第55話 なんのオーラも発していなかった

文字数 1,091文字

 ゆいレール終点首里駅の一つ手前儀保(ぎぼ)駅で二人は落ち合った。
 改札を出た階段手前の隅に佇んでいた彼は、あの日養成学校で見た近見真紀ではなく、なんのオーラも発していなかった。
(化けの皮を剥げば、こいつもこうなるんだな・・・)
 あれほど過信に満ち、寄る者すべてに喧嘩腰で対峙していたマッキーがこんな姿になることを、飯倉は驚きを持って眺めつつも、予期できた結果に、
(井の中の蛙だったろ、な、マッキー)
 と言ってやりたい気持ちだった。
 日本で売れたからと言って世界で通用する時代ではない。ましてや芸に乏しい80年代のアイドルが世界で受け入れられるはずがない。それはわかっていた。
 言葉なくそんな目で見つめる飯倉にマッキーは、ただ項垂れていた。
「おかえり」
 飯倉から歩み寄って彼のしょげた肩をポンと軽く叩いてやった。
 顔を上げたマッキーに飯倉が微笑みかけるより早く、通りがかりのOL風の一団が気づいた。
「あれ、もしかしてマッキーじゃない!」
「そうよ、マッキーよ」
「うっそお、なんでここにいるの!」
 衰えたオーラとはいえ一度は頂点を極めたアイドルである。女性たちが放っておくはずない。
「マッキーさんですよね?」
「声かけていいの!?
「握手してもらえるのかしら?」
 興奮しながら近づいてくる彼女たちを飯倉が制した。
「すみません。今日は彼、仕事じゃないんで。ごめんなさい」
 マネージャーをしていた頃からの習性でタレントの盾になった。そして小声でマッキーに訊ねる。
「どこか安全な場所あるか?」
 すると、マッキーは親指を翳し着いてこいとゼスチャーした。

 そこは亡くなったマッキーの母親の友人が古くから営むベーカリーショップだった。ずっとマッキーを応援してくれていた。
 昼下がりの店には客が誰もおらず、外から見えない位置のイートイン席に店主が二人を案内してくれた。
「まさきちゃん、久しぶりなー」
 照屋美咲(てるやみさき)というその店主は幼い頃からマッキーを知っているせいか、若い女性たちと違って母親のような温かい笑顔でマッキーを迎えてくれた。
「お世話になっております」
 飯倉が美咲に頭を下げる。
「こちらこそー」
 飯倉と美咲はマッキーを介して保護者のような挨拶を交わした。
「表閉めておきますからぁー、どうぞごゆっくりー」
 そう言って美咲はテーブルにサーターアンダーギーとマンゴージュースを置いてくれた。
「すみません。お気遣いくださり」
 飯倉は美咲にもう一度深々と頭を下げた。チラリとマッキーを伺うと彼も照れ臭そうに頭を下げていた。
 二人っきりになってから飯倉が呟いた。
「結局、生まれ故郷だったわけだ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み