◆第十話 SOS自動送信計画

文字数 3,549文字

 パソコンを組み立てたあと、一時的にネットに接続してもらった。背後にカルロスが立った状態で、統合開発環境をインストールして各種設定をする。また、必要なライブラリも入手した。
 ギレルモには、デバッグ用にダミーのロボットを用意してもらう。プログラミングした内容を、現実の世界で確認するためだ。工房内には、アルベルトが監修した、洞窟を模したコースもある。その地形を確認して、発生しそうなトラブルをメモに書いていく。
 レオナルドは準備を進めながら、洞窟探査に関わる人間を観察する。ギレルモは機械の改良を続けている。彼は時折席を外して、会社の部下に電話で指示を出している。カルロスは雑用と、ギレルモの秘書的な仕事をしていた。アルベルトはデータの解析をおこなっている。待ち時間が多いようで、その都度、音楽を聴いたりギターを弾いたりしていた。
 自分と同じ立場のアルベルトに、声をかけて話を聞く。アルベルトは、現地に行っての調査とデータ解析を交互におこなっているそうだ。雑談を重ねているうちに、どうやら彼は、この仕事を好機だととらえていることが分かった。リベーラ島の油母頁岩の地層は、まだ世に知られていない。もしここで大量の化石が発掘されれば、アルベルトは歴史に名を残すことができる。
 彼の説明によると、リベーラの地層は、ドイツのメッセル採掘場を髣髴とさせるらしい。大量の化石が見つかったその場所は、世界遺産にもなっている。あるいは、メッセルよりも大規模な化石群が見つかるかもと、アルベルトは熱を込めて語った。
 仕事は夜まで続く。夕食はモニターの前で食べる。初日は、設計をざっくりとおこなった。そして、バギーラと操縦者のあいだでデータのやり取りをおこなうプログラムを作成した。
 一日目の作業としては十分な量だ。明日からの予定もひととおり立っている。レオナルドは工房の奥にいるギレルモに目を移した。カルロスとともに仕事に没頭している。同じオフィススペースにいるアルベルトを窺う。アルベルトは音楽を聴きながら、データの解析が終わるのを待っている。誰もこちらに注意を払っていない。
 レオナルドは新しいファイルを作り、プログラムを書き始めた。外部と通信をおこなうものだ。パソコン内に潜み、事前に用意しておいたSOSのメッセージを、通信が可能になると同時に送信する。画面にはなにも表示されないので、カルロスが背後にいても、怪しまれずに大学の仲間たちに情報を送れる。内容も暗号化するので盗聴される心配はない。
 レオナルドは、プログラムをコンパイルして実行ファイルを作った。日に何度もネットを使うと疑われるかもしれない。実際の送信は明日にしよう。レオナルドは作成したファイルを、パソコンの起動とともに実行できるようにした。これで明日、ネットに繋いだタイミングで、大学の仲間たちに助けを求めることができる。
 初日の仕事を終えた。泊まる部屋は、母屋に用意されていた。キングサイズのベッドで、トイレやバスつきだ。まるでホテルのようだ。さすが金を持っている人間は違う。レオナルドは大きな欠伸をする。ともかく疲れていた。今日は多くのことが起きすぎた。レオナルドはベッドに倒れ込み、睡眠を取った。

