◆第二十四話 火山洞窟探査開始

文字数 3,192文字

 車は町の近くを通り、西に向かった。町から離れるとすぐに、道の状態が悪くなった。車は何度も跳ねながら進んでいく。レオナルドは、ロボットやパソコンが壊れないかと心配になった。
 周囲から迫り出してくる枝を折りながら車は走っていく。火山の坂を上るうちに、木々が疎らになり植生が変わってきた。密林は叢林になり、礫砂漠になった。ところどころに多肉質の茎を持つ植物が見える。そのいくつかには赤や黄の小さな花が咲いている。動物の姿は少ない。時折、爬虫類や昆虫が、我が物顔で歩くのにすれ違うだけである。
 レオナルドは、前方のサントス火山をながめた。裾野を広げた緩い円錐形をしており、そこかしこから煙が噴き出ている。煙はただの水蒸気もあれば、有毒性のガスもある。いよいよレオナルドが関わった洞窟探査ロボットが、活躍するときが来た。
「そろそろです」
 アルベルトが、フランシスコに声をかける。
「事前に基地は作っています。屋根のある、ガスのおよばない安全な場所で、作業を確認できます」
 車の前方に、アルベルトが話した仮設基地が見えてきた。
 先行する二台のトラックが停まったあと、SUVが停車した。レオナルドは車を降りて、周囲を見渡す。岩石が露出して植物の影はほとんどない。膝より下の高さの草と、奇妙な形のサボテン類が、わずかに点在しているだけだ。
 少し離れた崖の上に、なにかがはためいているのに気づく。最初、旗だろうかと思ったが、ぼろ布をまとった人間だった。なぜ、あんなところに人がいるのだと思い、アルベルトに尋ねた。
「ああ、先住民みたいだね。聖地を守っているんだろう。槍を投げてきたり、夜のうちに機材を壊されたりしたからね」
 ギレルモが顔を上げて崖に向けた。
「薬草売りのテオートルだな」
 その名前にレオナルドは驚く。広場でデモから救ってくれた相手だ。その後、突如怒りだして去って行った。レオナルドはギレルモに、知っているのかと尋ねる。
「あいつは、ガキの頃から町で薬草を売っていた。名前ぐらいは知っている。大方、さらわれた女の子孫だろうと思っていた。聖地を守っているなら、先住民の保護活動に傾倒しているのかもしれんな。たまにいるんだよ、そういうことにアイデンティティを見出す奴が」
 ギレルモは銃を抜き、崖に向ける。拳銃でこの距離なら、当たることはまずない。ギレルモは引き金を引く。乾いた音が響き、崖の途中に小さな砂煙が上がった。テオートルは億劫そうに立ち、崖の向こうに姿を消す。
「ちっ、さすがに当たらないか」
 不快そうな顔をギレルモはする。
「基地に入ろう」
 フランシスコが全員を促した。
 基地の内部は、コンテナ二つ分ぐらいの広さがあった。そこに観測機器やモニター、ホワイトボードが並んでいる。中央にはテーブルもある。
 壁の一部が開き、兵士たちが機材を運び込んできた。ギレルモは忙しそうに指示を出す。レオナルドも、搬入したコンピュータの場所を決めたり、配線をしたりする。アルベルトは、最新の観測結果を確かめる。フランシスコとマリーアは、部屋の隅で探査の開始を待った。
 一時間が経った。準備が終わり、バギーラによる洞窟探査が可能になった。仮設基地の入り口近くには、キューブ状の通信中継ユニットが積み上げられている。ユニットはバッテリーを内蔵しており、数日間電波を送受信できる。キューブユニットを、バギーラに六つ搭載した。最奥に達するまでには何度か往復が必要だ。バギーラの交換用バッテリーもその脇に重ねられた。
「それでは探査を開始する」
 ギレルモがバギーラの電源を入れた。通電を示すLEDランプが点灯する。ギレルモはモニターの前に陣取る。まだ煙がない場所なので、カメラから得た映像をモニターに表示している。ギレルモはコントローラを操作する。モーターの駆動音が小気味よく響き、キャタピラが回転する。洞窟探査ロボット、バギーラ・キプリンギが動き始めた。
