第９９話　妹尾さん、娘さんいたの？

「でも、吉岡正志と笑原拓海はあの事務所に移ることを表明したわ。すでに５人が一緒になることは決まっている」
　妹尾は小さく首を振った。
「おまえの言う紐帯とやらなしで、あの５人が仲良くできると思うか？　仲直りしたわけじゃない。奴がいたから戻ってきただけだ。いなけりゃまたすぐに飛散する」
「妹尾さん、あなた大丈夫？」
「なにが？」
「一線超えてない？」
「どの線だ？」
　莉夢が言いたいのは、法の外にありそうなメディアや芸能界でも、法を犯したら行くところは病院のベッドなんかじゃない。檻の中だ。
　莉夢は怖くなった。妹尾に着いてきたことが。
　しかし、妹尾は自信たっぷりに言う。
「心配するな。俺もおまえも道に悖るようなことはしてない。世の秩序を乱しているのはどっちだ？　神から裁きを受けるべきはあいつらの方だろ」
　莉夢は思った。神からの裁きの前に人知で裁かれるのは自分たちではないかと。
　莉夢は問わざるを得なかった。
「妹尾さん、どうしてあなたそこまで・・・」
　いまさらながら莉夢は妹尾のこの異常とも言える執念に想像が及ばない。仕事とは言え、意に添わぬ相手を殺害しようなどと考えるのは明らかに法を逸脱している。
　妹尾は莉夢を見ず、どこか遠くを見つめるように呟いた。
「仇討ちさ」
「仇討ち？」
　視線を戻し莉夢を撃ち抜くように妹尾は言った。
「俺の娘は、あいつらに殺された」
「えっ!?」
　思いもよらぬ発言に、莉夢は迷いながら震える舌を回した。
「ムスメ？　娘さん？　妹尾さん、娘さんいたの？」
「ああ、別れた女房との間にな」
　莉夢は妹尾がずっと独り身だと思っていた。
「ニュース報道に接していたおまえなら覚えているだろう、新潟で二人の犠牲者と共にこの世をさったあの事件」
「あっ！　そ、それって・・・」
「真悠(まゆ)、麻倉真悠(あさくらまゆ)、俺の娘だ」
　『笑門来福⤴吉日』解散後、立て続けに起こったアイドルロスによる一連のファンによる自殺。その中で新潟の雪深い山村で集団自殺を図った３人。そのうちの自殺志願者を募った首謀者。それが妹尾元親の娘、麻倉真悠だった。麻倉は元妻の姓だ。
「真悠は殺されたんだ、あいつらに」
「・・・」
　妹尾の瞳にこれまでにない憎悪が乗っていたのを無言で見つめ、莉夢はさらなる恐怖を感じた。