◆第三十二話 呪術数値の数学的解釈
文字数 3,290文字
「ねえ、アン・スー。これが、なにか分かる?」
レオナルドは、日記のページをカメラに向けて尋ねた。
2222111 127
アン・スーはカメラ越しに、ページを見つめる。
「ねえ、レオ。他に情報はないの?」
レオナルドは、『◎◎◎◎○○○』という紋様を、先住民たちが使っていたと告げる。またこの紋様は、時の螺旋を司るクモと関係するらしいと伝えた。
「ディエゴ・ロドリゲスは数学を学んでいたのよね。これが数学の計算式なら、左の式の計算結果が右の値になるはず。この左の数字は、ばらばらにしていいの?」
「どういうこと?」
「テンパズルって知っている?」
「説明は俺に任せろ! アン・スーの説明は分かりにくいからな!」
BBが横から割り込んできた。二人がばらばらに声を出すせいで、なにを言っているのか分からない。すぐにクレイグが話を遮り、会話の交通整理をおこなう。
「ここはBBに任せよう。アン・スーは、必要な情報を省略する癖があるからね」
会話の主導権をもらったBBは、嬉々として語りだす。
「テンパズルは、四桁の数を一つずつの数字と見なして、足す、引く、割る、掛けるなどの記号をあいだに入れて、最終的に十にする遊びだ。たとえば『1234』なら、『1+2+3+4』で合計十だ。数字は連続して扱ってもいい。『1111』なら、『11/1-1』で十だ。括弧を使ってもいい。『9999』なら『(99-9)/9』で十になる」
「あっ、それ家庭教師の人とやったことがあるわ。電話番号とか住所の番地とか、車のナンバーとか、そういったもので、いつでも遊べると言っていたわ」
「僕もやったことがあるよ。テンパズルという名前だったんだね」
マリーアとアルベルトが、カメラに向けて話した。
「それでね――」
アン・スーが、もうしゃべってもいいのかな、といった調子で様子を窺う。
「いいよ、アン・スー」
クレイグに言われて、安心したように話を続ける。
「右は百二十七という数値で、左はその値を導く式だと思うの。ただし、記号を抜いた」
アン・スーが、カメラに視線を注ぐ。
BBは下を向き、ペンを動かしている。手元の紙に、いろいろと計算式を書いているのだろう。しかし、上手く百二十七にならないようだ。頭を掻き、不機嫌な顔をする。
「ねえ、BB。百二十七って、よく見る数字だよね」
レオナルドは、気づいたことを口にする。
「うん? 一一一一一一一だよな」
顔を上げたBBは、一を七回唱えた。
「どういうことなんだい?」
アルベルトが尋ねる。
「百二十七は、プログラマなら、身近な数字なんですよ。直感的に二進数にしたくなる値というか。二進数というのは、ゼロと一しか出てこない数え方です。百二十七を、プログラムでよく使う二進数に直すと一一一一一一一になるんです。数式で書くならこうです。二の七乗、引く一です」
レオナルドは数式を、ビデオ会議ソフトの入力欄に打ち込む。背後のアルベルトとマリーアに、『^』は累乗の記号だと説明する。
2^7-1 = 127
「この式は、二を七回掛けたあと、一を引くという意味になります」
アルベルトとマリーアは、よく分からないといった表情を浮かべる。普段から二進数を扱っていない人間には、直感的な話ではないなとレオナルドは思う。
「解けた!」
アン・スーが、ケーキを頬張ったような顔をする。
「えっ、解けたの?」
レオナルドには、なにがどうなっているのか分からなかった。
「ねえ、アン。みんなに説明してくれないか?」
クレイグが、穏やかな声でアン・スーに促す。
「メルセンヌ素数」
ほら、みんなも分かったでしょう。そうした顔をアン・スーはする。
数秒経ったあと、誰も彼女の言った意味を理解していないことを悟り、アン・スーは恥ずかしそうに顔を隠した。
「BB、少し説明をお願いしていいかな」
司会役のクレイグが、BBに話を振る。
「メルセンヌ素数は、いちおう知っているが」
BBが探るように声を出す。
「まず、メルセンヌ数というものがある。これは、二のn乗引く一、つまり二進数で一一一一……という数だ。このメルセンヌ数のうち、素数のものがメルセンヌ素数になる。その特徴は、nも素数になることだ。つまり……」
BBは手を動かして、チャット欄に一行送ってくる。
2^n-1 が素数の場合、n は必ず素数である。
クレイグが、なるほどといった顔をする。
「ねえ、アン・スー。BBのような書き方で、みんなに説明してくれないかな。ここは文章形式の方が分かりやすいみたいだから」
アン・スーはうなずいてキーボードを叩き始める。
「つまり、こういうこと」
三行にわたる書き込みを、アン・スーは送ってきた。
2^2-1 = 3
2^3-1 = 7
2^7-1 = 127
「左辺のnに当たる、二と三と七は素数。そして右辺の計算結果の、三と七と百二十七も素数よ」
アン・スーは、満足した顔でカメラを見る。
「それは数式だよね。もう少し分かりやすく、文章を添えて説明してくれないかな」
クレイグに指摘されて、アン・スーは落ち込んだ顔をする。そして下を見ながら文章を入力した。