 乾いた砂礫の上を走り、洞窟の入り口に近づく。五人ほどが並んで通れそうな開口部からは、煙が漏れている。カメラがほとんど役に立たなくなった。ギレルモは、入力を複合センサーに切り替える。一瞬画面がブラックアウトしたあと、白黒の三次元空間が現れた。
 モニターの隅に、立体地図が表示される。現在のバギーラの場所と移動経路、無線の中継地点を確認するためのものだ。レオナルドが開発した機能は、きちんと動作している。ギレルモは前進させて、バギーラをいったん停車させた。操作対象をマニピュレータアームに変更して、通信中継キューブを地面に置く。
「赤外線カメラの情報も取得した方がいい」
 別のモニターの前にいるアルベルトが告げた。画面に温度の濃淡が加わる。割れ目から噴き出す高温のガスを避けるための情報だ。ギレルモは、電波の中継を確認して再び出発する。無音の光景がどんどん流れていく。洞窟の中はところどころに段差があった。キャタピラで乗り越えられる場所はそのまま走り、不可能な場所は、八本の脚を展開して登っていく。
「次の分岐点を右に」
 アルベルトが指示を出す。レオナルドはモニターに目をやり、各コンピュータのCPU使用率を確認した。五十パーセント程度で推移している。メモリの使用率も六十パーセントを保っている。通信の遅延もない。現状なんの問題もない。通信中継キューブを二つ、三つと配置して、さらに奥へと進入する。三十分も経たないうちに、バギーラは六つの通信中継キューブの配置を終えた。
「達成移動距離は何パーセントだ?」
 ギレルモがアルベルトに尋ねる。
「三十パーセントを超えている。あと二回か三回繰り返せば、先住民の聖地までたどり着けるはずだ」
「よし。いったん引き返して、キューブを補充するぞ」
「その前に、試して欲しいことがある」
 レオナルドはギレルモに顔を向ける。
「通信途絶時の自動復旧処理を、入り口近くで実験して欲しい」
 工房では実験済みだが、実地では試したことがない。本物のトラブルが起きる前に、確認しておいた方がよい。
「分かった」
 ギレルモは、キャタピラを左右逆方向に回転させて向きを変えた。そして来た道を引き返し始める。
 レオナルドはモニターを見る。CPU使用率が十パーセントぐらいまで減っていた。既に空間把握を終えた場所を走っている。差分データによる精細化だけで、計算量は大幅に少なくなっている。第五キューブ、第四キューブと次々に通信中継地点を通過して、第一キューブの近くまで来た。
「通信途絶時の自動復旧処理の実験を開始する」
 レオナルドはテストモードのコードを、バギーラに送り込む。本当に通信が途絶するわけではない。通信が途絶したと仮定して、自動で移動させる命令だ。十分経てば通常モードに戻るようになっている。
 バギーラからの通信が途絶えた。バギーラは洞窟の中で、キャッシュに残っている地図を元に、自分の位置を計算している。経路を探索して、自動でキューブまで接近するはずだ。
 レオナルドは画面を凝視する。一分が過ぎ、二分が経過した。通信が復旧した。バギーラが復旧予定位置まで来たのだ。
「ふうっ」
 思わず大きく息を吐く。ギレルモが、手動での操作を再開する。バギーラが洞窟を抜けた。入力を光学に切り替える。モニターに仮設基地が映る。バギーラは基地の前で停まった。
「バッテリーを交換して、次のキューブを搭載しろ」
 ギレルモの指示で、カルロスが素早く外に出る。
「どうやら、上手くいきそうだな」
 フランシスコが声をかける。
「大丈夫です。今日中に片づくでしょう」
 自信に溢れた様子で、ギレルモは答える。
 カルロスが準備を終えた。
「さあ、行くぞ!」
 ギレルモは大きな声を出した。
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