◆第五十一話 裏門の強欲なる門番
文字数 3,654文字
レオナルドたちは、兵士たちが使っている迷彩服に着替え、ブーツに履き替えた。レオナルドは、こうした服を着慣れていないために落ち着かなかった。
ジープに乗り込み出発する。屋敷の敷地の森を走っていく。運転席にはアルベルトが、助手席にはレオナルドが、後部座席にはマリーアが座っている。ヘッドライトの光が、暗い森を切り裂く。車は細い道を進んでいく。
二メートル近くあるトンボが、ドアガラスに勢いよく激突した。その衝撃でガラスが割れて、助手席に降り注ぐ。レオナルドは驚いて悲鳴を上げた。肉食のトンボは、窓枠に取りつき、鋭い大顎でレオナルドに襲いかかる。レオナルドは助手席の上で体を反らして、間一髪避ける。すぐさま猟銃を手に持ち、トンボに向けて引き金を引いた。トンボの頭部が吹き飛ぶ。しかし、トンボの動きは止まらない。窓枠に取りついたまま暴れている。レオナルドは銃床を窓に向け、勢いよくトンボの体に叩きつける。窓枠から離れたトンボの死骸は、闇の中へと消えていった。
「レオくん。虫が入ってきたら応戦してくれ」
「そのつもりです」
猟銃を抱え、レオナルドは周囲を警戒する。闇の中、ヘッドライトをつけて走っている。虫に集まって来いと言っているようなものだ。ラグビーボールほどの甲虫が、何度かフロントガラスに激突した。車の屋根に、なにかが落ちた。割れた窓から、バットほどの太さのムカデが進入してくる。慌てて銃床で叩きつぶした。
「裏門が見えて来たわ」
しばらくしたところで、マリーアが、前方を指差しながら声を出した。視界の先に、白い壁の一部が見える。どうにか裏門までたどり着けそうだ。このまま車で行けるところまで行こう。そして本格的な探険行を開始しよう。
出口に近づいたところで、アルベルトが急にブレーキを踏んだ。裏門の前に、木製のバリケードが置いてあった。
「やった、引っかかったぜ!」
森の中から声が聞こえた。暗がりから、猟銃を持った男たちが現れる。
「ほらな。裏門を押さえておけば、そこから逃げる奴が来るって言っただろう」
男の一人が自慢げに話す。
「出て来やがれ!」
ドアを蹴る音が響く。どうするか迷っていると、左右から猟銃を突きつけられた。
「銃を捨てろ。手を頭の上にやって、ゆっくりと車から降りろ」
男は四人いた。猟銃で反撃しても、一人を撃つあいだに、残りの男たちにやられてしまう。レオナルドは、アルベルトに目でどうするか尋ねる。従った方がいい。このままでは発砲される。アルベルトは視線でそう答えた。
厄介なことになった。車から降りたレオナルドたちは、持ち物を全て奪われた。そして見張りを一人つけられ道沿いに立たされた。
「金目のものはあったか?」
男たちはジープを探っている。
「しょっぱいな。なにもねえ。唯一、金に換えられそうなのは、ダイナマイトぐらいだな。でもこれ、質屋に持っていっても売れるのか?」
「うーん、どうだろうな」
男たちが不満げに話す。現金でもあればよかったが、ずっと屋敷内で暮らしていたから持ち歩いていない。このままでは腹いせに殺されかねない。
「うん?」
銃を持った見張りが首を動かした。屋敷の方から車の音が聞こえてきた。レオナルドも顔を向ける。ヘッドライトの明かりが見えた。
「へっ、また鴨が来たぜ」
見張りの男は仲間を呼んだ。彼らはジープを動かして道を塞いだ。
「おまえらは大人しくしていろ」
茂みに押し込まれて地面に腹ばいにさせられる。猟銃を突きつけられているから従うしかない。虫がいないか周囲に視線を走らせる。とりあえず見当たらないが、どこから飛び出してくるか分からない。
音が徐々に近づいてくる。光が次第に強くなってきた。腹ばいなので車は見えない。大きなブレーキ音に続き、激しい激突音がした。スピードを出していたのだろう。暗闇の中、ジープが停まっているのは想定外だったはずだ。
レオナルドは顔を上げて様子を探る。車は横に滑り、ジープに激突していた。
「ひゅー、派手にやってくれたな」
「おい、金目のものを出せ」
銃を持った男たちが車の周りに集まる。フロントガラスも窓ガラスも割れているのが目に入る。
「どうした? 死んじまったのか?」