「先ほどの式は、こう合成できるの」
チャット欄に、アン・スーが書いた内容が表示される。
2^7-1 = 127
の七の位置に、右辺が七の式を代入。
2^(2^3-1)-1 = 127
の三の位置に、右辺が三の式を代入。
2^(2^(2^2-1)-1)-1 = 127
レオナルドは目を見開く。そこには、きれいな入れ子構造が現れた。
「なるほど、随分と分かりやすくなったね」
クレイグがアン・スーを褒める。アン・スーは自信を取り戻したのか、明るく話しだす。
「先ほどの入れ子は、あともう一つまで成立するの。nが百二十七の場合も、メルセンヌ素数になるから」
アン・スーは、さらに数式を書き込む。
2^127-1 = 170141183460469231731687303715884105727
示された数字の大きさに仰天する。その反応が面白かったのか、アン・スーは楽しそうに言葉を続ける。
「この計算結果の値は、一八七六年に、エドゥアール・リュカによって素数と判定されたの。ちなみにリュカは、プログラムの教材としてよく知られる『ハノイの塔』の考案者としても有名な人。
この素数は、電子計算機なしで確かめられた中で、最大のものなの。でも、先住民は知らなかったのでしょうね。知っていれば、二と一の数を増やしたでしょうから。そしてその先は、計算機を持たない先住民には計算できなかったはず。
百二十七は三桁でしょう。この値をnにしたメルセンヌ素数は三十九桁になる。現在判明している最大のnの桁数は八。三十九桁に比べると、とても小さいの」
アン・スーは、指を動かす。
2^77232917-1
「今送ったのは五十番目のもの。メルセンヌ素数は、現在までに五十種類が発見されているわ。三十五番目から五十番目のメルセンヌ素数は、GIMPS――グレート・インターネット・メルセンヌ・プライム・サーチ――という、分散型コンピューティングで計算されている」
アン・スーは饒舌に語る。数学関連の知識では、BBよりもアン・スーの方が一日の長がある。たまにしか自分の知識を披露する場面はないので、ここぞとばかりに話しているようだ。
「いったん説明は終わりにしよう」クレイグがアン・スーの話を止める。「これで、数字の謎は分かった。それで、アン・スー。リベーラ文明の本質は、なんだと思う?」
最も大切なことを、クレイグが尋ねる。
「素数と入れ子構造。これが謎を解く鍵だと思う」
アン・スーは自信ありげに答えた。
「素数――。素数といえば――」
これまで聴き手に回っていたアルベルトが、突然つぶやきだした。
レオナルドは、日記のページをカメラに向けて尋ねた。
2222111 127
アン・スーはカメラ越しに、ページを見つめる。
「ねえ、レオ。他に情報はないの?」
レオナルドは、『◎◎◎◎○○○』という紋様を、先住民たちが使っていたと告げる。またこの紋様は、時の螺旋を司るクモと関係するらしいと伝えた。
「ディエゴ・ロドリゲスは数学を学んでいたのよね。これが数学の計算式なら、左の式の計算結果が右の値になるはず。この左の数字は、ばらばらにしていいの?」
「どういうこと?」
「テンパズルって知っている?」
「説明は俺に任せろ! アン・スーの説明は分かりにくいからな!」
BBが横から割り込んできた。二人がばらばらに声を出すせいで、なにを言っているのか分からない。すぐにクレイグが話を遮り、会話の交通整理をおこなう。
「ここはBBに任せよう。アン・スーは、必要な情報を省略する癖があるからね」
会話の主導権をもらったBBは、嬉々として語りだす。
「テンパズルは、四桁の数を一つずつの数字と見なして、足す、引く、割る、掛けるなどの記号をあいだに入れて、最終的に十にする遊びだ。たとえば『1234』なら、『1+2+3+4』で合計十だ。数字は連続して扱ってもいい。『1111』なら、『11/1-1』で十だ。括弧を使ってもいい。『9999』なら『(99-9)/9』で十になる」
「あっ、それ家庭教師の人とやったことがあるわ。電話番号とか住所の番地とか、車のナンバーとか、そういったもので、いつでも遊べると言っていたわ」
「僕もやったことがあるよ。テンパズルという名前だったんだね」
マリーアとアルベルトが、カメラに向けて話した。
「それでね――」
アン・スーが、もうしゃべってもいいのかな、といった調子で様子を窺う。
「いいよ、アン・スー」
クレイグに言われて、安心したように話を続ける。
「右は百二十七という数値で、左はその値を導く式だと思うの。ただし、記号を抜いた」
アン・スーが、カメラに視線を注ぐ。
BBは下を向き、ペンを動かしている。手元の紙に、いろいろと計算式を書いているのだろう。しかし、上手く百二十七にならないようだ。頭を掻き、不機嫌な顔をする。
「ねえ、BB。百二十七って、よく見る数字だよね」
レオナルドは、気づいたことを口にする。
「うん? 一一一一一一一だよな」
顔を上げたBBは、一を七回唱えた。
「どういうことなんだい?」
アルベルトが尋ねる。
