◆第二十六話 封じられた太古の生物

文字数 2,806文字

 車列は屋敷に到着した。アルベルトは、岩石内の生物を露わにするために、兵士を数人借りた。ギレルモとカルロスは、損耗したバギーラの修理をしている。今回運び出したのは、全体のほんの一部だ。また、いつ洞窟の探査が必要になるかもしれない。そのために整備は欠かせなかった。
 レオナルドは、今日得たデータのバックアップをする。洞窟内の三次元データだけでなく、ビデオカメラから得た映像も保存して、いつでも取り出せるようにする。横ではマリーアが、興味深そうにレオナルドの作業をながめていた。
 ひととおりのデータ整理が終わった。レオナルドの手が空いたことに気づいたのか、アルベルトがオフィススペースにやって来た。
「どうだい?」
「一息吐いたところです。アルベルトさんの方は?」
「今日運び出した分だけでも、全ての化石を取り出すには、数週間かかるかだろうね。でもまあ、だいたいの傾向はつかめたよ」
「教えてください」
「じゃあ、クリーニングスペースに行こうか」
 アルベルトは、工房の入り口付近に設けた場所に歩きだす。
「私、あの石嫌い」
 マリーアは、ぷいっとそっぽを向いてギレルモたちの方に駆けていった。レオナルドとアルベルトは、肩をすくめたあとクリーニングスペースに移動した。
 板で作った即席の机で、兵士たちが黙々と作業をしている。アルベルトはその一角にレオナルドを招き、化石を見せた。体長二十センチメートルほどのセミが、まるでスタンプのように浮かび上がっている。
「これは石の断面に、きれいに現れていたものだ。こうしたものが複数あったから、おおよその傾向をつかむことができた」
 レオナルドは、石の上のセミを観察する。
「かなりの大きさですね」
「そうだね。現存の種で最大のテイオウゼミが、十センチメートル弱だからね。その二倍近くある。形は、リベーラ島固有のイシキリゼミによく似ている。これは推測だけど、石切場から出てきたセミに似ているから、イシキリゼミと名づけたんじゃないかな」
 なるほどと思った。
「他には、こういうものも多く見つかっている」
 アルベルトは、もう一つ石を出す。親指ほどの大きさの塊が、石の上に密集していた。
「これはなんですか?」
「アリだね」
「大きいですね」
 アルベルトはうなずく。
「先ほどのセミもそうだけど、太古には巨大な虫がたくさんいた。たとえばドイツのメッセルには、メッセルオオアリがいた。働きアリの体長が三センチメートル、女王アリが五・五センチメートル、羽を広げると十三センチメートルという巨体だった」
「この化石は、そのメッセルオオアリよりも大きいですね」
 レオナルドは感想を述べたあと、セミの化石と見比べる。
「周りの生物も大きかったのなら、このサイズでも弱い立場だったんでしょうね」
「そうとは限らないよ。アリは恐ろしい生き物だからね」
「そうなんですか?」
「レオくん、きみはアリのことを、どれぐらい知っているかい?」
 あまり知らないと答える。
「よし、じゃあちょっと、アリについて話そう」
 アルベルトはホワイトボードの前に立ち、説明を始めた。
「アリは、昆虫綱ハチ目スズメバチ上科アリ科の生物だ。昆虫の中でも特に高度に進化した生物で、社会性昆虫であるハチの一種だ。スズメバチ上科ということから分かるように、毒腺を持つものも少なくない。
 毒腺は蟻酸という有機酸を分泌する。蟻酸は腐食性を持ち、皮膚に触れると水泡を発生させる。目に入ると失明の危険がある。肺に入ると肺水腫を生じさせる。肺水腫になると呼吸不全に陥り、死にいたる可能性がある。アリの中には蟻酸を、スプレー状にして噴出するものもいる」
 毒腺を持ち、毒を吹きかけることもあるのか。自分が知っているアリのイメージとは大きく違う。
「恐ろしい生き物なんですね」
 アルベルトはうなずく。
「ただ、毒腺は、アリが持つ能力の中では、それほど重要ではない。彼らの本領は、集団行動と顎による攻撃、そして旺盛な繁殖力にある。
 グンタイアリの話をしよう。彼らは、巣を持たず絶えず移動し続けて、立ち塞がる生物を大きな顎で攻撃する。彼らは、牛のような大型動物でも食い殺す。噛みつき、肉を引きちぎり、白骨化させてしまうんだ。
 繁殖力に注目するなら、アルゼンチンアリが有名だ。多女王性で、一つの巣に複数の女王がいる。島や大陸に上陸した場合は、超巨大コロニーを作り、働きアリ百万、女王アリ千匹以上の集団になる。このアリは、女王アリ一匹あたり、毎日六十個の卵を産む。卵は二ヶ月で成虫になる。餌が豊富にあれば爆発的に増える。攻撃性が強く、人や家畜にも噛みつき、移動も非常に速い」
 レオナルドは沈黙する。できれば戦いたくない相手だ。
 それにしても、巨大ゼミに巨大アリか――。
「この島は、虫の楽園だったんですか?」
「それは分からない。たまたま化石に虫が多かっただけかもしれない。化石に残っているのは、島の生物のごく一部にすぎないからね」
「当時の景色は、今のリベーラ島とはまるで違っていたんですよね」
「そうだろうね。これだけ巨大な虫がいるということは、環境が大きく異なっていた証拠だ。この化石はおそらく始新世のものだ。この時代は、新生代で最も温暖化した時期だ。極地の辺りは氷床もなく、湿度も今より高かった。聖地の虫の化石は、その時代の生物たちの時間を、石の中に閉じ込めている」
「化石から、呪術についてなにか分かりますか?」
 手掛かりを得ようとして尋ねる。
「学術的には大きな発見だよ。他の化石も含めて、これから十年以上にわたって論文を書ける情報が眠っている。でも――」
「フランシスコさんが言っていた呪術に関しては」
「なにも分からないね。化石はあくまで太古のものだ。それを崇めていた先住民たちの暮らしの手掛かりにはならない。ましてや、どういった信仰を持ち、どういった呪術を使っていたかとなると見当がつかないね」
「そうですか」
 レオナルドは肩を落とす。期待していただけに落胆は大きかった。
「呪術について考えるなら、イバーラ氏と直接話した方がいいんじゃないかな。イバーラ氏が知っていることを全て聞いたわけではないんだろう?
 日記は読ませてもらったのかい? レオくんに聞いた話だと、ディエゴ・ロドリゲスの日記をイバーラ氏は入手しているんだよね。先住民へのヒアリングを、もう一度おこなうのは大変だけど、日記はすぐに見られる。もし呪術について調べるのなら、伝聞で満足するのではなく、一次情報に当たった方がよいと思うよ」
 アルベルトの言うとおりだ。概要を伝えられただけで、実物を目にしたわけではない。細かな情報を得るには、元の日記を確認するべきだ。
「分かりました。当たってみます」
 アルベルトはにっこりと微笑んだ。
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