◆第九話 多脚搭載型洞窟探査ロボ

文字数 3,814文字

 ギレルモは、ホワイトボード上の断面図を指で示し、尊大な態度で語り始めた。
「この場所にロボットを侵入させて、内部の様子を記録に残す。また資料になりそうなものを採取する。それが俺たちが成し遂げなければならないミッションだ」
「ロボットは?」
「あとで見せる」
「一番の障害は?」
「視界が確保できないことだ。既にイバーラさまが説明したが繰り返す。ロボットは遠隔操作で動かす。そのために周囲の様子を確認する必要がある。だが濃いガスのせいで、照明をつけても良好な視界を得ることができない。そこでレーダーや超音波ソナーを利用して空間把握をおこなう計画を立てた。複数のセンサーを使い、立体空間を再構築するというものだ」
「そのためにプログラマが?」
「そうだ」
「問題はそれだけなの?」
「もう一つ解決しなければならないことがある。入り口から目的地までの距離が長いために有線を使用することが困難だ。
 細いケーブルだと、尖った岩に引っかけ、切断する恐れがある。そのため、ある程度の太さが必要だ。当然、ケーブルは重くなり、かなりの負担になる。それに切れないケーブルにも問題がある。岩に絡まり、身動きが取れなくなる危険もある。だから、無線装置を一定の距離ごとに設置して、ベースキャンプ方式で複数回往復して進める計画を立てた。
 だが現実の洞窟は入り組んでいる。どんなタイミングで電波の陰に入ってしまうか分からない。その際、ロボットを自動で最後の確認位置まで後退させなければならない。そうした自動操縦システムも必要になる」
 レオナルドは考える。理論上は可能だ。ギレルモが言ったように、デバッグ時間をきちんと取りさえすればプログラムを書くことはできる。それが行き詰まっているということは、ただ書くだけでは駄目な状況が発生していると考えるべきだ。
「ボトルネックがあるんだね」
「ああ」
「それはロボット側の処理能力、搭載メモリ、無線の通信速度、あるいは他のものなの?」
 プログラムの高速化の試験を課したのだ。環境に最適化したコードが必要なのだ。
「今言ったこと、ほぼ全てだ。特に問題になっているのはロボット側の処理速度だ。CPUを増強することも可能だが、そうすれば搭載電源も増やさなければならない。また洞窟の内部はかなりの高温だ。冷却のためのコストも馬鹿にならない」
「重量と温度という物理的な制約から、処理能力を増やすわけにはいかないというわけ?」
「そのとおりだ」
「現実的な構成としては――」
 レオナルドは考えながら声を出す。
「ロボットではデータ収集だけをおこない、データを操縦者に送信する。そのデータを操縦者側で解析して三次元空間を構築する。そして、レンダリングしたイメージと操縦者の入力を、ロボットに伝える。
 通信が途絶えた場合は、キャッシュに残った空間イメージを手掛かりにして、センサーから自分の位置を割り出して、通信喪失地点まで自動復帰させる。これにはリアルタイムの計算速度は求めない」
「いけそうか?」
「大丈夫。方法には、いくつか当てがあるよ」
 ギレルモの問いに、レオナルドは自信を持って答える。それとともに、あることに気がついた。技術的な話になってから、ギレルモはレオナルドに敵意の目を向けていない。この男はあくまで技術者なのだとレオナルドは感じる。
「使用するロボットを見せてくれない?」
「こっちだ」
 ギレルモは片手を上げて、レオナルドを建物の奥に案内した。工作機械の向こうに、いくつもの部品が転がっている。その機械の山の中に、見覚えのあるロボットを発見した。
「パックボット?」
 レオナルドは思わず尋ねる。
 パックボットは、エンデバー・ロボティクス社の遠隔操作型の軍用多目的ロボットだ。人工知能を搭載しており複数のアームを装備可能で、その交換により機能を変更できる。
 エンデバー・ロボティクスは、二〇一六年にアイロボット社から切り離して設立された。アイロボット社は、家庭用掃除ロボット『ルンバ』で有名だ。この会社は、MIT人工知能研究所の人間が興した会社で、元々、軍事用ロボットの開発が主だった。レオナルドの通う大学から、それほど離れていない場所に本社がある。
「こいつはパックボットに外見は似ているが、中身は違う。軍事用途ではないから、耐久性を犠牲にして軽量化を図っている」
 ロボットは、平べったい体の左右にキャタピラがついている。車体には二本のマニピュレータアームと、一本のドリルが見えた。後部にはセンサーが集まった構造物がある。これが暗闇で目の代わりになるのだろう。
