◆第二十五話 トラブル発生、通信途絶

文字数 3,979文字

 三往復が終わり、踏破距離が九十パーセントを超えた。二時間近くが既に経っている。最後の十パーセントを攻略するために、バギーラが仮設基地にピットインしてきた。
 ギレルモとカルロスが席を立ち、バッテリーを換えて補修をおこなう。何度か坂から転げ落ち、フレームにわずかな歪みができている。破損のひどい部品は交換して、動きを一つずつ確かめた。
「よし。大丈夫だ」
 ギレルモが再びバギーラの操作を開始した。レオナルドはその横で、プログラムが出力したデータを、ナビゲーションシステムに反映させる。最も高低差の少ない道を計算したものだ。
 バギーラが、最後に配置した通信中継キューブを通過した。ここから先は未踏破の場所になる。ギレルモは慎重に指を動かしながらバギーラを進めていく。
 レオナルドは自分のモニターの中で、仮想空間の立体モデルを回転させた。整合性を目視で確認する。
「うんっ?」
 正面だけ見ていると気づかない地形を発見する。洞窟の天井から斜めに走った亀裂が、地面へと向かっていた。
「亀裂が前方に出現するぞ!」
 レオナルドは叫んだ。ギレルモが慌ててブレーキをかける。しかし一瞬遅かった。モニター内の三次元空間が歪む。その直後、景色が消えた。
 どうやら亀裂に落ちたようだ。センサーのデータが送られてこないということは、電波の陰に入ってしまったのだろう。仮設基地に重い空気が漂う。最善を尽くした上で発生した事故だと、全員が理解していた。
「自動復帰するはずだ。壊れてなければだがな」
 ギレルモが苦い顔をする。段差がどの程度のものなのか分からない。だから損害を見積もることは難しい。
「ちょっと待ってください」
 アルベルトがモニターの中の断層データを確認する。
「周囲の地層と物理探査のデータから考えて、高さは一メートルもないと思います」
 多脚形態になれば登れる高さだ。しかし通信の復帰がない。なにか想定外のトラブルが起きたのかもしれなかった。
 フランシスコが車椅子を動かして近づいてくる。
「通信が途絶えたのか?」
「はい。復旧プログラムは正しく動作しているはずです。そろそろ通信が回復してもよいはずなのですが」
 ギレルモが、恐縮した顔で答える。
「センサーが故障した可能性は?」
 レオナルドは、ギレルモに尋ねる。
「一メートルぐらいの高さなら壊れない。だが上下が逆さまになって、センサーが下側になっているなら厄介だ。自分の位置を確認できない」
「転倒時の自動姿勢復元アルゴリズムは入れてあるよ」
「センサーの位置がずれて、現在位置を把握できない可能性は?」
 ギレルモが聞いてくる。
「センサーの位置が変わったと想定される場合は、キャリブレーションを最初からおこなう。プログラム側でおこなえる対策は、きちんと組み込んでいる」
 レオナルドとギレルモは、言葉を交わすたびに険悪になっていく。
「少しクールダウンしようじゃないか」
 アルベルトが明るい声で、緊張した空気に割って入った。
「ワインでも飲むかい?」
「今は、そんなときではない」
 ギレルモが声を荒らげる。
「いいアイデアがあるんだけどな」
 アルベルトが軽口を叩きながら、退散の仕草をする。
「アルベルトさん、なにか策があるんですか?」
 レオナルドは、身を乗り出して尋ねる。
「キューブの出力は上げられないのかい? そうすれば、減衰しながら反射していた電波が、バギーラまで届くかもしれない。そこから命令を送り込み、バギーラにも出力を上げさせて現状を報告させる」
 電波は、洞窟の中では様々な角度に反射する。出力を上げれば、確かに届く可能性はある。試す価値はある。レオナルドはギレルモの顔を見る。
「可能だ。出力を上げる機構は組み込んである」
 ギレルモはカルロスに指示を出して、通信中継キューブの出力を上げさせた。その電波に命令を乗せて、バギーラからの電波の出力を上げさせる。
 十秒、二十秒。センサーの情報が送られてきた。
「よし!」
 仮設基地が沸いた。
 三次元空間がレンダリングされた。どうやら、岩のあいだに挟まって動けないようだ。ギレルモはドリルを回転させて岩を砕く。そしてマニピュレータアームを使って、岩の破片を取り除いた。
「これで動けるようになった。いったん高出力を解除して、自動復帰プログラムに操作を任せる」
 再び画面が真っ暗になる。一分したところで、電波が復旧した。段差を登って電波のカバー範囲に戻ってきたバギーラが、通信を送ってきた。仮設基地に歓声が上がる。
「よし、先に進める!」
 ギレルモは、通信中継キューブを段差の手前に置き、バギーラを前進させた。今度は電波の影にならず、問題なく状況を把握できる。脚を使い、亀裂を降りて登ったバギーラは、多脚を収納してキャタピラで走り始める。
