◆第三十五話 島の呪術の二つの解釈

文字数 3,687文字

 ビデオ会議を終了した。BBの推測が正しいなら、この島の住人たちは、悪霊である巨大虫に殺される。もちろん島にいる自分も例外ではない。レオナルドは、会議の内容を伝えるために、マリーアと母屋に向かう。フランシスコの部屋に行くと先客がいた。ギレルモが今日のことを報告していた。
「あとの方がいいですか?」
「いや、レオくんとマリーアも一緒にいなさい。ギレルモに聞いたよ。大学の仲間たちと議論をしたそうだね。その話を、きみの口から直接聞きたいと思っていたところだ」
 レオナルドは、ディエゴがかけた呪術の解釈について語った。
「うむ」
 フランシスコは、真面目な顔でうなずく。
「その件で、ギレルモときみの意見は対立しているようだ」
「対立?」
「ああ。ギレルモ、きみの口から説明した方がよいだろう」
「はい」
 ギレルモは、レオナルドに顔を向ける。
「数字の解釈、先住民が化石の虫を神聖視していたという推測、そうしたものは合っていると思う。だが、悪霊が島民に災いをもたらすという内容は飛躍しすぎている。もっと現実を見るべきではないのか?」
 ギレルモは、蔑む視線を送ってくる。
 マリーアが、レオナルドの横で不満そうに頬を膨らませた。彼女は悪霊を目撃している。その事実を否定されたも同然だった。
「じゃあ、あんたはどういった解釈をしているんだ?」
 レオナルドは、挑むようにギレルモに問う。
「虫の力をイバーラさまが得て、経済的に成功した。そのことは否定しない。イバーラさま自身が信じておられることだからだ。そして、呪術が四十九年目に大きな災いに繋がる。それも否定しない。だが、実態については別のとらえ方をしている」
「悪霊ではないということか?」
「そうだ」
「じゃあ、あんたは、どんな災いが発生すると考えているんだ」
 ギレルモは鼻で笑う。
「島民による反乱だよ。イバーラさまの描く未来に反対して、暴力でもって金を奪い取ろうとする愚かな島民たち。四十九年かけてイバーラさまが富を得た結果、島内に血で血を洗う殺戮が起きる。これこそが現実的な解釈ではないのか?」
 レオナルドは押し黙る。確かにギレルモの言うとおりだ。先住民の呪術により、悪霊が現れて島の生き物を食べ尽くす。そんなオカルトめいた話よりも、余程筋の通った内容だ。実際に島では暴動が発生している。そして今にも爆発しそうになっている。
「反論があれば聞こうじゃないか」
 ギレルモが勝ち誇った顔で言う。この島に来る前の、そして屋敷で過ごす前のレオナルドなら、ギレルモの言葉に全面的に賛成しただろう。
「いいかレオナルド。今俺たちがしなければならないのは、悪霊とやらに対処することではない。イバーラさまの縁者を屋敷に集め、警備を強化して、攻め入ろうとする島民を撃退することだ。たとえ大量の血を流すことになったとしてもだ」
 ギレルモは目を血走らせる。
 レオナルドは背筋が寒くなった。それは大虐殺に繋がるのではないのか。島では五十年前にそうした事件が起きた。レオナルドは、自分が非常に危うい土地に来ていることを実感する。
「ギレルモの言うことはもっともだ。私の息子や孫たちを呼び、兵士たちに護衛させよう。個別に襲われれば対処のしようがない」
 フランシスコは電話を取り、指示を出す。そのあと彼は、レオナルドとギレルモの顔を正面から見た。
「さて、ディエゴの呪術の解釈についてだが、私はレオくんの意見に賛成している。そう考える根拠がある」
 フランシスコの言葉に、レオナルドとギレルモは驚く。
「周囲の人間にも隠していたのだが、そろそろ明かすべき時期だろう」
 膝の上にかけていた毛布をフランシスコは取った。そして、身を屈めてズボンの裾を上げる。フランシスコの動かない足は変形していた。皮膚の下に、拳大の盛り上がりがいくつもある。それは微かに蠢いていた。そして虫の幼虫を埋め込んだような形をしていた。フランシスコは裾を戻し、膝の上に毛布をかける。
「おじいさま……」
 マリーアは声を漏らす。
「呪術による変化は、物理的な現象のようだ。マリーアに分からなかったということは、霊的なものではないのだろう。私は、他の者たちよりも呪術のかかり具合が強かった。私以外の者にも、時間差で同じ変化が起きると推測される。
 今は四十九年目の夏だ。素数の周期のセミが現れる時期だ。呪術はいつ発動してもおかしくない。残された時間は少ない。私はこの島に起きる災いを防ぎたい。ギレルモ、レオくん。島の危機を救うために尽力して欲しい」
