、
「全員、バラバラにしたよ。」
 ゴセイは最後の一人を、衝撃魔法で吹き飛ばした。動ける者はいなかった。
「無理して、生け捕りにしろとは言わないが、少しは手加減しろ。まあ、私の相手した半分は、まだ息があるからいいが。」
「ごめんよお~、ゴセイ~。」
 メドューサが、すがりつく。
「まあ、いいさ。マリア、お前の方は?」 
「申し訳ありません。全て即死させてしまいました。」
「もう、何やっているんだよ!痛いよ!」
 ゴセイがメドューサの頭を手刀で叩いた。
「仕方がないな。残った奴から選ぶか。」
 そう言って、息のある中の、ある者は止めをさし、ある者は回復魔法かけてやった。それから、館の連中を叩き起こして、刺客の死体を集め、その死体から全てを剥ぎ取らせ、1カ所に集めさせた。それから、館の主人一家を前に、床に直接座らせて、剣を目の前に突き出した。捕虜にした4人に今回のことを語らせた。押っ取り刀で起きてきた市の役人を前にして、
「我妻をも殺そうとした。お前ら一家は皆殺しだ。」
 大人全員は震え上がり、失禁した。市の役人も、仕方がないというサインを送った。しかし、さらにおまけがあった。侍女が、飲み物を持ってきた。一つを取ると、マリアの前に差し出した。
「毒です。」
 直ぐに2人は懐剣を取りだした。1人は、メドューサが即座に頭を拳の一撃で潰された。もう1人は結界に弾かれ倒れた。ミョウヨウは剣を突きつけて、
「命を助けてやる。後残りは誰だ?」
 すると女が答えた。言葉が終わる直前に、3人の男女が魔法の攻撃で、炎上、爆裂、バラバラになって、叫び声をあげる余裕もなく死んだ。
 市の役人は大きな溜息をついた。彼としては、もういい加減にしろ、と言いたいところだった。
「だが、許してやろう。私が必要とした時には、我のために働き、そうでない時は何時でも我が求めることができるように、稼ぎ、働け。」
 彼が剣を収めると、役人の顔はパッと明るいモノになった。刺客達から奪ったもの、命じたところに送り届けること、今度訪れた時、我が求めることをなせ、いいな?」
「え?これで…これだけでいいと?高潔な士というものがどういうものか、よく分かりました。」
 彼は、身を正して、一礼した。準備が終わると、彼らは馬に乗って旅立った。命を助けた刺客達も連れていた。出発後しばらくして、戦士の一団に出会った。
「ミョウ・ヨウの旦那!メドューサの姐さん。」
 先頭の大柄な男が手を上げて呼びかけた。
「こいつらを頼む、仲良くやってくれ。」
「分かりましたよ、まかして下さい。ところで、銀髪の美人は?新しい女ですか?姐さんが怒りませんか?」
「ああ、マリアは、今は戦力だ。メドューサに負けないくらい強いぞ。まあ、将来は分からないがな。」
 男は、ニヤニヤしていたが、関係が分かったらしく、
「マリアの姐さん。よろしくお願いします。アンリと言います。」
 大袈裟に頭を下げた。マリアも、軽く頭を下げた。メドューサは、ゴセイの隣に馬を寄せていた。マリアは、今来た方向に目をやった。ひどく今までのことがあやふやなものに思えてきた。あそこにいた自分は何者なのだろうか。しかし、今、ゴセイの元にいる自分は、元戦いの女神であるマリアだと、はっきり思えた。メドューサを見て、“お前とは違う。お前のようにはならぬ。”と思いながら、ゴセイの元にいようと思った。
「それは長くはなかったわね。」
 マリアは呟いた。
「え?」
「何でもありませんわ。」
 その時、彼女とメドューサを呼ぶミョウヨウの声が聞こえてきた。
「それでは、失礼いたします。七星の勇者様方。」
 そう言ってマリアは、メドューサと先を争うように、ミョウ・ヨウのところに駆けていった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み