 翌日、食堂で朝食を取ったあと、工房に向かった。大学のベンチャー仲間たちに、無事にメッセージを送れるだろうか。誰か一人にでもSOSが届けば、なにかアクションを起こしてくれるはずだ。
 気づいてくれる相手は、可能ならBBがいい。BBなら、こうした事態に素早く対応してくれる。次点はクレイグだ。交渉力だけでなく、高い実務能力を持っている。一番頼りないのはアン・スーだ。四人の中で最も頭がよいが、現実社会への対応能力は著しく低い。
 しかし、そうした心配は、通信をおこなうプログラムが正しく動いたらという前提だ。なにせ、実際にネットに繋いで、一度もテストをしていない。バグがあれば、なんのメッセージも送れず、作戦が不発に終わる可能性もある。頼む、上手くいってくれ。神に祈りながら工房に入った。
 レオナルドは、パソコンの電源を入れて椅子に座る。ギレルモとカルロスは、早朝から働いている。アルベルトはしばらく経ってから、眠そうな顔で工房に現れた。
 統合開発環境を起動してプログラムを書き始める。キーボードを叩きながら、いつメッセージを送信するか考えた。ギレルモが席を外しているときの方がよいだろう。画面にはなにも映らないが、緊張して怪しまれるかもしれない。そうなれば疑われて、なにをしていたか暴力で吐かされる可能性もある。
 一時間ほどしたところで、アルベルトがリュックサックを持って工房を出て行った。洞窟の近くに行き、新しいデータを取るためだ。ギレルモたちは、アルベルトが逃げ出さないことを知っている。アルベルトは進んでこの仕事に協力している。
 三十分ほどして電話が鳴った。ギレルモが取り、「母屋に顔を出す」と言い、立ち去った。カルロスに顔を向けると「会社の仕事だと思います。そちらも手が放せませんから」と笑顔で答えた。
 五分ほど待ってみたが、戻ってくる気配はない。レオナルドはカルロスを呼び、ネットで論文を検索したいと伝える。コウモリの反響定位についての論文が欲しいと言った。カルロスは少し考える仕草をしたあと、自分のパソコンの前に移動して、ネットに接続する準備を始めた。
「ねえ、カルロス。ギレルモって、この島の出身だよね」
 作業を待つあいだ、敵を理解するために、ギレルモの生い立ちについて尋ねる。気さくなカルロスは、自分の上司について教えてくれた。
 ギレルモは、リベーラ島の貧しい家に生まれた。幼い頃は、公的な学校には通わず、私塾に通っていた。彼の頭のよさは貧民街でも有名で、噂はフランシスコのもとにも届いた。島の人材育成に力を入れていたフランシスコはギレルモを呼び、自身が出資している学校に編入させた。そこで頭角を現したギレルモは、フランシスコの援助で大学に行き、島に戻ってきたそうだ。
「そうか。だから、イバーラさんに心酔しているのか」
「そうだと思いますよ。社長のような人は、この島に多いです。経営者にまで抜擢されている人は少ないですが、研究者や技師は多数います。彼らはイバーラさまに忠誠を誓っています」
「きみはどうなの?」
 レオナルドの問いに、カルロスは苦笑する。
「僕は、能力ではなく縁故採用ですよ。社長の従兄弟なんです。その分、周りに負けないように頑張っていますが」
 カルロスは、人のよさそうな笑顔を浮かべた。なるほど、信頼して身近に置いているのは、血縁者だからなのか。カルロス自身は、縁故採用であることに引け目を感じており、ギレルモのことを社長と呼んでいるそうだ。
「あと少しで準備ができます」
 マウスを動かしながらカルロスが言う。画面の端のアイコンが変わり、通信可能な状態を示した。その直後、工房にブザーが鳴り響いた。何事かと思い、レオナルドは周囲を窺う。カルロスが青い顔をしてレオナルドを見ている。いったいなにが起きたのか分からなかった。
 しばらくすると工房の扉が開いた。顔を怒りに染めたギレルモが、拳を握ってオフィススペースにやって来る。
 どうやら地雷を踏んでしまったらしい。ネットの接続とともに警報が鳴ったのは、アクセス制限がかけられていたせいだろう。自分がギレルモなら、どんな仕掛けを用意するか考える。レオナルドのブログを見て、利用しているサービスへのアクセスを禁止する。また、メールなど特定の通信手段をブロックする。
 レオナルドの前に来たギレルモは、拳を構え、勢いよく突き出した。岩石のような拳がレオナルドの顔面に叩き込まれる。
 目の前に火花が散った。ギレルモを甘く見ていたと反省する。胸倉をつかまれ、宙へと吊り上げられる。喉が締まり、呼吸ができなくなった。レオナルドは喘ぎながら手足をばたつかせる。
「てめえ、面倒をかけさせやがって。人の目を欺こうとするとは人間の屑だな!」
 じゃあ、誘拐して仕事をさせる人間はどうなのか。レオナルドは反論しようとするが声を出せない。
「仕事をしないのなら、おまえをここに置いておく必要はない」
 ギレルモは残忍な表情を浮かべる。レオナルドはぞっとした。殺されるかもしれない。ギレルモはレオナルドの体を高々と上げ、再び拳を振り被った。
「無駄なことをせずに、さっさと仕事をしろ」
 顔面に再び拳を食らう。体が宙を舞っているのが分かった。盛大な音とともに、機械の山の中に落下する。目の前が真っ暗になった。レオナルドはそこで意識を失った。
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