第6話 ハイエルフの悪党

文字数 3,844文字

 その日の朝食の時に、フレッドが、いないことを不安に思ったトーマスだったが、シルビアと共に、ヨウ達の宿に向かった。ロドリゲスも交えた話しあいが、昨日行われた。ようは、ヨウを、彼の率いる部隊を大魔王軍との戦いへの協力を求めるというものだった。彼が、他国とはいえ、貴族であるというのが分かった以上、それなりの依頼の方法があるということだ。
「ずいぶん無礼なことを、言いましたからね。」
 カルロスが人ごとのように指摘した。チャールズが渋い表情で、
「貴族といったって、成り上がりじゃないか。」
 そのリチャードが貴族ではあるが、父の代で貴族になったばかりの家柄であることは誰もが知っていたが、敢えて指摘しなかった。しかし、ロドリゲスは楽観的だった。
「今は、個人的な旅の途中、とのことですからな、こだわりはないのではないですかな。それに、そのようなことは気にする男ではありませんし、不肖、この私が頼んでみましょう。」
と引き受けた。彼を呼び出すことになったが、曲がりなりにも、頼む側が呼びつけるのは無礼、相手が異国の貴族であるからなおさらである。だから、七星の勇者から迎えに行くべきではないか、ということになった。トマスがそれにあたることになった。王族に連なるエカテリーナとマーガレット、貴族のチャールズ、それとは反対に庶民、裕福な商人ではあったが、のカルロスはそれぞれ不相応。由緒ある、中流階級であるトーマスが適当だということになった。シルビアも、似たような階層であることから同行することになった。
 フレッドは、既にヨウのところに来ていた。いつも穏やかで、話し合いの時は、常に常識的な、冷静な意見を言う彼から、異常な殺気がその後ろ姿からも感じられた。ちなみに、エカテリーナとマーガレットは対立することが多く、最終的には意外にトーマスの意見が通るが、カルロスが突っ込みを入れ、フレッドが解説と解釈を述べ、現実的に直したりして完了する。チャールズは、最後まで文句を言い、シルビアがやんわりと意見を言う。それが常だった。
 異様な雰囲気に感づいたトーマスが急いで駈け寄り、
「フレッド!何をしているんだ!」
 フレッドは、その声で振り返って、少し離れて、宿の前に立っている妖艶なハイエルフの女を指さした。
「あいつは、僕の村を焼き払った奴なんだ!母も、妹も、弟も、姉も、父も、その時死んだんだ!」
 目は血走っていた。止めても、止められないというところだった。
「お前がやったのか?ユダ?」
 ヨウが、いつの間にか、彼女の横に立っていた。呆れたような顔で尋ねた。そして、さりげなく、彼女を守るような位置に立っていた。
「多分そうだろうさーねえ。忘れちまったけど~な、昔のことは、いっぱい同じことをしていたからね~。」
「本当に悪党だったんだな?お前というやつは。」
「それを知っていて、旦那はアタイを助けたんだろう?」
 彼女は、彼に手を差しのばしかけたが、彼に睨まれ、背後に凄まじい殺気を感じて、慌てて手を引っ込めた。
 ヨウは、フレッド達の方に向かい合った。
「七星の勇者様の言われことは、事実でしょう。このハイエルフは、確かに悪党でした。それ故刑罰を受け、私が引き取ったものです。しかし、それであっても、引き渡しは出来ません。我が、部下としてひきとったのですから。それ以来、こいつには悪事は働かさせてはおりません。それで罪が、帳消しになるものではありませんが、同じ立場であれば、七星の勇者も引き渡さないでしょう?」
「その旦那のせいで、悪事のやり方も、すっかり忘れちまったよ。」
 悪びれもせずにユダは、めんどくさそうに付け加えた。妖艶な笑みさえ浮かべていた。
 フレッドが落ち着いたように見えたので、トーマスは安心したのもつかの間、フレッドが、前に飛び出して光の剣を現出させて放った。彼の必殺の攻撃魔法で、しかもほぼ全力だとトーマスには分かった。彼がこの技を出す時は、長い詠唱が常であるから、不意を打たれた。多分口の中で唱えていたのだろう。それはユダに向かった。ヨウがユダをとっさに突き飛ばして、庇った。光の剣が彼を突き抜け、おびただしい血が噴き出した。彼は傷口を押さえるようにしてうずくまった。“これはもう駄目だ。”とトーマスは思った。
「ぐ!」
 苦しむ、うめき声に気が付くとフレッドが首を掴まれて持ち上げられていた。いつの間に現れたのか、メドゥーサだった。その表情は、怒りがあふれていた。
「この馬鹿!」 
 ヨウの元に歩み寄ろうとしたユダが、マリアに突き飛ばされて、地面に倒れた。トーマスは、フレッドを助けようと剣に手をかけたが、突然目の前に現れた大柄な体が立ち塞がった。センリュウだった。彼も首を掴まれて持ちあげられてしまった。苦しさにもだえながら、至近距離から火球をぶち込んだが、彼女は全く効かないかのように、微動だにしなかった。さらに威力を増してものを放ったが、変わらなかった。