男の一人が怪訝そうに言い、車内を覗き込む。その瞬間、自動小銃の連射声が鳴り響いた。レオナルドは地面に転がったまま、耳を押さえて目をつぶる。音はすぐにやんで静かになった。
「レオナルド、出て来い!」
ギレルモの声だ。レオナルドは驚き、顔を上げる。待ち伏せしていた者たちは、全員死体になっていた。車から男が降りてきた。フランシスコ・イバーラを崇拝するロボット工学者が、自動小銃を持って立っていた。
無事だったのか。しかし、どうしてここが分かったんだ。おそらく、カルロスから目的地を聞いたのだ。レオナルドたちはカルロスの前で、陥没穴へ行くと話した。正門から出て行けないなら裏道を利用する。マリーアと同じ結論にいたるのは当然だ。
ギレルモが歩いてきて、茂みの手前で止まった。ギレルモは銃口をレオナルドたちに向けている。
「そこから出ろ」
声は怒りに覆われている、左目は血走り、右目に巻いた包帯は赤く染まっている。今にも引き金を引きかねない様子に、レオナルドは戦慄する。
「僕は先を急がなければならない。呪術を止めるためだ」
「おまえは、イバーラさまを殺した!」
ギレルモの叫びにレオナルドは全身を硬直させる。ギレルモはフランシスコを神と崇めている。その神の命を絶った相手を憎むのは当然だ。
「聞いてくれ、ギレルモ。イバーラさんは望んで撃たれたんだ」
「黙れ!」
叩き伏せるようにギレルモは怒鳴る。
「イバーラさまが銃を出したとき、俺は即座に断った。おまえは銃を受け取った。おまえは初めからイバーラさまを殺害する気だったんだ!」
レオナルドは押し黙る。なにを言っても無駄だ。ギレルモは激情に駆られている。
「おまえを殺してやる。イバーラさまの仇討ちのために、おまえを蜂の巣にしてやる」
「やめなさいギレルモ!」
制するアルベルトを無視して、マリーアが立ち上がって怒鳴った。
「おじいさまは既に死にかけていた。おじいさまを殺したのは、レオじゃなくてセミよ! それに、おじいさまが命じたことよ。あなたに、とやかく言われる筋合いはないわ!」
激しい銃声が森に響いた。
ギレルモが空に向けて自動小銃の引き金を引いた。マリーアが、蒼白な顔でへたり込む。アルベルトが慌ててマリーアの体を支えた。
「イバーラさまと血の繋がっていない小娘は黙っていてもらおうか。だが、イバーラさまの遺志を尊重しろという意見はもっともだ。レオナルド。おまえに、一度だけチャンスを与えてやる」
「チャンス?」
レオナルドは訝しがる。このまま逃がしてくれるのか。しかし、そんな甘いことは言いそうもない。いったい、どうするつもりなんだ。レオナルドは緊張してギレルモの言葉を待つ。
ギレルモは腰から一丁の拳銃を抜いた。そして弾を一つだけ残して全部抜き、マガジンを戻した。ギレルモは自動小銃を構えて、レオナルドに拳銃を放る。暗闇の中、取り落としそうになったレオナルドは、慌てて銃をつかんだ。
「その銃には一発だけ弾が入っている。今から五分やる。そのあいだに森の中に隠れろ。五分後に俺はおまえを追う。決闘をしてやる。もし俺を倒せば、おまえは自由になる。倒せなければ、俺に殺されて森に屍をさらすことになる」
レオナルドはギレルモを見上げながら考える。こちらはたった一発の弾丸。相手は自動小銃だ。話にならない。蜂の巣にされてしまう。これは狩りだ。相手をなぶり殺すために、わざとわずかな希望を与えているのだ。
「さあ、行け」
ギレルモは銃を構えて促した。ギレルモは体を動かし、地面に転がっている猟銃や拳銃を拾い集めて脇に抱える。アルベルトの助けを借りることはできない。自分一人で戦うしかない。
「アルベルトさん。僕がもし死んだらあとを頼みます」
「レオくん!」
アルベルトは険しい顔をする。レオナルドは、無理矢理笑みを作った。
「じゃあ、行ってきます」
レオナルドは森に向かって足を踏み入れる。
「五分だ!」
ギレルモの怒鳴り声が響く。
レオナルドは森を進み始める。自分は生きて帰れるのか。いや、生きて帰らなければならない。そうしなければ島は終わる。レオナルドはそのことに気づく。
陥没穴への移動は、途中から徒歩になる。アルベルトとマリーアだけで、荷物を運んで縦穴まで行くことは困難だ。人数が要る。レオナルドが死んだあと、ギレルモが協力してくれるとは到底思えない。
