第32話 まったく身に覚えのないことです

文字数 797文字


小坂部は表情を固めて言った。
「ラバーズ事務所の筆頭アイドルである吉岡正志氏と笑原拓海氏の宣伝費用としてそのお金が使われた。そこに行き着いてなんの不思議もないということです」
 仲道はまったく表情を変えない。
「N放送局が買ったパーティー券ですよね、ラバーズ事務所が関わったという証拠は?」
 この質問に小坂部は顔を顰めて言った。
「この直後吉岡正志氏は紅白の司会を、笑原拓海氏は大河ドラマの主役を手にしている。他のメンバーにはそのような大きな仕事は回っていない」
「さっきから伺っていると、そうではないかといった当て推量で根拠のない話ばかりです。それでどうしてラバーズ事務所から政治家にお金が渡ったと言えるのです? 会計報告にそんな記載ありましたか?」
「記載はありません。しかし、副社長がわざわざN放送局に出向いて吉岡正志氏と笑原拓海氏の出演料を現金で受け取りに行っていますよね、振り込みでなく・・・どうしてですか?」
そこはメイコが説明する。
「ちょうどその時、うちの取引先銀行がシステムトラブルで振り込みができなくなっていたのです」
「ああ、ありましたね、そんなこと」
「それで放送局から振り込めないとの問合せをいただいたので、やむなく私が直接受け取りに参上したのです」
「なるほど。しかしそれにしてもN放送局にだけ880万円が計上されているのはまだ辻褄が合わない。ひょっとしてラバーズ事務所が直接的な受け取りを隠すため現金で一部だけ受理し、残りはN放送局に広告宣伝費と交際費という名目で処理をさせ、民政党のパーティー券購入に充てさせた、こういうことなのではないですか?」
「ですからその証拠を見せてください」
 小坂部と和田は暫し黙った。
「どうしたのです? ないのですか?」
 小坂部が呟く。
「それを伺いに来たのです」
 メイコが冷たく言い放った。
「だったら、もう用件はお済みですね。まったく身に覚えのないことです」
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