第8話 マルチタレントの栄冠
文字数 827文字
これがはまった。顔立ち整ったアイドルが体を張った芸に全力で挑戦する姿は、視聴者に驚きを持って受け入れられ、お笑い芸人との境界線を一時的にもぼやけさせた。
この時、リーダーの吉岡正志は決意表明的にこう述べた。
「もうさ、俺たち、なんでもやろうぜ! 観る人が面白いって思うことをさ、全部やろうぜ。全部できるマルチタレントになってやろうぜ!」
これに正志と同級生の笑原拓海も符牒を合わせた。
「出ろって言われれば、俺、笑点の座布団運びだって喜んでやるぜ」
福田剛士がつっこむ。
「山田くんの仕事とるのかよ」
「山田くんライバルだと思ってるし」
主役以外どんな役柄でも受ける覚悟ができていたのである。
この時まだ17だった門川慎之介も照れもあったろうに、
「コスプレってさあ、やりだすとアレ、クセになんね」
どんな着ぐるみも着たし、女装だって平気でやった。嫌じゃなかったのである。むしろアイドル未踏の地に足を踏み入れたワクワク感が勝り、彼らを高揚させていたのだ。
いつしか『笑門来福⤴吉日』はその極みに立っていた。彼らには実は非凡なる才能があり、チャンスをものにした時、それを絶対に逃さぬよう彼らはマルチタレントへの道を突き進み始めたのである。
やがては、飯倉の言ったとおり評価が追いついてきて、彼らにたくさんのオファーがやってきた。歌もヒットした。ドラマも映画も当たり前のように主役をもらえるようになった。バラエティのMCさえも、リーダーの吉岡を中心に任される機会を得た。
そんな彼らをラバーズ事務所も特別扱いし始めた。『笑門来福⤴吉日』のプロモーションにそれまでとは桁違いの金をかけた。
彼らは国民的アイドルと称されるようになった。その称号にはただのアイドルではない、マルチな才能を認められた栄冠みたいなのが込められていた。
のちにこの世界に入ってくるタレントたちは『笑門来福⤴吉日』のようなマルチタレントを目指すが、彼らの域まで到達できたものはほとんどいなかった。