自分の仕事を全うしなければならない。島を救うために、フランシスコとの約束を守るために、ギレルモを倒す。レオナルドは覚悟を決め、緊張しながら森の奥へと入っていった。
ジープに乗り込み出発する。屋敷の敷地の森を走っていく。運転席にはアルベルトが、助手席にはレオナルドが、後部座席にはマリーアが座っている。ヘッドライトの光が、暗い森を切り裂く。車は細い道を進んでいく。
二メートル近くあるトンボが、ドアガラスに勢いよく激突した。その衝撃でガラスが割れて、助手席に降り注ぐ。レオナルドは驚いて悲鳴を上げた。肉食のトンボは、窓枠に取りつき、鋭い大顎でレオナルドに襲いかかる。レオナルドは助手席の上で体を反らして、間一髪避ける。すぐさま猟銃を手に持ち、トンボに向けて引き金を引いた。トンボの頭部が吹き飛ぶ。しかし、トンボの動きは止まらない。窓枠に取りついたまま暴れている。レオナルドは銃床を窓に向け、勢いよくトンボの体に叩きつける。窓枠から離れたトンボの死骸は、闇の中へと消えていった。
「レオくん。虫が入ってきたら応戦してくれ」
「そのつもりです」
猟銃を抱え、レオナルドは周囲を警戒する。闇の中、ヘッドライトをつけて走っている。虫に集まって来いと言っているようなものだ。ラグビーボールほどの甲虫が、何度かフロントガラスに激突した。車の屋根に、なにかが落ちた。割れた窓から、バットほどの太さのムカデが進入してくる。慌てて銃床で叩きつぶした。
「裏門が見えて来たわ」
しばらくしたところで、マリーアが、前方を指差しながら声を出した。視界の先に、白い壁の一部が見える。どうにか裏門までたどり着けそうだ。このまま車で行けるところまで行こう。そして本格的な探険行を開始しよう。
出口に近づいたところで、アルベルトが急にブレーキを踏んだ。裏門の前に、木製のバリケードが置いてあった。
「やった、引っかかったぜ!」
森の中から声が聞こえた。暗がりから、猟銃を持った男たちが現れる。
「ほらな。裏門を押さえておけば、そこから逃げる奴が来るって言っただろう」
男の一人が自慢げに話す。
「出て来やがれ!」
ドアを蹴る音が響く。どうするか迷っていると、左右から猟銃を突きつけられた。
「銃を捨てろ。手を頭の上にやって、ゆっくりと車から降りろ」
男は四人いた。猟銃で反撃しても、一人を撃つあいだに、残りの男たちにやられてしまう。レオナルドは、アルベルトに目でどうするか尋ねる。従った方がいい。このままでは発砲される。アルベルトは視線でそう答えた。
厄介なことになった。車から降りたレオナルドたちは、持ち物を全て奪われた。そして見張りを一人つけられ道沿いに立たされた。
「金目のものはあったか?」
男たちはジープを探っている。
「しょっぱいな。なにもねえ。唯一、金に換えられそうなのは、ダイナマイトぐらいだな。でもこれ、質屋に持っていっても売れるのか?」
「うーん、どうだろうな」
男たちが不満げに話す。現金でもあればよかったが、ずっと屋敷内で暮らしていたから持ち歩いていない。このままでは腹いせに殺されかねない。
「うん?」
銃を持った見張りが首を動かした。屋敷の方から車の音が聞こえてきた。レオナルドも顔を向ける。ヘッドライトの明かりが見えた。
「へっ、また鴨が来たぜ」
見張りの男は仲間を呼んだ。彼らはジープを動かして道を塞いだ。
「おまえらは大人しくしていろ」
茂みに押し込まれて地面に腹ばいにさせられる。猟銃を突きつけられているから従うしかない。虫がいないか周囲に視線を走らせる。とりあえず見当たらないが、どこから飛び出してくるか分からない。
音が徐々に近づいてくる。光が次第に強くなってきた。腹ばいなので車は見えない。大きなブレーキ音に続き、激しい激突音がした。スピードを出していたのだろう。暗闇の中、ジープが停まっているのは想定外だったはずだ。
レオナルドは顔を上げて様子を探る。車は横に滑り、ジープに激突していた。
「ひゅー、派手にやってくれたな」
「おい、金目のものを出せ」
銃を持った男たちが車の周りに集まる。フロントガラスも窓ガラスも割れているのが目に入る。
「どうした? 死んじまったのか?」
男の一人が怪訝そうに言い、車内を覗き込む。その瞬間、自動小銃の連射声が鳴り響いた。レオナルドは地面に転がったまま、耳を押さえて目をつぶる。音はすぐにやんで静かになった。
