◆第八話 火山洞窟の立体迷路

文字数 3,253文字

 森の城のフランシスコの部屋。彼が奥へと去ったあと、レオナルドはギレルモに連れられて屋外に出た。離れまで数分かけて、広い庭を歩いていく。
「いいか。イバーラさまに直接声をかけられたからといって、付け上がるんじゃないぞ。本当はおまえなど必要ないんだ。時間さえかければ、今の人員だけでも足りるんだ。だが急いで結果を出さなければならない。だからイバーラさまがプログラマを雇うように指示を出したんだ」
 工房への道を進みながらギレルモが忌ま忌ましげに言う。人員追加の指示を受けたのは、仕事の見積もりの甘さを指摘されたのと同じことだ。言うならばレオナルドは、ギレルモの無能の証明のために、この場に連れて来られたわけだ。
 これは仕事をするにしても、相当やりにくくなる。もしすぐに解決すれば、それこそギレルモの立場がない。逆に時間がかかれば無能となじられる。レオナルドは重い気持ちでギレルモのあとを追った。
 工房の前まで来た。離れと言っていたので小さいものを想像していたが、ちょっとした体育館ほどある。一階建てだが天井が高い。中に大きな工作機械を入れるためだろう。入り口のドアの上には監視カメラがある。よく見ると窓や周囲の木の枝にもカメラが見えた。
 屋敷には兵士もいる。これだけ監視が厳しいと、夜陰に乗じて逃げるのも難しい。それに森を抜けるのは危険が伴う。レオナルドは祖父の話を思い出す。森に入った人間が、よく白骨死体で見つかると言っていた。
 工房に入った。中は工作機械やロボットの部品と思われるものが無数に転がっている。部屋の中央には複数の机で、オフィススペースが作ってある。そこに、先ほどのカルロスとともに、もう一人の男がいてパソコンに向かっていた。
 引き締まった体に甘いマスクの優男。友人のクレイグとはタイプが違う。クレイグは、隙のないエリートビジネスマンといった風情だが、目の前の男は、インディ・ジョーンズといった探検家を髣髴とさせた。
 レオナルドは男を観察する。肩から垂れるほどに髪を伸ばしており、無造作に首の辺りで結わえている。服装はラフなシャツにズボン。年齢は三十代後半といったところだろう。日焼けのせいか全身の色は濃い。中米によくいるメスティーソかと思ったが、白人の血が強い顔立ちをしている。島民の容貌ではない。目には、学者や研究者に多い好奇の光が浮かんでいる。
「ようやく、新しい仲間が来たようだね」
 男は立ち上がり、嬉しそうな顔をしてやって来た。
「アルベルト・アレチェアだ、よろしく。きみと同じだよ。一ヶ月前に、島の近くを旅行していたとき拉致されたんだ」
 アルベルトは、まるで他人事のように笑いながら話す。
 ギレルモが、アルベルトをにらむ。アルベルトは、ギレルモの視線を気にする様子もなく、レオナルドをオフィススペースに誘導した。
「レオナルド・フェルナンデスです。レオと呼んでください。アルベルトさんもプログラマなんですか?」
「いや、僕の専門は地質学と生物学だ」
 どうやらフランシスコは、洞窟探査に必要な人材を、その都度集めているらしい。たぶん最初は、フランシスコに心酔しているギレルモに話した。しかし、特殊な環境に対処するためには、機械を作る技術だけではどうにもならない。洞窟という敵を知るためにアルベルトを誘拐し、立てた作戦を遂行するためにレオナルドをさらって来たのだろう。
「洞窟はどういう場所なんですか?」
 仕事を完了しなければ帰れない。なるべく早めに詳細を聞いておこう。
「ホワイトボードを見てくれ」
 アルベルトは、写真や書類が大量に留められたボードを指差す。
「サントス火山だ。知っているかい?」
「ええ。リベーラ島の西にある火山ですよね」
「そうだ。その活火山を正面から撮影している。火山の名は、この島を発見した白人の名に由来している。
 サントス・リベーラというスペイン出身の男は、自分の苗字を島の名に、名前を火山の名にした。『発見し、命名した』というのは、実にヨーロッパ人らしいエピソードだね」