 ギレルモはテーブルに手を伸ばしてコントローラを取り上げた。ソニーのゲーム機用の無線コントローラだ。市販の操縦装置を利用できるのは、パックボットと同じだ。ギレルモがボタンを押すと、キャタピラのあいだから左右に二本ずつ、前後に二本ずつ、計八本の足が現れた。ロボットはクモのような姿になる。
「洞窟の中は複雑な地形だ。段差によっては、キャタピラで乗り越えられない可能性もある。その場合は、多脚を利用して障害物を乗り越える。キャタピラより効率が悪いために電気を多く消費する。可能ならあまり利用したくない方法だ」
 多脚戦車のように変形したロボットは、荷物の山をよじ登った。なるほど。パックボットに似ているが、中身はまるで違う。このロボット一台で、探検家のように洞窟の奥まで探査できるようになっている。
「名前は?」
「バギーラ・キプリンギ。普段はバギーラと呼んでいる」
「クモの名前だよ」
 アルベルトが横で説明する。ジャングル・ブックに登場するヒョウの名前に由来した、ハエトリグモ科のクモだそうだ。北米南部から中米に生息していて、植物を食料にする。この辺りにも生息しており、近年発見された種だという。
 レオナルドは、バギーラの周りをぐるりと回って観察した。センサー以外にも四つのレンズを持っている。自身を中心にして三百六十度の視界を確保できるようになっている。よくできている。レオナルドは感心してバギーラの姿をながめる。ギレルモは、性格は悪いが腕は一流のようだ。そこは素直に認めなければならない。
「仕事は?」
「今からすぐに入れ。開発環境の構築で通信が必要な場合は、カルロスに声をかけろ」
「PCは?」
「壁際にあるものから好きなものを集めて組み立てろ。OSは入っている。繋げばそのまま使えるはずだ」
 壁を見ると、棚にモニターやマシンが無造作に押し込んである。レオナルドは机を離れて棚に向かう。悔しいが、この仕事を面白そうだと思い始めている自分がいた。仲間たちと取り組んでいた仕事とはまるで違う。しかし、バギーラを使った洞窟探査は魅力的だった。
 駄目だ――。レオナルドは歩きながら首を横に振る。
 早く外部と連絡を取って、帰還の道を探らなければならない。祖父母だけでなく、大学の仲間たちも心配する。女たらしのクレイグが、無口なアン・スーが、スナック菓子を欠かさないBBが、どうしたのかと思うだろう。
 壁際に来たレオナルドは、棚に入っているマシンを端から確認していく。そして構成を考えながら、どの機械とどの機械を接続するか、頭の中で組み立てていく。
 そのとき、パシャリと音がした。なんだろうと思い、顔を向けて驚きの声を上げる。足元の小窓から、カメラを構えた少女が上半身を出して見上げていた。
「ねえ、ギレルモ。この人が新しく雇うと言っていたプログラマ?」
「そうです、お嬢さま」
 ギレルモは、面倒くさそうに答えた。お嬢さまと呼ばれた少女は、十六、七歳ぐらいに見える。瑞々しい肌をしており、整った顔をしている。肉付きのよい肢体をしており、その体を露出の少ないワンピースで包んでいた。お嬢さまということは、フランシスコの孫娘なのだろう。フランシスコとは違い、白人の血が濃いようだ。
 少女はカメラを顔から外して、にーっと笑う。はちきれんばかりの頬が魅力的だった。
「名前は?」
 レオナルドは少女に尋ねる。
「マリーアよ。あなたは?」
「レオナルド・フェルナンデス。みんなはレオと呼んでいる」
「よろしくね、レオ」
 マリーアは窓に上半身を突っ込んで握手の手を差し伸べてきた。レオナルドは腰を屈めて手を握る。マリーアは、弾けるような笑みを浮かべた。
「やあ、マリーア」
 背後からアルベルトの声が聞こえた。手を放したマリーアは、元気よく手を振った。
「またギターを弾いてね」
「お任せください、お嬢さま」
 アルベルトは、大げさなポーズで一礼した。建物に二人の笑い声が響く。
 レオナルドはマリーアの手元に視線を移す。デジタルカメラを持っているということは、パソコンを所有している可能性が高い。もしそうならインターネットを利用していてもおかしくない。上手く取り入れば、外部との連絡手段を確保できる。レオナルドは、マリーアに笑顔を向けて話しかけようとした。
「仕事をするぞ!」
 ギレルモの声が響く。アルベルトが肩をすくめる。マリーアがちろっと舌を出して窓から消えた。
 レオナルドはため息を吐き、棚へと戻る。やはりギレルモとは反りが合わない。そう思いながらパソコン本体とモニターを選んで、オフィススペースに引き返した。
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