第45話 怒りは夢をよりたくさん売る方に

文字数 1,240文字


 各メディアは発覚したラバーズ事務所と民政党の癒着、即ち裏金問題について一斉に特番を組むなど報道を過激化した。
 東京地検特捜部が起訴した政治資金規正法違反の野党議員に続き、民政党安西派の会計担当者がついに口を割ったことからパーティー券収入で得た資金の着服が民政党幹部による指示であったことが表面化し、特捜部は民政党安西派の緒沢謙次郎氏と無派閥でありながら安西派からキックバックを受けていた岸部内閣の官房長官、林田誠三郎氏の起訴に踏み切った。
 民政党は二人の大物議員の逮捕により、しかも一人は現役閣僚であったことから野党から岸部内閣の退陣要求が上がり内閣不信任案が国会で突きつけられた。
 民政党はかろうじてこの不信任案を数の力で退けたが、信頼失墜は行き着くところまで行き、内閣支持率は消費税導入で過去最低を記録した竹村内閣の4.4%を下回り4.1%まで落ちた。
 当然国民からも衆議院解散の声が沸き起こるものの、ここで解散すれば十中八九、与党から陥落するので、岸部首相は衆議院の解散には踏み込めなかった。無論参議院は解散がないため、次の改選まで3年ある。
 失職した参議院野党議員2名の補欠選挙が東京15区と埼玉5区で行われたが、目論んでいた議席獲得ができず民政党は惨敗を喫した。勝ったのは東京15区が政党無所属の元コメディアン、埼玉5区が関西に地盤を持つ新党からの元落語家。共に庶民派感覚の歯に衣着せぬ絶妙なトークを武器に民政党を攻撃し、既成政党に飽き飽きしていた有権者から絶大な支持を集めた。
 この2つの選挙区の候補者名簿にラバーズ事務所から契約を打ち切られた吉岡正志と笑原拓海の名前はなかった。民政党からの推薦を受けられなかったのである。受けたところでかつての人気は翳り、また本家の笑いを取れる芸人には太刀打ちできなかっただろう。
 小坂部たちによって暴かれたラバーズ事務所から民政党へのこれまでの多額の資金供与、その見返りとして受け取っていたラバーズタレント、特に吉岡正志と笑原拓海への過度な放送業界での優遇措置。
 そうした癒着に加え、『笑門来福⤴吉日』のグループ内の不仲説、解散の直接の原因が笑原の横暴にあったことや吉岡の元女子アナに働いた不埒な行動などが暴かれ、アイドルを信奉していた国民のショックは日本中を駆け巡った。メディアはラバーズ事務所のこの杜撰なタレント管理をも大きな社会問題として取り上げた。
 また、そうした事務所の奸計による政界と通じた売り込みによって偶像化されすぎ、国民的アイドルにまで仕上げた『笑門来福⤴吉日』を何のことか存続できず、その煽りを受けて不幸にも自ら命を絶たねばならなかった哀れな犠牲者たちを悼み、裏金問題を引き合いに、メディアは犠牲者を出した主犯はラバーズ事務所であったと扱き下ろした。
 つまり国民もメディアも怒っていたのだ。民政党に対しても、ラバーズ事務所に対しても。怒りは夢をよりたくさん売る方に傾いた。裏切られた思いが強かったからである。
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