第85話 彼らの心を揺すぶることのできる打ってつけのヤツ

文字数 1,051文字

 呆れたように慎之介が首を振る。
「勝手な取りようだよ。それはあいつらの見栄なんだって。自分たちは別格だぞって。だってそうだろ、本心から戻りたいなら邪魔者なんて置かないよ」
 慎之介の解釈は間違っていない。だが、飯倉はそれより奥の正志と拓海の揺れる感情を読み取っていた。
「確かに、慎之介の言うように彼らは見栄を張っている。これだけのキャリアを持っているのにいまさらアイドル業なんてと。だから素直にこっちに来ない。というか来れないんだよ、世間体が邪魔して」
「邪魔者って世間体のことですか? 違いますよね?」
 慎之介の疑念に飯倉は首を振る。
「違う」
 さっきから黙っていた剛士がそこを突っ込む。
「民政党ですよね?」
「それもあるが、N放送局もだ。そして最大の黒幕は・・・」
 剛士が推量する。
「アジアンニュース、ですか?」
「そうだ。何故だか連中が君らの再結成に強く反発していて、正志と拓海をどうにかして民政党に送り込もうと企んでる」
 やるせなさそうに剛士が呟く。
「そんなに国会議員の肩書きがいいかな・・・」
 飯倉は言った。
「それが世間体だよ。アイドルより国会議員の方が高貴な職業に映る。だろ?」
 飯倉の意味深な問いかけに、そこにいた3人の元アイドルたちは訝しそうな表情でこれを否定した。
 飯倉は嬉しそうに呟く。
「それだよ。それが本心なんだよ。正志も拓海もわかってるんだ。国会議員よりアイドルの方が人の役に立つんだって。人々を元気にできるのはアイドルしかないって」
 飯倉の言葉に励まされたのか珍しく詩郎が興奮して言った。
「飯倉さん! 俺が直接、あの二人と交渉しましょうか?」
 しかし飯倉はこれを受けなかった。
「君たちは動いちゃだめだ。芸能メディアに格好の餌を与えることになる。それよりも彼らの心を揺すぶることのできる打ってつけのヤツがいる」
 慎之介が首を傾げる。
「そんなヤツいます?」
「いるよ、彼(か)の地にね」
 飯倉は小さく笑って、その者の遠影を懐かしく脳裏に召喚した。


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<自己紹介>
水無月はたち
大阪下町生まれ。
Z世代に対抗心燃やす東京五輪2度知る世代。
ヒューマンドラマを中心に気持ち込めて書きます。

―略歴―
『戦力外からのリアル三刀流』(つむぎ書房 2023年4月21日刊行)
『空飛ぶクルマのその先へ 〜沈む自動車業界盟主と捨てられた町工場の対決〜』(つむぎ書房 2024年3月13日より発売中)
『ガチの親子ゲンカやさかい』(つむぎ書房 2024年夏頃刊行予定)

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