「はい」
「分かりました」
 レオナルドとギレルモは同時に返事をした。
「それともう一つ頼みがある」
 車椅子を動かして、フランシスコはテーブルまで移動する。引き出しを開けたフランシスコは、拳銃を取り出した。
「もし私が、呪術の影響で周囲に災いを振りまく存在になったら、殺して欲しい。私は人々に不幸をもたらす原因になりたくない。自分の命を投げ打ってでも人々を救う。それが貴族の務めだと思っている。その考えに反することはしたくないからな」
 フランシスコの目は真剣だった。彼はギレルモに拳銃を差し出した。
「それはできません!」
 ギレルモは拳を握り、下を向いた。ギレルモはフランシスコに心酔している。その相手を自ら葬ることは避けたいはずだ。
「そうか」
 フランシスコは拳銃を持つ手を下げる。
「それでは、レオくん、きみにお願いしよう」
 レオナルドは目を見開く。ギレルモが驚きの顔で、フランシスコとレオナルドを見比べた。レオナルドは緊張で身を硬くする。拳銃ならアメリカで持っていたし、撃ったこともある。しかし、この拳銃を受け取る意味は、それらとはまるで違う。
「きみは、呪術について調べ、どうしたいんだね?」
「できれば、祖父や祖母の住む、この島を救いたいと思います」
「島の人間を救うということは、島の人間に害を成す相手を、排除するということだ。きみに、その覚悟があるのかね?」
 レオナルドは押し黙る。
「なにかをするためには、相応の責任を負わなければならない。知的遊戯に興じたいだけならば、アメリカに戻った方がよい。私は差し迫った問題に対して、現実的な手を打ちたいのだ。それが私自身を滅ぼすことなら、そうすることもやむなしと考えている。今一度問う。きみには覚悟があるのかね?」
 フランシスコが、なぜ尋ねているのか分かる。島で生まれ、島に血族が多く住むギレルモと違い、レオナルドはよそ者だ。遊び半分で関わっているのならば、首を突っ込むなと言っているのだ。
「必要なときにはきっと」
 レオナルドは拳銃を受け取った。
 横にいるギレルモが、火を噴くような目でレオナルドをにらむ。レオナルドは硬い体のまま、その視線を受け止めた。
「今後は、どうする予定だね?」
 フランシスコは、二人に尋ねる。
「もう少し、情報を調べてみたいと思います」
 レオナルドは、島について詳しくない。まだ見落としていることがあるかもしれない。根本的なところでミスを犯している可能性もある。そもそもレオナルドが得た情報のほとんどは、伝聞や資料を通してのものだ。自分の目で見て、耳で聞いて、体験したものではない。
「まずは、ディエゴさんについて情報を集めます。彼のことを知っている先住民が、まだ生きていると思います。彼らが暮らしている場所に行きます」
 フランシスコは、ギレルモに顔を向ける。
「ギレルモ。明日の朝一番で、レオくんを先住民の集落に連れて行ってやれ」
「――はい」
 ギレルモは不服そうに答える。
「レオくん」
「なんでしょうか」
「きみが改めてディエゴについて調べることは、意味があると思う。きみの目で、新たな事実を発見できるかもしれない。吉報を待っているよ」
 フランシスコは、レオナルドたちの姿を見て言った。
 レオナルドとギレルモは、フランシスコの部屋を出た。マリーアはそのまま残ってフランシスコと話をするそうだ。
 廊下に出たあと、ギレルモが鋭い目をレオナルドに向けた。
「拳銃の話を振られたとき、なぜ断らなかった!」
「イバーラさんが望んだから」
「おまえは、それが、どういうことなのか分かっているのか?」
「分かっているつもりだ。僕にその役が回ってくれば、しなければならないだろう」
 ギレルモは、憎悪の目でレオナルドを見る。
「拳銃をよこせ」
「これは、イバーラさんが渡したものだ」
 ギレルモは、怒りで全身を震わせる。フランシスコの命令を絶対と考えるギレルモは、レオナルドの手から拳銃を奪うことができない。ギレルモは、拳を強く握ったあと、再び工房へと消えていった。
 レオナルドは、これでよかったのかと自問する。そして、これからどうするか考える。全身に疲労が溜まっていた。明日は先住民の住む場所に行く予定だ。今日は早めに寝た方がいい。レオナルドは兵士にホルスターを手配してもらったあと、寝室に向かった。
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