「レオナルド、出て来い!」
ギレルモの声だ。レオナルドは驚き、顔を上げる。待ち伏せしていた者たちは、全員死体になっていた。車から男が降りてきた。フランシスコ・イバーラを崇拝するロボット工学者が、自動小銃を持って立っていた。
無事だったのか。しかし、どうしてここが分かったんだ。おそらく、カルロスから目的地を聞いたのだ。レオナルドたちはカルロスの前で、陥没穴へ行くと話した。正門から出て行けないなら裏道を利用する。マリーアと同じ結論にいたるのは当然だ。
ギレルモが歩いてきて、茂みの手前で止まった。ギレルモは銃口をレオナルドたちに向けている。
「そこから出ろ」
声は怒りに覆われている、左目は血走り、右目に巻いた包帯は赤く染まっている。今にも引き金を引きかねない様子に、レオナルドは戦慄する。
「僕は先を急がなければならない。呪術を止めるためだ」
「おまえは、イバーラさまを殺した!」
ギレルモの叫びにレオナルドは全身を硬直させる。ギレルモはフランシスコを神と崇めている。その神の命を絶った相手を憎むのは当然だ。
「聞いてくれ、ギレルモ。イバーラさんは望んで撃たれたんだ」
「黙れ!」
叩き伏せるようにギレルモは怒鳴る。
「イバーラさまが銃を出したとき、俺は即座に断った。おまえは銃を受け取った。おまえは初めからイバーラさまを殺害する気だったんだ!」
レオナルドは押し黙る。なにを言っても無駄だ。ギレルモは激情に駆られている。
「おまえを殺してやる。イバーラさまの仇討ちのために、おまえを蜂の巣にしてやる」
「やめなさいギレルモ!」
制するアルベルトを無視して、マリーアが立ち上がって怒鳴った。
「おじいさまは既に死にかけていた。おじいさまを殺したのは、レオじゃなくてセミよ! それに、おじいさまが命じたことよ。あなたに、とやかく言われる筋合いはないわ!」
激しい銃声が森に響いた。
ギレルモが空に向けて自動小銃の引き金を引いた。マリーアが、蒼白な顔でへたり込む。アルベルトが慌ててマリーアの体を支えた。
「イバーラさまと血の繋がっていない小娘は黙っていてもらおうか。だが、イバーラさまの遺志を尊重しろという意見はもっともだ。レオナルド。おまえに、一度だけチャンスを与えてやる」
「チャンス?」
レオナルドは訝しがる。このまま逃がしてくれるのか。しかし、そんな甘いことは言いそうもない。いったい、どうするつもりなんだ。レオナルドは緊張してギレルモの言葉を待つ。
ギレルモは腰から一丁の拳銃を抜いた。そして弾を一つだけ残して全部抜き、マガジンを戻した。ギレルモは自動小銃を構えて、レオナルドに拳銃を放る。暗闇の中、取り落としそうになったレオナルドは、慌てて銃をつかんだ。
「その銃には一発だけ弾が入っている。今から五分やる。そのあいだに森の中に隠れろ。五分後に俺はおまえを追う。決闘をしてやる。もし俺を倒せば、おまえは自由になる。倒せなければ、俺に殺されて森に屍をさらすことになる」
レオナルドはギレルモを見上げながら考える。こちらはたった一発の弾丸。相手は自動小銃だ。話にならない。蜂の巣にされてしまう。これは狩りだ。相手をなぶり殺すために、わざとわずかな希望を与えているのだ。
「さあ、行け」
ギレルモは銃を構えて促した。ギレルモは体を動かし、地面に転がっている猟銃や拳銃を拾い集めて脇に抱える。アルベルトの助けを借りることはできない。自分一人で戦うしかない。
「アルベルトさん。僕がもし死んだらあとを頼みます」
「レオくん!」
アルベルトは険しい顔をする。レオナルドは、無理矢理笑みを作った。
「じゃあ、行ってきます」
レオナルドは森に向かって足を踏み入れる。
「五分だ!」
ギレルモの怒鳴り声が響く。
レオナルドは森を進み始める。自分は生きて帰れるのか。いや、生きて帰らなければならない。そうしなければ島は終わる。レオナルドはそのことに気づく。
陥没穴への移動は、途中から徒歩になる。アルベルトとマリーアだけで、荷物を運んで縦穴まで行くことは困難だ。人数が要る。レオナルドが死んだあと、ギレルモが協力してくれるとは到底思えない。
自分の仕事を全うしなければならない。島を救うために、フランシスコとの約束を守るために、ギレルモを倒す。レオナルドは覚悟を決め、緊張しながら森の奥へと入っていった。