第101話 億劫な感情

文字数 914文字

「店には毎日のように共同経営者の支倉晴郎と行っていたようですが、支倉に異常は見られません。彼がいま事務所の代表を務めていますし」
「ターゲットを飯倉に絞っていた・・・その訳は?」
「おそらく中心となって彼が集めてきた『笑門来福⤴吉日』の元メンバー5人の再結成を阻むために」
「何のために?」
「どうやらそれを快く思わぬ黒幕がいるようですね」
「やっと出てきたか、黒幕が」
 本丸にようやく辿り着いたことに、小坂部は強張っていた顔を少しだけ緩めた。
「誰だ? その黒幕とは?」
 ストレートに聞いた。
 和田は我が娘もかつて推していたあの国民的アイドルグループの再結成に複雑な感情を抱いていた。それが故に黒幕への隠されたコンパッションが言葉に顕われていた。
「娘を『笑門来福⤴吉日』に奪われたと思い込んでいるゴシップ好きのあのメディアですよ」
「あっ、あいつか! あのハイエナ!」
 以前、共同戦線を張ってラバーズ事務所と民政党の癒着を暴いた芸能メディア、アジアンニュースJPエンタメ部妹尾元親のことを小坂部は思い出した。法すれすれの妙技を使うが、少なからず彼のお陰であの事件は解決を見た。
 ハイエナというワードに和田は皮肉っぽく表現を足した。
「そうです。ラバーズを陥落させたあの功労者、かつ厄介なハイエナ」
 小坂部が小さく頷く。
「娘を奪われたと言ったな?」
「ええ」
「どういうことだ?」
「覚えていますか、小坂部さん、『笑門来福⤴吉日』解散後、新潟で起きたあの集団自殺?」
 小坂部は顔を上げて記憶を辿った。そして思い出した。
「あれだな。推しの衣装とキャラクターグッズと共に一酸化炭素中毒で死んだ・・・あの痛ましい事件」
「そうです。あの中の一人がハイエナの娘ですよ」
「な、なんだと!?
「麻倉真悠。彼女はじつは妹尾元親の一人娘だったんですよ」
 あの日、和田が我が事のように悔いて囁いた言葉を小坂部は思い出していた。
『自分の親がどんなに悲しむか考えたことあるんだろうか? せめて終える前に相談してあげて欲しかった・・・』
 この錯綜した事件に、小坂部は同じファンだった娘を持つ和田の複雑な心情を悟った。また同時に、この後の仕事に億劫な感情を抱かざるを得なかった。

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