「トーマス!」
 二人の少女が、絶妙なハーモニーで叫んで、殆ど連係した、彼女らの最大攻撃魔法を放った。雷撃と氷の無数の槍、しかし、それは途中で消滅してしまった。センリュウが即座に張った防御障壁により中和されたのだ。 
「え?」
 一瞬唖然としたが、
「続けていくわよ!」
「分かっているわよ!何度でもやってあげる!」 
と再度、連携のとれた叫び声が上がった。
 その時、斬撃にのせた魔法と鉄をも切り裂く風の渦の攻撃魔法がメドゥーサに向かって放たれた。チャールズとエカテリーナだった。騒ぎを感じて、慌てて駆けつけて来たのだ。彼女はそれを片手で弾き返した、いとも簡単にだ。大魔王軍の小隊程度なら丸ごと全滅させる威力がある、それをだ。七星の勇者達の従者達も武器を手に取って身構えていた。ヨウの部下達も得物を手にして集まって来ていた。ユダも立ち上がって弓を、構えていた。
「放してさし上げろ!」
 その声は、ゴセイ・ミョウ・ヨウだった。しっかりとした声だった。自分自身の血で全身が汚れていたが、既に血は噴き出してはいなかった。なんともなかったのように、立ち上がっていた。片手をあげて、自分の部下を制していた。マリアが少し心配気味な表情で傍らに立っていた。“何度…馴れませんわ…。”
 カルロスが、マーガレット、シルビア達の方を向き、両手を上げて、武器を収めるように合図した。ドサッと、トーマスとフレッドが地面に落ちた。苦しそうに、うずくまって荒い息をした。マーガレットとシルビアがトーマスに駈け寄る。カルロスが前に出て、メドゥーサとセンリュウ、そして、ヨウの方を向いて一礼した。ヨウが答礼すると、カルロスはフレッドの方に歩み寄り、身をかがめて彼の具合を窺った。
 ヨウ達は、背を向けて去って行った。
「旦那が、不死身だということとを忘れていたよ。心配して損したよ。」
 ユダのつぶやきに、
「それでも、酷く痛かったんだぞ。」
 ゴセイは、ユダの頭を少し強く小突いた。ユダは、少しばかり痛がって見せた。その後、メドューサ、マリア、センリュウから、散々と小突き回されることになった。
 この一件の騒ぎのため、話しは当面、ロドリゲス卿に進めてもらうことになった。彼は、一も二もなく、心よく引き受けてくれた。エカテリーナは、従者達にヨウ達を探るよう命じたが、マーガレットは、それを察知して、トーマスとカルロスに伝えて、不満と不信をぶちまけた。
「マーガレット。あなたの言うとおりだと思うわ。彼女の従者達は、ちょっと問題があると思うの。後から、報告させましょう、聞き出しましょう、エカテリーナから。ところで、そろそろトーマスを解放させてくれない?彼、死にかけたんだから、早く休んだ方がいいと思うのよ。」
 シルビアが、珍しくマーガレットに賛成しつつ、冷静な判断で諭すように言った。心の中では、早くトーマスの部屋から出て行って、と手をひらひらしていた。
「私に同意してくれて嬉しいわ。あなたの言うことにも、全然同意よ。だから、彼の、トーマスの看護は私がするから、あなたは早く休んだ方がいいわよ。」
 二人が睨み合って、どちらも一歩も引かないつもりだ。進退窮まっている彼の味方が部屋の入り口に現れた。フレッドだった。
「ごめん。ノックしたんだけど。」
「いいんだよ。君は大丈夫か?」
 流石に二人は少しトーマスから離れた。
「僕は大丈夫だよ。それより、疲れきっていた君に、こんな目に遭わせてしまって悪かったと思っているよ。僕の短慮でみんなに迷惑をかけてしまって申し訳なかった。すまない。謝りたかったんだ。マーガレットも、シルビアも、ごめん。」
 彼は深々と頭を下げた。
「いいんだよ。」
「トーマスが無事だったからいいのよ。」
 少女二人は、また、ハモッた。
「こんな簡単な詫びでごめん。いつか行動で償いたいと思っているから。エカテリーナ達にも、謝りに行かないと。じゃあ、明日。」
 救世主は行ってしまうのか?と絶望した時、フレッドが振り返った。“神は見捨てなかった!”と心の中で叫んだ。
「何か違和感を感じないか?上手く言えないけど。」
 彼は少し恐怖を帯びた表情だった。そういう感じをトーマスも感じてはいた。
「ああ、ぼくもだよ。でも、気のせいだと思うけど。」
「そうか。何か感じたら教えてくれよ。ぼくも教えるから。じゃあ、明日。」
 今度こそ、救世主は行ってしまった、フレッドは二度と振り返らず、その背は廊下を曲がって消えてしまった。
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