第33話 大魔王を倒した

文字数 4,209文字

「ここは、僕に任せて、先に行ってくれ!」
 トーマスが叫んだ。躊躇うことなく、チャールズ、エカテリーナが先に進み、カルロスとフレッドは“早く追い着いてくれよ!”という表情を向けて先に進んだ。トーマスは自分の従者達も先に行かせた。もう、この先に大魔王がいると分かっていたからだ。
「2人も、早く先に行ってくれ!」
とトーマスが叫んだが、シルビアとマーガレットは動かなかった。
 両脇から、彼の後ろから寄り添って耳元で囁いた。
「私達の見ていないところで、浮気しようとしても、駄目ですわよ。」
「何を…。」
 マーガレットに反論しようとすると、
「魔族の女と二人っきりにはさせません!」
 シルビアが耳元で囁くと、もう断念して、正面をしっかりと見た。
「お前が、我が双子の妹を倒した勇者か?我と勝負してもらおうか?」
 大魔王の親衛隊幹部と思われる立派な鎧を着た、魔族の女騎士が、部下たちを率いて立ち塞がっていた。女の顔には、はっきりと、かつて戦った魔族の女戦士によく似ていることは一目でわかっていた。だから、自分が戦わなければならないと感じてもいた。
「大丈夫。一騎討ちをさせてあげますわ。」
「私達が、雑魚の相手をしてあげるから、心配しないでね。」
 狭い廊下で、避けることなく、トーマスと魔族の女騎士は正面から、まともにぶつかった。防御結界を互いに張ってはいたが、それを活かして攻撃を避けながら、相手の隙をついて、防御結界の隙間から攻撃をなどとはしなかった。2人の聖剣と魔剣は、正面から何合も切り結び、魔法攻撃は互いの防御結界の正面からぶつけ合った。どちらの剣が折れるか、防御結界が破れるかという戦いだった。周囲でも、その圧力を感じ、ややもすると押されかけたが、それをものともせず加勢しようとする魔族の戦士達を、マーガレットとシルビアは必死になって相手をした。マーガレットに斬り倒され、シルビアの魔法に押し潰されても、魔族の戦士は臆することなく、勇敢に挑んできた。勇将の元に弱兵なしという言葉のとおり、これだけの兵士を従えた彼女の強さを感じたが、マーガレットとシルビアも、次々突進してくる魔族の戦士達に臆することなく、立ち塞がり、一歩も退かなかった。2人は、トーマスを信じていた。その間、トーマスと魔族騎士は、2人だけの戦いの時間を共有財産していた。“何時まで、戦うつもりだ!”と心の中で叫びながらも、その時間を楽しんでいた。しかし、ついに魔族騎士の防御結界が破れ、トーマスの魔法攻撃が魔族騎士にぶち当たった。彼女が怯んだ時、トーマスの聖剣が彼女の体を切り裂き、返す剣で突き刺した。なおも振るおうとした魔剣が、彼女の手から滑り落ち、床に音をたてて落ちた。
「負けたよ。妹もこの時間を楽しんだのだな。分かるぞ!我が姉妹、お前に感謝する、お前と戦えたことを。私達姉妹は、お前を独占出来た、僅かな時間、だが永遠の時間。」
「僕もだよ。類い希な、魔族の戦士である君達姉妹と戦えたこと、嬉しく思っているよ。その時間は、君達と僕だけのものだった。」
 もっと気の利いた言葉とは思ったが、どうしても出てこなかった。それでも、彼女は弱々しくはあったが、ニッコリして、
「ありがとう、嬉しい言葉だった、この上なく。」
 ガクッと、彼女は動かなくなった。彼女の部下たちは、それでも戦いを挑んできたが、トーマスも加わって、一掃した。
「行くよ、2人とも。」
 直ぐに、両腕が強く抓られた。
「2度目の浮気。大魔王を倒した後、きっちりしてもらいますからね!」
「私達2人だけなんだからね、本当に、もう!」
 意味が分からなかったが、トーマスは駆け、2人は従った。
 「どけー!」
 行く手を阻もうとする魔族の衛兵達を、3人が交互に魔法で倒して進んでいった。時には、魔法に耐え、或いは防御結界を張って凌いだ魔族をトーマスとマーガレットが剣で切り裂き、拳と蹴りで叩きつけて進んだ。
「足でまといにならないでと言ったでしょう!」
 魔法杖で剣を受け止めていたシルビアを見たトーマスが、すかさず駆け付けて、その魔族を斬り殺したのを見てマーガレットが文句を言った。
「私をトーマスが守ってくれたからって、焼き餅を焼かないでよね!」
 そう言いながら、駆けてきた魔族の兵士数人をまとめて氷結魔法で氷漬けにした。どや顔をマーガレットにシルビアが向けると、マーガレットは彼女を睨みつけたが、直ぐにトーマスのそばに歩み寄って、寂しげな表情を見せつけた。
「2人とも…、急ぐぞ!」
“2人とも、こんなキャラだったっけ?”少し怖くなる気持ちを振り払って、トーマスは駆けた。その彼に2人は離れずについていった。
「大魔王を倒した!」
という声はまだ聞こえない。エカテリーナ達が先に行ってかなりたつ。かなり苦戦をしているのではないか、と心配になった。大魔王のいる大広間に入ると、堂々とした体躯の虎耳の獣人型魔族の大魔王が部下たちを従えて立っているのが見えた。チャールズが、のろのろと起き上がろうとしていた。フレッドが、エカテリーナに回復魔法をかけていた。その周囲を10人ばかりの男女が守っていた。カルロスと10人ほどが、所狭しと、大魔王の親衛隊を相手に戦っていた。従者達も正騎士達の多くが倒れているのが見えた。その数倍の魔族が倒れてはいたが。チャールズを援護するように、トーマスとマーガレットが大魔王に向かった。シルビアは、その2人を援護する魔法攻撃を放ちながら、エカテリーナ達のところに走った。
