◆第二十七話 六等星たちのささやき

文字数 1,382文字

 化石の前を離れたレオナルドは、バギーラの整備をしているギレルモたちの場所に移動する。
「ねえ、マリーア」
「なにかしら?」
「今からイバーラさんに会えるかな?」
「おじいさまに?」
「少しお願いしたいことがあるんだ」
「いいわよ」
 ギレルモがレオナルドをにらんだ。構うものか。レオナルドはマリーアを伴い、工房を出た。
 日が落ちてだいぶ経ったので辺りは暗い。天には星が輝いていたが、周囲の森は闇に包まれている。レオナルドの視界には豊かな自然が広がっていた。屋敷の広大な敷地には、森だけでなく、谷や小川も存在している。足を動かしながらレオナルドは耳を澄ます。鳥の声が聞こえた。獣も鳴いている。虫の求愛の音も響いている。リベーラ島の夜は、昼ほどではないが生き物たちの息吹で満ちていた。
 レオナルドは、マリーアに出会ってから、自分の身の上を語っていなかったことを思い出す。アメリカ人であること、祖父母がこの島にいること、彼らの家に休暇でやって来たことを話す。
「ねえマリーアは、島を出たいとは思わないの?」
 レオナルドの父親はアメリカに渡った。彼女は安全のために、屋敷に引きこもって暮らしている。しかし、島を離れて自由を手に入れるという道もあるはずだ。
「おじいさまはね、私に経営の勉強をさせているの」
 意外な言葉に驚いた。
「他の子供や孫たちと同じように、どこかの会社を任せる気なの?」
 マリーアの立場は不安定だ。しかし、どこかの企業のトップに納まれば、自分の城を持つことができる。
「おじいさまは、あまり周りの人たちを信用していないの。相続する財産の大きさが、みんなの心を狂わせていると言っていた。家族だから与えるものは与えるが、島の未来を託せる者はいないと嘆いていた。グラシアノが、私のお父さんが生きていればと、よく愚痴をこぼしている」
 フランシスコは、失った次男の代わりになることを、マリーアに期待しているのか。さすがにそれは酷ではないか。
「マリーアは、その役目を受け入れるつもり?」
「私にできると思う?」
「荷が重そうだね」
 マリーアはため息を吐く。
「私なりに、努力はしているんだけどね。でも、私よりも相応しい人が、おじいさまの事業を継ぐべきだと思うの。私の代わりはいくらでもいるはずだから」
 ――私の代わりはいくらでもいる。
 その言葉にレオナルドは胸を突かれる。抱えている悩みの種類は違うが、根底にあるものは同じだ。自己肯定ができない。他人と自分を比べて、劣等感を持ってしまう。憂鬱な気持ちで歩いていると、マリーアが下から顔を覗き込んできた。
「どうしたの、レオ?」
「うん。世の中には僕の代わりになる、もっと高い能力の人がいる。僕の作ったものを無価値にする、もっと高性能の製品がある。僕は、そうした現実を見なくて済む場所を探して、この島に来たんだ」
「代わりがいるのに、私たちはなぜ存在しているのかしらね」
 ため息交じりにマリーアは言う。レオナルドも大きく息を吐き、夜空を見上げた。無数の星が瞬いている。その一つが消えても、空の輝きは変わらない。ひときわ大きな星でなければ、そこに光があったことすら気づかれないのではないか。
 自分自身の人生を歩むとはどういうことか。それが分からずレオナルドは、上位互換に怯えて迷い続けていた。
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