第111話 それほど人から憎まれる存在だったのですか・・・僕らは

文字数 1,216文字

 ややあって、少し離れた場所から物々しい音が聞こえてきた。そして、その場所に突然たくさんの光が当てられた。自分が伏せっている場所から80メートルほど離れた場所だ。騒ぎは大勢の警察官が建物に踏み込んだことによるものだった。そこで何が起きている? 詩郎にはまったく予想つかない出来事だった。
 するとその方向から誰かが歩いてくる。固い靴音が聞こえた。二人の前で止まり、その者がこちらに喋りかけてきた。
「捕まえたぞ」
 背後の光が男の形影を詩郎たちが伏せっている地面に落とす。
 自分の背中を押さえていた和田の手が離れた。和田が先に立ち上がる。
「ご苦労さまです」
 警察を率いていたのは小坂部だった。來島詩郎もゆっくりと立ち上がる。
 それを見て小坂部が詩郎に声をかける。
「大丈夫ですか? どこかお怪我は?」
 最初の和田の時と違い詩郎は冷静に答えた。
「どこもありません」
 しかし、まだ事態を把握できていなかった。和田が小坂部に囁く。
「曽我の他は?」
 小坂部が耳をそばだてる。
「すまん。よく聞こえん。壊してしまってな」
 逮捕の瞬間、小坂部は補聴器を落として踏みつけてしまったのだ。和田が笑いながら小坂部の耳元で声を張った。
「共犯者は誰でしたか?」
 小坂部は頷き呟く。
「女狐と傀儡師(くぐつし)だ」
「やっぱり。催眠で?」
「ああ。逮捕した時、朝比奈はなんで自分が撃ったかまったくわかっておらん様子だった。持っていたライフルを恐ろしげに投げつけてきたよ」
 曽我たちの來島詩郎暗殺計画を小坂部と和田は予め知っていた。しかしなぜ・・・。
「ドンピシャだったな。今日この場所でこの時刻。特捜部の言ったとおりだぜ」
 小坂部が満足そうに呟く。和田が小坂部の言葉を引き継ぐ。
「あの男は、国際手配されています。奴の複数あるドメインは全部特捜部で把握できています。情報流せば直ちに通信傍受できますからね。それと曽我のも・・・」
 あの男とは杜日将のことだ。そして曽我のチャットメッセージもすべて特捜部には筒抜けだった。
 小坂部たちは、『笑門来福⤴吉日』再結成を阻止する曽我の行動を調べるうちに中国に本拠地を置く闇組織と曽我の関係性と、飯倉三津郎に仕掛けたタリウム殺害計画の実態、そしてさらに海堂メイコの隠し口座から曽我が盗み取った巨額のマネーの存在まですべて調べ上げていた。その上でここ赤坂のAneeca前で張っていた。曽我たちが來島詩郎の殺害を企てることを。発砲と同時に曽我たちを現行犯逮捕するために。
 和田が改まって來島詩郎に向けて姿勢を正し謝辞を述べる。
「すみませんでした、來島さん。突然のこととは言え、突き飛ばしたりして」
 詩郎は頭がぼうっとしたまま立ちすくんでいた。そしてぽつり呟いた。
「それほど人から憎まれる存在だったのですか・・・僕らは・・・」
 その呟きは、娘の敵(かたき)討ちに命燃やしたジャーナリストと、究極のアイドルが背負う哀しい定めの結末を意味していた。

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