◆第二十話 リベーラ島の場違いな工芸品

文字数 2,290文字

「私は、この件について客観的な情報を得ようとした。私は七年に一度、丸一日におよぶ突然の眠りに落ちていた。そして自身の体から虫が這い出て、空に飛び立つ夢を見ていた。同じ現象が、他の島民にも起きているのか調査した。もしそうした事実があるなら、ディエゴの呪術の信憑性は高まると考えたからだ。
 私は、リベーラ島の医師たちに問い合わせた。個人情報に関わることだが、彼らは喜んで協力してくれたよ。
 結果、大虐殺の頃に生きていた者たちに、眠りに落ちる者がいることが分かった。ただ、時間は長くて数時間。日常生活が困難なほどではない。彼らは私と同じように、虫の卵と呼ばれた石を飲んでおり、虫の夢を見ていた。しかし私のような能力はなかった。おそらく、私が最も呪術のかかりがよく、その副作用として強い力が発現したのだろう。
 この現象が、島内でも特に注目されていなかったのには理由がある。七年に一度の眠りや夢は、決まって祭りのあとに起きる。だから、祭りの疲れのせいだと思われていたんだ」
 フランシスコはそこまで告げ、一息入れる。
「こうした調査と並行して、私は先住民の伝承も集めた。島の先住民は文字を持たなかった。そして百年前に入植者が来たことで、文化のほとんどが失われた。とどめになったのは五十年前の虐殺だ。このときに、ほとんどの人が死んだ。
 私が集めたのは、数少ない生存者たちの証言だ。彼らが保持していた断片的な情報から、島の伝承を再構築しようと試みた。話は石像についてのことが中心だった。レオくん。きみはあれを見たとき、どういう感想を持ったかね?」
「奇妙なものだと思いました。サイズはバスケットボールほどで、表面には虫を模した複雑な模様があります。芸術家なら大変興味をそそられるでしょう」
「そうだな。実際、マリーアの母ドロテアは、自分の作品に取り入れた」
 フランシスコはしばらく無言になり、そして口を開いた。
「ところでレオくん。きみは、オーパーツと呼ばれるものが、この世に存在していることは知っているかね?」
「out-of-place artifacts――場違いな工芸品――の略ですね。綴りはOOPARTS。水晶髑髏や、コロンビアの黄金スペースシャトル。建造物では、ナスカの地上絵やマチュ・ピチュ、ストーンヘンジなども、そうした文脈で語られることがあります」
 オカルト話が好きなBBから散々聞かされた。BBは、科学から魔術まで広範な知識を持っている。
「そうしたものの一つが中米にも存在する。コスタリカの石球と呼ばれる、花崗閃緑岩の石の球だよ。石球は、ディキス石器文化の人々が作ったと言われている。限りなく真球に近く、大小様々なものが無造作に地面に置かれている」
「あの石像が、古代の超文明の遺産だと言うのですか?」
 レオナルドの問いに、フランシスコは笑みを浮かべる。
「私は、そこまで夢想家ではないよ。だがコスタリカの石球のエピソードには、興味を持った。コスタリカの石球は、どの角度から計ってもほとんど誤差が見られない。完全な球に近い形をしている。我らのリベーラの石像についてはどうかね?」
「円ではないですね。敢えて言うならば、ずんぐりとした楕円です。形はどれも同じだと思います」
 フランシスコはうなずく。
「この話を、数学的に語ってみよう。円を表す数式は、x^2+y^2=1 になる。楕円の式は分かるかね?」
「(x/a)^2+(y/b)^2=1 です」
「リベーラの石像を、最も断面積が広くなるように縦に割ったとしよう。その場合、断面の外周、つまりぐるりと囲む縁の部分を表す式は、どうなるかね?」
 レオナルドは少し考える。
「一般的な楕円の式で描く形ではありませんね。それよりも膨張した形をしています」
「そこに法則性があれば、作り手に知性を感じるかね?」
「ええ。少なくとも未開の土地の住人だとは思わないでしょう」
「実際に石像を計測して、そこに最も近似する数式を求めさせた。我らがギレルモにな」
「答えは?」
「|x/3|^2.5+|y/2|^2.5=1 だった。きみはこの数式を見たことはあるかね?」
 どこかで見たことがある。レオナルドは記憶をたどる。
 そうだ。確か大学近くのレストランで、アン・スーと食事をしたときのことだ。アン・スーは、丸みを帯びたテーブルをながめて、紙にこの数式を書いた。形を見て式が分かるのかと尋ねると、少し頬を赤らめて「知っていたの」と言った。
「ピート・ハインがデザインしたものだから」
 そのときにアン・スーがつぶやいた言葉を口にする。フランシスコは「ブラボー」と叫んで、弾けるように笑った。
 ピート・ハインは、デンマーク生まれの科学者、数学者、発明家、デザイナー、作家、詩人だ。彼は|x/a|^n+|y/b|^n=1 で表されるスーパー楕円を利用したテーブルや街区設計を数多くおこなった。それはアンチストレスなデザインとして、多くの人々に受け入れられた。
「そのピート・ハインがデザインしたものに、スーパーエッグと呼ばれるものがある。スーパー楕円を、長軸を中心に回転したものだ」
「リベーラ島の石像が、その形をしているんですか?」
「ほぼ誤差のない形で模している」
 レオナルドは驚いた。この島で何度も見た石像に、そんな秘密が隠されているとは。
「そのアイデアは、イバーラさんが独自に考えたものなのですか?」
 虫の紋様が彫られた石像が、スーパーエッグの形をしている。そうした発想は、どこから来たのかと疑問に思った。
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