「う!」
「く!」
 大魔王の振り下ろした魔剣をトーマスが受け止めた。その隙に、マーガレットが斬りつける。しかし、その一撃ではかすり傷もつけられなかった。魔王の剣が、今度はマーガレットを襲う。すかさずトーマスがその間に入る。ガシン、という音だったような気がしたが、凄い力だったが、トーマスは、それを自分の聖剣で受け止めた。すかさずマーガレットが、火球を至近距離で数発まとめて撃ちこみ、続けて斬りつける。相手を変えようと動いた大魔王にトーマスが衝撃弾を撃ちこみ、続いて斬りつける。大魔王は、一歩退き、態勢を立て直そうとする。そうはさせずと、2人は攻撃を続けようとしたが、火球が多数飛んできて、それを剣と防御結界で、叩き落とし、弾き返したが、動きが止まった。大魔王の側近のトカゲ、本人曰く竜顔だったそうだが、魔道士の大魔王への援護射撃だった。その機を逃さず、大魔王は特大の雷電球を作り出して、2人に向かって飛ばした。
「危ない!」
 シルビアが叫んだ。同時に、2人の前に、防御結界を作り出した。それに、雷電球がぶつかると大きな衝撃が起こった。しかし、防御結界はそれによく耐え、2人は無事だった。さらに、シルビアが、大魔王に大きな光の矢を放った。魔鎧にぶつかり、その矢は光の玉となり、衝撃波が大魔王に注いだ。大魔王は、何とか耐えたものの、かなりの消耗をしたのが分かる。
「今よ!」
 叫ぶと同時に、シルビアが床に崩れた。二つの大きな魔法とエカテリーナ達への回復魔法でかなり消耗したのだ。フレッドが彼女の前に立ち塞がって、
「彼女は僕に任せてくれ。君達は大魔王を!」
 2人は、頷いて大魔王に向かった。
 大魔王との一進一退の戦いが続いた。
「どきなさい!」
 エカテリーナの声で、2人は大魔王から離れる。エカテリーナの光球が多数放たれていた。大魔王は、まともに受けた。かなり打撃が与えたが、大魔王はまだ倒れなかった。
「俺にまかせろ!」
 ようやくチャールズが復活して、飛び込んできた。一瞬、大魔王を追い詰めるが、大魔王の親衛隊が割って入り、彼らの加勢で態勢を立て直した大魔王はチャールズに激しい攻勢に出る。今度は、チャールズが、防戦一方になる。そこにカルロス、トーマス、マーガレットが加わり、大魔王の親衛隊を押し返し、エカテリーナ、シルビア、フレッドが、火球や雷電球やらを大魔王に放つ。リチャードは、その援護で、大魔王に斬り込むが、攻めきれない。
「このままで、新手の魔族の兵が駆け付けてきたら。」
 エカテリーナは、仲間の数をかぞえて、焦って、思わず口に出してしまった。大魔王も同じだった。
「四天王達はまだか!」
 伝令と思われる魔族兵が飛び込んできた。
「四天王殿達は全滅、敵の先陣が既に本丸に突入しております。ここにつくのも、時間の問題です!」
 それを耳にして、チャールズは、焦ったように攻勢に出たが攻めあぐねた。
「トーマス、マーガレット。お願い、チャールズを援護して。」
 エカテリーナが、初めて他人にお願いした。このままでは、チャールズを失うだけで、大魔王を倒せないと判断したのだ。2人はうなずき合った。シルビアが、必死になって援護射撃をする。
「チャールズ。隙をついて、大魔王にとどめを刺してくれ!」
 トーマスの言葉に戸惑っている彼に、
「大魔王にとどめを刺すのは、あなただって、と言ってあげているのよ!」
 マーガレットが叱りつけるように言った。
「チャールズ!しっかりなさい!」
 エカテリーナが命令調で叫んだ。同時に特大の火球を作って飛ばした。
「俺も手伝うぞ!」
 まだ残る親衛隊を相手にしていたカルロスが、奪った魔槍を続けざまに大魔王になげた。魔槍の一本が刺さった。トーマスとマーガレットの火焔魔法を込めた聖剣に斬られて、ついに膝をついた大魔王の上に、シルビアとエカテリーナ、フレッドが力を合わせた雷電球が落ちてきた。何とか耐えたものの、
「これで終わりだ!」
 渾身の力を、聖剣に込めたチャールズの一撃がきた。頭から、体の半ばまで、大魔王は斬られた。それでも、まだ大魔王は生きていた。トーマス達はまだ、攻撃を加える。渾身の力を使って、体力も、魔法力も大量に消耗して、今までになく重く感じる体を気力だけで動かし、聖剣を振りかざした。
「これでどうだ!」
 チャールズの、その渾身の一撃で完全に大魔王は死んだ。誰も、大魔王を倒したとの叫びをあげる気力はなかった。
「お見事です。七星の勇者様。大魔王をついに打ち取ったのですね。」
 いつの間にか、ヨウ達が大広間にいた。メドゥーサも、マリアも当然、両脇に立っていた。彼は、七星の勇者達に頭を下げた後、振り返って彼らに対する監視役の正騎士を見た。正騎士ははっとして、自分が何をすべきか理解した。
「大魔王は、七星の勇者様達が倒されたぞ!」

 
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