◆第四十四話 石像の二次元視点での数秘的な考察
文字数 3,431文字
倉庫の扉は鉄の板で破壊できない。扉は外から鍵がかかっている。
「まいったね」
アルベルトが肩をすくめて、どうするかレオナルドに問う。
「ねえ、マリーア。倉庫の鍵は、他にはないの?」
「あるとしたら、カルロスの手元だと思うけど」
「連絡は取れる?」
「私、スマートフォンを持っていないわよ」
「アルベルトさんは?」
「ギレルモに取り上げられたままだね」
「レオは、どうなの?」
「僕のは、返してもらったけど壊れている」
三人とも電話をかけられない。それに、そもそも彼の電話番号を誰も知らなかった。
「ちょっと待って」
レオナルドはノートパソコンを出して、アルベルトのときのようにグループウェアでメッセージを送る。しかし、カルロスが気づくのが、いつになるか分からない。急いで連絡するには電話も利用したい。レオナルドは、ビデオ会議ソフトを起動する。クレイグを呼び出して通話状態にした。
「どうしたんだいレオ?」
「お願いがあるんだ。ある人物の電話番号を入手して、連絡を取って欲しい。相手の名前と、所属する会社、伝言内容を送信する」
「分かった。その会社に電話をして番号を聞き出すよ」
「そんなことができるの?」
マリーアが驚いて声を上げる。
「クレイグは人たらしの天才だからね。それに語学も堪能だから」
「いやあ、それほどでも。少し時間がかかると思うから、ログアウトするよ」
クレイグが消えた。十分以上はかかるだろう。そのあいだに、やれることをやっておこう。レオナルドはアルベルトに顔を向ける。
「調べたいことがあります。石像の情報にアクセス可能ですか」
アルベルトは、レオナルドが来る前から調査にたずさわっている。彼はレオナルドが把握していないデータの場所も知っている。
「ああ、できるよ。ちょっと貸してもらっていいかな?」
通信ソフトを起動して、ノートパソコンを渡した。アルベルトは、ディレクトリの階層を移動して、目的のデータにたどり着く。
「調査場所や日時を記録したエクセルのファイルと、そのときに撮影した写真だよ」
アルベルトがノートパソコンを返す。レオナルドは、エクセルのファイルを確認する。撮影日時とGPSのデータ、各石像の詳細な情報がまとまっている。
「それぞれの場所を、地図に書き込んだものはないんですか?」
「それは見たことがないなあ。どこかにあるのかもしれないけど」
レオナルドは考える。チマリは、石像が呪術に関係あると答えた。石像もリベーラ島の文明の一部なら、その配置に数学的な意味がある可能性が高い。地図上に描くプログラムを書いて確かめてみよう。
エディタを起動してファイルを作る。素早くキーを叩き、描画処理を作成した。レオナルドは、完成したプログラムを実行する。新しいウィンドウが現れ、リベーラ島の地図が表示された。地図の上には各石像の位置が描かれている。
「すごいわね」
マリーアがうしろから画面を覗き込み、感心した声を上げる。
「なにか規則性はあったかい?」
アルベルトが横から尋ねてきた。レオナルドは地図をにらむ。規則性はありそうだ。無数に並んだ点は、何本かの線のような模様を作っている。しかし、それがなにを意味しているのかは分からなかった。
「BBとアン・スーの助けを借りよう」
レオナルドは、二人を呼び出す。そして、チマリと話したこと、彼が変化して自動小銃で殺されたことを伝える。
「やばいことになっていないか?」
顔をしかめながらBBは言う。
「なっている」
アン・スーが不安そうな表情をした。
「ねえ、BB、アン・スー。石像のGPSデータを、地図上に配置するプログラムを書いたんだ。データとプログラムを共有するから、二人の意見を聞きたい」
レオナルドは、データとプログラムのセットを二人に送る。実行後のスクリーンショットも送信した。レオナルドは、友人たちがなにか発見してくれることを期待する。
画面の中のアン・スーが、眉を寄せながらカメラに顔を近づける。モニターに表示されている地図を、じっとにらんでいる。彼女は唇を内側に折り曲げ、真剣な様子でしばらく目を動かしていた。
「ウラムの螺旋」
アン・スーはぽつりと言った。
「なんだい、それは?」
レオナルドは、螺旋という言葉が出て来たことに驚きながら尋ねた。
リベーラ島の先住民たちは、時間がフラクタルな螺旋構造を持つと考えている。そして、その時間を司るクモがいると信じている。チマリはクモを殺せば呪術は解けると言っていた。真相に近づいている。レオナルドは期待に胸を膨らませて、アン・スーの顔を見た。
「ウラムの螺旋というのは……」
アン・スーは注目されて顔を赤くする。しどろもどろになって上手く話せなくなった。