「百二十七は、プログラマなら、身近な数字なんですよ。直感的に二進数にしたくなる値というか。二進数というのは、ゼロと一しか出てこない数え方です。百二十七を、プログラムでよく使う二進数に直すと一一一一一一一になるんです。数式で書くならこうです。二の七乗、引く一です」
レオナルドは数式を、ビデオ会議ソフトの入力欄に打ち込む。背後のアルベルトとマリーアに、『^』は累乗の記号だと説明する。
2^7-1 = 127
「この式は、二を七回掛けたあと、一を引くという意味になります」
アルベルトとマリーアは、よく分からないといった表情を浮かべる。普段から二進数を扱っていない人間には、直感的な話ではないなとレオナルドは思う。
「解けた!」
アン・スーが、ケーキを頬張ったような顔をする。
「えっ、解けたの?」
レオナルドには、なにがどうなっているのか分からなかった。
「ねえ、アン。みんなに説明してくれないか?」
クレイグが、穏やかな声でアン・スーに促す。
「メルセンヌ素数」
ほら、みんなも分かったでしょう。そうした顔をアン・スーはする。
数秒経ったあと、誰も彼女の言った意味を理解していないことを悟り、アン・スーは恥ずかしそうに顔を隠した。
「BB、少し説明をお願いしていいかな」
司会役のクレイグが、BBに話を振る。
「メルセンヌ素数は、いちおう知っているが」
BBが探るように声を出す。
「まず、メルセンヌ数というものがある。これは、二のn乗引く一、つまり二進数で一一一一……という数だ。このメルセンヌ数のうち、素数のものがメルセンヌ素数になる。その特徴は、nも素数になることだ。つまり……」
BBは手を動かして、チャット欄に一行送ってくる。
2^n-1 が素数の場合、n は必ず素数である。
クレイグが、なるほどといった顔をする。
「ねえ、アン・スー。BBのような書き方で、みんなに説明してくれないかな。ここは文章形式の方が分かりやすいみたいだから」
アン・スーはうなずいてキーボードを叩き始める。
「つまり、こういうこと」
三行にわたる書き込みを、アン・スーは送ってきた。
2^2-1 = 3
2^3-1 = 7
2^7-1 = 127
「左辺のnに当たる、二と三と七は素数。そして右辺の計算結果の、三と七と百二十七も素数よ」
アン・スーは、満足した顔でカメラを見る。
「それは数式だよね。もう少し分かりやすく、文章を添えて説明してくれないかな」
クレイグに指摘されて、アン・スーは落ち込んだ顔をする。そして下を見ながら文章を入力した。
「先ほどの式は、こう合成できるの」
チャット欄に、アン・スーが書いた内容が表示される。
2^7-1 = 127
の七の位置に、右辺が七の式を代入。
2^(2^3-1)-1 = 127
の三の位置に、右辺が三の式を代入。
2^(2^(2^2-1)-1)-1 = 127
レオナルドは目を見開く。そこには、きれいな入れ子構造が現れた。
「なるほど、随分と分かりやすくなったね」
クレイグがアン・スーを褒める。アン・スーは自信を取り戻したのか、明るく話しだす。
「先ほどの入れ子は、あともう一つまで成立するの。nが百二十七の場合も、メルセンヌ素数になるから」
アン・スーは、さらに数式を書き込む。
2^127-1 = 170141183460469231731687303715884105727
示された数字の大きさに仰天する。その反応が面白かったのか、アン・スーは楽しそうに言葉を続ける。
「この計算結果の値は、一八七六年に、エドゥアール・リュカによって素数と判定されたの。ちなみにリュカは、プログラムの教材としてよく知られる『ハノイの塔』の考案者としても有名な人。
この素数は、電子計算機なしで確かめられた中で、最大のものなの。でも、先住民は知らなかったのでしょうね。知っていれば、二と一の数を増やしたでしょうから。そしてその先は、計算機を持たない先住民には計算できなかったはず。
百二十七は三桁でしょう。この値をnにしたメルセンヌ素数は三十九桁になる。現在判明している最大のnの桁数は八。三十九桁に比べると、とても小さいの」
アン・スーは、指を動かす。
2^77232917-1
「今送ったのは五十番目のもの。メルセンヌ素数は、現在までに五十種類が発見されているわ。三十五番目から五十番目のメルセンヌ素数は、GIMPS――グレート・インターネット・メルセンヌ・プライム・サーチ――という、分散型コンピューティングで計算されている」
アン・スーは饒舌に語る。数学関連の知識では、BBよりもアン・スーの方が一日の長がある。たまにしか自分の知識を披露する場面はないので、ここぞとばかりに話しているようだ。
「いったん説明は終わりにしよう」クレイグがアン・スーの話を止める。「これで、数字の謎は分かった。それで、アン・スー。リベーラ文明の本質は、なんだと思う?」
最も大切なことを、クレイグが尋ねる。
「素数と入れ子構造。これが謎を解く鍵だと思う」
アン・スーは自信ありげに答えた。
「素数――。素数といえば――」
これまで聴き手に回っていたアルベルトが、突然つぶやきだした。