 楽しそうにアルベルトは笑い声を上げた。
「さて、ここを見てくれ」
 写真の書き込みをアルベルトは指す。山の麓辺りに、マジックで矢印と文字が書いてある。
「サントス火山の麓には無数の洞窟がある。溶岩の退行によってできた穴と、雨の浸食によってできた空洞が立体的に絡み合い、迷路のようになっている。
 この場所だが、探査をおこなう上で大きな問題がある。ガスだ。火山性の有毒ガスが穴の中に溜まっている。当然人間は入れない。それに崩落などもあり、人が通れない狭さの場所もあると予想される。次はこの写真を見てもらいたい」
 アルベルトは体の向きを変えて、別の写真を指差す。何枚かの写真を、縦に繋ぎ合わせたものだ。
「先ほどの場所から少し離れた場所をボーリングしたものだ。そのものずばりのポイントは毒ガスで近づけないからね。だから離れた場所でおこなっている。
 さて、周囲のボーリングの結果から、いくつかの事実が判明した。まず、サントス火山の誕生時期だ。ここ五万年以内にできた。火山性の砕石物の堆積から、その様子を知ることができる。
 そしてここを見てもらいたい。油母頁岩の層がある。油母頁岩は、泥と植物が湖底に無酸素状態で堆積してできたものだ。
 島には、数十メートルにわたってその層がある。地層は化石を含んでいた。ビカリアという殻長十センチメートルほどの円錐形の巻き貝だ。この生物は新生代第三紀に繁栄した示準化石だ。世界中の熱帯から亜熱帯に分布し、湖沼や海沿いの湿潤な場所に生息している。
 始新世第三紀は、六千四百三十万年前から百八十万年前の範囲だ。そしてこの地層をウラン・鉛法で調べてみた。その結果、五千万年ぐらい前の地層だと分かった」
 アルベルトは嬉々として語る。
「それで、僕たちがやらないといけない調査はなんですか?」
 レオナルドは先を促す。
 アルベルトは、今度はリベーラ島の航空写真を示した。西にサントス火山があり、その周囲だけ地面が露出している。
「この場所の地下深くに、先住民の聖地がある。そこがイバーラ氏の目指している場所だ。洞窟は現在、ガスで侵入できない。しかし、数百年前には自由に入ることができた。実際に奥で儀式をしていたという伝承が残っている。この場所に、呪術の正体があるとイバーラ氏は推測している」
 これまでの科学的な話から一転して、急に出てきた『呪術』という言葉に、レオナルドは思考のリズムを崩された。
 先ほど出会ったフランシスコの様子を見る限り、そこに迷信めいた思考はないように思える。実際彼は、島の工業化を推し進め、近年は先端産業の誘致や人材育成をおこなってきた。フランシスコの意図が読めないまま、レオナルドは先を続けて欲しいとアルベルトに告げる。
 アルベルトはホワイトボードの一角を指差した。そこには印刷した地面の断面図がある。
「僕は対象の洞窟を、地上から複数の方法で物理探査した。そのデータを組み合わせて、たぶんこうなっているはずという地下空間を、コンピュータグラフィックスで描いた。内部は迷路のようになっているが、先住民の聖地と目されるところまでは、割合平坦な地面が続いている。そのことが、この図から分かると思う」
 レオナルドはホワイトボード上の断面図を見る。立体的に枝を伸ばす道の一つに、赤いフェルトペンで色が塗ってあった。先住民が儀式をしていたのならば、過去には人間が通れたのだろう。水平方向に何度も枝分かれをしているが、上下の移動はほとんどない。ところどころ細くなっているのは、地震などによる崩落のせいだと推測する。
「僕の話はいったん終わりだ。続きはメンデス氏が探査計画について説明してくれる」
 アルベルトは自分の席に戻り、机の上のカップに手を伸ばした。代わってホワイトボードの前にギレルモが立った。
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