「俺の出番だな」
嬉しそうにBBが口を開く。BBは、スナック菓子を一気に食べたあと、説明を始めた。
「ウラムの螺旋は、ポーランド出身の数学者スタニスワフ・マルチン・ウラムが発見したものだ。
作り方はこうだ。方眼紙を用意して、中心に数字の一を書き、そこから渦巻き状に数字を埋めていく。そして素数を探して塗り潰すんだ。そうすると不思議な模様が現れる。まるでランダムに打たれたような点の中に、斜めに点が連続する模様が浮かび上がるんだ」
BBは紙に、渦巻き状に数字を書いてカメラに示した。
789…
612
543
「こういう風に書いて、素数を塗り潰すんだ。ウラムの螺旋を出力するサイトがあるから、URLを送ってやる」
レオナルドはウェブページを開いて説明を読む。
――結果はテキストで出力されます。真ん中の一は数字、素数はアットマーク、それ以外はハイフンで表します。
レオナルドは、縦横十六マスのサイズで、一から二百五十六までの図を描く。
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レオナルドは驚きの声を上げる。確かに斜めの模様が見える。地図にもそうした模様が浮かび上がっていた。この素数の図の意味を、レオナルドは考える。
リベーラ島の先住民たちは、二二二二一一一の数字を、時間の象徴として使っていた。そこには、入れ子構造の素数が存在していた。そして今度はウラムの螺旋が現れた。石像の配置は、素数の渦巻きに対応していた。二つは同じものを指している。いずれも先住民の考えるフラクタルな時間の螺旋を表している。
「もし、これが先住民の伝承の『時間の螺旋』の一表現だとするなら、クモは数字の一の場所にいるはずだよね」
「ああ。クモは、クモの巣の中央にいると相場が決まっている。そこにクモの石像があるはずだ。それを壊せば呪術は解ける」
BBがスナック菓子を口に放り込んだ。
「中心位置を探してみる」
レオナルドは画像編集ソフトを起動する。レイヤー機能を利用して、地図上に配置した石像の位置と、ウラムの螺旋を重ね合わせた。中心位置が割り出せた。しかし中心の周辺は石像のデータがない。調査がされていないのだ。島の中央近く。道が一本も通っていない地域だ。
「アルベルトさん。この場所は?」
「僕も行ったことがないね。聞いた話では、深い陥没穴があるそうだ」
その場所にクモの石像があるのだと、レオナルドは考えた。
「まいったね」
アルベルトが肩をすくめて、どうするかレオナルドに問う。
「ねえ、マリーア。倉庫の鍵は、他にはないの?」
「あるとしたら、カルロスの手元だと思うけど」
「連絡は取れる?」
「私、スマートフォンを持っていないわよ」
「アルベルトさんは?」
「ギレルモに取り上げられたままだね」
「レオは、どうなの?」
「僕のは、返してもらったけど壊れている」
三人とも電話をかけられない。それに、そもそも彼の電話番号を誰も知らなかった。
「ちょっと待って」
レオナルドはノートパソコンを出して、アルベルトのときのようにグループウェアでメッセージを送る。しかし、カルロスが気づくのが、いつになるか分からない。急いで連絡するには電話も利用したい。レオナルドは、ビデオ会議ソフトを起動する。クレイグを呼び出して通話状態にした。
「どうしたんだいレオ?」
「お願いがあるんだ。ある人物の電話番号を入手して、連絡を取って欲しい。相手の名前と、所属する会社、伝言内容を送信する」
「分かった。その会社に電話をして番号を聞き出すよ」
「そんなことができるの?」
マリーアが驚いて声を上げる。
「クレイグは人たらしの天才だからね。それに語学も堪能だから」
「いやあ、それほどでも。少し時間がかかると思うから、ログアウトするよ」
クレイグが消えた。十分以上はかかるだろう。そのあいだに、やれることをやっておこう。レオナルドはアルベルトに顔を向ける。
「調べたいことがあります。石像の情報にアクセス可能ですか」
アルベルトは、レオナルドが来る前から調査にたずさわっている。彼はレオナルドが把握していないデータの場所も知っている。
「ああ、できるよ。ちょっと貸してもらっていいかな?」
通信ソフトを起動して、ノートパソコンを渡した。アルベルトは、ディレクトリの階層を移動して、目的のデータにたどり着く。
「調査場所や日時を記録したエクセルのファイルと、そのときに撮影した写真だよ」
アルベルトがノートパソコンを返す。レオナルドは、エクセルのファイルを確認する。撮影日時とGPSのデータ、各石像の詳細な情報がまとまっている。
「それぞれの場所を、地図に書き込んだものはないんですか?」
