第6話 思い切ってアホになりきってみたらどう?
文字数 902文字
時期が悪かったのだ。彼らがデビューした頃の芸能界はいわば、アイドル不況の時代だった。美男美女が作られたイメージのなかで俄か仕込みの歌を、踊りを、演技を、芸事にならぬまま電波に流されることに、国民は辟易していたのだ。
彼らには中身がない、作り物だと。それならば、自分で自分をプロデュースできるアーティストや、芸事を極めた漫才師や噺家の方がずっと面白い。彼らは流れを読むのがうまく、即興で番組にフィットしたアクションを放り込める。
だから制作者たちはアイドルより芸人を重用し、番組を構成した。理由は簡単、そっちの方が視聴率が稼げるからである。
日に日にアイドルの出番は減っていき、あれほど盛況を極めた歌番組も主放送局やゴールデンタイムから消えていった。代わりに台頭してきたのがバラエティである。その中心にはユーモアと知性と番組回しの才に富んだお笑いタレントがMCとして起用された。彼らのトークは一種の芸術だった。彼らにかかれば売れないタレントですら瞬間光が当たった。
しかし、そこにアイドルの出る幕はなかった。アイドルはMCが求める裏回し、すなわちMCをサポートできる転がしができない。ただひな壇に座って、MCから振られたことに優等生的な回答しかできない。そのやりとりは番組制作者からもMCからも、その向こうにいる多くの視聴者からも何の生産性もない無駄な時間だと思われた。有能なMCだからこそ陳腐なアイドルのコメントを拾い上げ笑いを取れるが、それに依存せねばならない飾り物の芸の低さに、人々は見切りをつけていたのだ。
そんな最中デビューした生粋のアイドル『笑門来福⤴吉日』がカッコよさだけで売れるはずがなく、ご多分に漏れず俄か仕込みの彼らの歌や踊りはすぐに行き詰まった。テレビの出演もだんだんとなくなり、地方営業や演芸場での前座など、それまでのアイドルとは程遠い端っこの仕事しか回してもらえなくなった。
この危機に、結成当時からの彼らのマネージャー飯倉三津郎(いいくらみつろう)は『笑門来福⤴吉日』の面々に向かってこんなアドバイスをした。
「こうなったらダメもとでさ、思い切ってアホになりきってみたらどう?」