◆第三十三話 素数と入れ子構造

文字数 2,411文字

「なにか思い当たることがあるんですか?」
 レオナルドは横を向き、尋ねる。
「うん。世の中にはね、素数ゼミ、周期ゼミなどと呼ばれる、周期性の繁殖期を持ったセミがいるんだ」
「知ってるぜ。北米の東部にいて、十三年とか十七年に一度、大発生するセミのことだろう」
 得意げにBBが知識を披露する。
「BB、ここは専門家の話を聞こう。アルベルトさんは生物学者なんだから」
 独演しようとするBBを、クレイグがやんわりと止める。苦笑しながらアルベルトが説明する。
「そうだよ、よく知っているね。ただ、正確に言うならば、十三年や十七年、土の中で生活しているセミのことになる。大発生するわけでなく、そのタイミングで地上に出てきて繁殖するんだ」
「その時期以外は、地下にいるんですか?」
 レオナルドの質問に、アルベルトはうなずく。
「ああ。そして一つの地方には、一つや二つの年次集団しかいない。年次集団というのは、特定の周期で地上に出てくるグループのことだよ。学校の同学年みたいなものさ」
「聖地からは、セミの化石が多く出てきましたね。化石のセミは七年周期だったんでしょうか?」
「その答えの前に少し、普通のセミの話をしよう。普通のセミは、明確な周期性を持っていない。飼育した実験結果によると、同じ種であっても、生育状態によって五年で地上に出てきたり、六年で地上に出てきたりする。だいたい五年から八年ぐらいのあいだ、地下で生活する種が多い。そうした生態を持つセミが、七年という周期の独立した種になるには、他から隔離された特殊な環境が必要だね」
「大陸から離れているリベーラ島には、七年周期のセミがいた。そして先住民は、そのセミを知っていたということですか?」
 アルベルトは笑みを浮かべる。
「実は僕も知っている。今もそうしたセミがいるからね」
「えっ」
「この島固有のイシキリゼミだ。七年というのは、素数ゼミとしては極めて短い周期になるけどね」
 レオナルドは目を見開く。祖父母の家に飛び込んできたセミ、そして化石とそっくりだったセミ。あのセミは七年周期の素数ゼミだったのか。
「僕は島に来てから、リベーラ島に関わる様々な論文を読んだ。イシキリゼミについての研究もあった。化石のセミと大きさが違うけど、先住民は同一視していたんじゃないかな」
「それで、イシキリゼミと呪術は、どう関係しているんですか?」
「それは僕には分からないね」
 アルベルトは、呪術については門外漢だ。レオナルドは腕を組んで考える。リベーラ島の文明の本質は、素数と入れ子構造だ。そして先住民たちは、時間をフラクタルな構造を持つ螺旋だと考えていた。七年周期のセミに、四十九年目に起きる滅びの呪術。
 なにもアイデアが出ず、全員が押し黙る。突破口はないかと悩んでいると、クレイグが口を開いた。
「数字の一桁、二桁、三桁というのは、入れ子の一種だよね? 十個のボールを入れた箱を十個集めると百になる。小さい頃に、そう教わった記憶があるよ」
 いつもそうだ。話が行き詰まったときに新しい道を示すのは、決まってクレイグだ。BBとアン・スーの表情が明るくなる。
「七進数で、七は十、四十九は百になるわ」
 アン・スーが告げる。
「ねえ、レオ。どういうこと?」
 マリーアの質問に、レオナルドは答える。
「普段僕たちが使っている数字は、一から数えて十で桁が上がる。こうした十ごとに桁が上がる数のことを、十進数というんだ。七進数は、七で桁が上がる数え方だ。プログラマがよく使う二進数は、二で桁が上がる数え方になる」
 マリーアは不思議そうな顔をする。
「そうか。そういうことか!」
 BBが、大きなアクションとともに声を出す。
「呪術の構造がようやく分かった!」
 BBの発言に、全員が注目する。
「先住民たちは、素数の周期を持つ生物を、呪術の起点にした。そして、その進数の桁が上がると、時間の入れ子構造が発生すると見なした。今回は、七進数の素数ゼミを使い、桁が上がる四十九年目に発動する呪術を、組み立てたというわけだ」
「でも、なんで七進数なの? 素数なら、五も三も二もあるし、十一や十三もあるよね」
 疑問に思ったので尋ねる。
「おそらく、大きな素数ほど呪術の力が強いんだと思う。ただ、大きすぎても困ることになる。七の次の素数は十一だ。十一進数の桁が上がるのは百二十一年。人間が生きているあいだに呪術が発動しなくなる。
 それに、アン・スーが解いた入れ子の素数は、三、七、百二十七だった。その中にあるというのも関係しているんじゃねえのか。これらの数を、先住民が特別な値だと見なしていた可能性もある」
 レオナルドは、BBの話を熱心に聞く。BBはさらに説明を続ける。
「先住民は時間というものを、入れ子構造を持つ螺旋だと考えていた。そして時の螺旋の、ある地点から別の地点に移動できると信じていた。今回の呪術は、他の時代と現代を接続するものだと、俺は推測する」
「繋いでどうするの?」
「呼び出すんだろう」
「なにを?」
「呪術の起点となった時代の生き物をだよ」
「どういうこと?」
「フランシスコ・イバーラは、虫の卵という石を飲んだんだろう。それって化石じゃねえのか? ディエゴがやろうとしているのは、化石時代のリベーラ島と、現在のリベーラ島を接続して、二つの時代を重ね合わせた状態にすることだと思う」
「そんなことをして、どうするの?」
 レオナルドの問いに、BBはにやりと笑う。
「当時の巨大で凶暴な虫を呼び出して、この島の住人を襲わせるんだよ。おそらくリベーラ島には、呪術の力の源になる、なにかがある。その強大な力で、呪術の効果を現実世界に適用する。俺の推測どおりなら大量の虫が現れて、ぱーっと派手に島の人間たちを食い殺すぜ」
 BBは、自分の考えに満足した顔で言った。
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