「それは見たことがないなあ。どこかにあるのかもしれないけど」
レオナルドは考える。チマリは、石像が呪術に関係あると答えた。石像もリベーラ島の文明の一部なら、その配置に数学的な意味がある可能性が高い。地図上に描くプログラムを書いて確かめてみよう。
エディタを起動してファイルを作る。素早くキーを叩き、描画処理を作成した。レオナルドは、完成したプログラムを実行する。新しいウィンドウが現れ、リベーラ島の地図が表示された。地図の上には各石像の位置が描かれている。
「すごいわね」
マリーアがうしろから画面を覗き込み、感心した声を上げる。
「なにか規則性はあったかい?」
アルベルトが横から尋ねてきた。レオナルドは地図をにらむ。規則性はありそうだ。無数に並んだ点は、何本かの線のような模様を作っている。しかし、それがなにを意味しているのかは分からなかった。
「BBとアン・スーの助けを借りよう」
レオナルドは、二人を呼び出す。そして、チマリと話したこと、彼が変化して自動小銃で殺されたことを伝える。
「やばいことになっていないか?」
顔をしかめながらBBは言う。
「なっている」
アン・スーが不安そうな表情をした。
「ねえ、BB、アン・スー。石像のGPSデータを、地図上に配置するプログラムを書いたんだ。データとプログラムを共有するから、二人の意見を聞きたい」
レオナルドは、データとプログラムのセットを二人に送る。実行後のスクリーンショットも送信した。レオナルドは、友人たちがなにか発見してくれることを期待する。
画面の中のアン・スーが、眉を寄せながらカメラに顔を近づける。モニターに表示されている地図を、じっとにらんでいる。彼女は唇を内側に折り曲げ、真剣な様子でしばらく目を動かしていた。
「ウラムの螺旋」
アン・スーはぽつりと言った。
「なんだい、それは?」
レオナルドは、螺旋という言葉が出て来たことに驚きながら尋ねた。
リベーラ島の先住民たちは、時間がフラクタルな螺旋構造を持つと考えている。そして、その時間を司るクモがいると信じている。チマリはクモを殺せば呪術は解けると言っていた。真相に近づいている。レオナルドは期待に胸を膨らませて、アン・スーの顔を見た。
「ウラムの螺旋というのは……」
アン・スーは注目されて顔を赤くする。しどろもどろになって上手く話せなくなった。
「俺の出番だな」
嬉しそうにBBが口を開く。BBは、スナック菓子を一気に食べたあと、説明を始めた。
「ウラムの螺旋は、ポーランド出身の数学者スタニスワフ・マルチン・ウラムが発見したものだ。
作り方はこうだ。方眼紙を用意して、中心に数字の一を書き、そこから渦巻き状に数字を埋めていく。そして素数を探して塗り潰すんだ。そうすると不思議な模様が現れる。まるでランダムに打たれたような点の中に、斜めに点が連続する模様が浮かび上がるんだ」
BBは紙に、渦巻き状に数字を書いてカメラに示した。
789…
612
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「こういう風に書いて、素数を塗り潰すんだ。ウラムの螺旋を出力するサイトがあるから、URLを送ってやる」
レオナルドはウェブページを開いて説明を読む。
――結果はテキストで出力されます。真ん中の一は数字、素数はアットマーク、それ以外はハイフンで表します。
レオナルドは、縦横十六マスのサイズで、一から二百五十六までの図を描く。
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リベーラ島の先住民たちは、二二二二一一一の数字を、時間の象徴として使っていた。そこには、入れ子構造の素数が存在していた。そして今度はウラムの螺旋が現れた。石像の配置は、素数の渦巻きに対応していた。二つは同じものを指している。いずれも先住民の考えるフラクタルな時間の螺旋を表している。
「もし、これが先住民の伝承の『時間の螺旋』の一表現だとするなら、クモは数字の一の場所にいるはずだよね」
「ああ。クモは、クモの巣の中央にいると相場が決まっている。そこにクモの石像があるはずだ。それを壊せば呪術は解ける」
BBがスナック菓子を口に放り込んだ。
「中心位置を探してみる」
レオナルドは画像編集ソフトを起動する。レイヤー機能を利用して、地図上に配置した石像の位置と、ウラムの螺旋を重ね合わせた。中心位置が割り出せた。しかし中心の周辺は石像のデータがない。調査がされていないのだ。島の中央近く。道が一本も通っていない地域だ。
「アルベルトさん。この場所は?」
「僕も行ったことがないね。聞いた話では、深い陥没穴があるそうだ」
その場所にクモの石像があるのだと、レオナルドは考えた。