 二つほど通信中継キューブを置いたところで、広い空間に出た。先住民の聖地にバギーラが到着した。
「内部はドームのようになっているようだな」
 画面を見ながら、ギレルモが言う。
「舞台みたいな場所がある。ここで宗教儀式とか演説とかをしていたのかな?」
 横から覗き込みながら、レオナルドはつぶやく。
「煙は?」
 ギレルモが、アルベルトに尋ねる。
「センサーにガスの反応はあるけど、空気は安定している。サーモグラフの分布も平板で温度が低い。煙は噴出していない」
「カメラが使えるかもしれないな」
 ギレルモは入力を切り替え、LEDライトを点灯させる。前方に丸く照らされた景色が浮かび上がった。
「もっと近づけるかな?」
 アルベルトが尋ね、ギレルモがバギーラを動かす。
「採石場のように石を切り出しているね」
「石像の材料ですか?」
「石像は関係ないよ。あれは花崗岩でできているから。この辺りは、周囲のボーリングの状況から考えると、油母頁岩の地層のはずだよ」
 モニターの周囲には、レオナルドたちだけでなく、フランシスコやマリーアも集まっている。ひととおり内部を観察したあと、フランシスコが口を開いた。
「なにか呪術や儀式に通じるものはないか、あるいは文字や壁画などの記録に類するものは残っていないか。隠し扉などでもいい。そうしたものは存在していないか?」
「すみません。ないようです」
 ギレルモが悔しそうに言う。
 仮設基地が重い空気に包まれた。長い時間と多大な労力を注ぎ込んだプロジェクトに、成果がないというのは残酷だ。空っぽの空間を見るために、この場所にいる面々は努力したことになる。
「なにを言っているんだ!」
 明るい声が重い空気を吹き飛ばす。
「先住民たちが、ここでなにをしていたのか、なんのために来ていたか、一目瞭然じゃないか!」
 アルベルトが、興奮しながら声を上げる。
「おい、適当なことを言うな。なにもないじゃないか!」
 ギレルモが怒声を放つ。
「ここは宝の山だよ!」
 アルベルトは頬を紅潮させる。
「この洞窟は、ユネスコの世界遺産に登録されているドイツのメッセル採掘場とよく似た場所だよ。メッセルは大量の化石が出土したことで有名だ。島の地下には同じ地層が眠っている。そして僕の予想どおり、聖地の場所は、その地層と合致していた!」
「つまりどういうことだ?」
 ギレルモが、苛立ちを隠せない様子で言う。
「僕の推測はこうだ。先住民たちは聖地で化石を採掘していた。彼らは信仰の対象として、化石の生物を崇めていた。それらを得るために、洞窟を利用していたんだ」
「古代の生物?」
 レオナルドは尋ねる。
「そうだよ。先住民たちの失われた呪術は、その生物に関わっているに違いない」
「それで、どうすればいいんだ?」
 ギレルモが、アルベルトを急かす。
「僕たちも採取すればいいんだよ。転がっている石を拾うのでもいい、新たに掘り出すのでもいい。そして、どんな生物の化石があるのか確認する。そうすれば、先住民たちの信仰の対象が判明する。それこそが先住民の呪術の正体に繋がる鍵に違いない」
「よし」
 フランシスコが力強い声を出した。
「地面に石は残されているか?」
「あります」
「まずは、その塊から持ち帰るのだ」
「分かりました」
 ギレルモはマニピュレータアームを操作して、バギーラに石を載せていく。搭載可能な重量を考えながら、できるだけ大きな塊を積んで動きだした。
 今度は洞窟の入り口に向けての帰還作業だ。LEDライトを消して、入力を各種センサーに切り替える。バギーラは来た道を引き返す。既に詳細な地図はできている。画面に表示された経路をたどりながら、バギーラは地上まで戻ってきた。
「どうする?」
 レオナルドはギレルモに尋ねる。
「日が落ちるまで往復を続けよう」
 バギーラに搭載された石の量はそれほど多くない。それらをトラックに運び込んだあと、バッテリーを交換して再び洞窟へと投入する。
 夕方になった。日は傾き、辺りは朱色に染まっている。崖の上には、再びテオートルが姿を現していた。ぼろをまとい夕日を浴びた姿は、死に神のようだった。彼は、化石を運び出すレオナルドたちの様子を観察している。彼は、ギレルモが銃を向けるたびに、崖の向こうに身を隠した。ギレルモは、そのたびに顔をしかめて罵倒の言葉を発した。
 トラック二台とSUVは、採取した石を搭載して、フランシスコの屋敷に向かう。採集の成果は上々だった。SUVの中には、上機嫌でワインの栓を開けるアルベルトがいた。彼は車内の人間にワインを振る舞っている。フランシスコもレオナルドも、グラスを手にして飲んだ。足元には、入手した石の一部が置いてある。マリーアはその塊を、恐ろしそうに見つめていた。
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