第98話 そろそろ三途の川を渡っているんじゃねえかな

文字数 778文字


 朝比奈莉夢が妹尾のデスクに歩み寄り、彼の耳元で囁く。
「どうやら再結成、支倉が単独で進めているそうよ」
 『HAPPY DAYS 100⤴』事務所周辺で聞き込みまわって彼女が得たその情報は、妹尾にとって新しいものではなかった。
「そうなのか」
 反応の薄いボスに莉夢は言葉を足さねばならなかった。
「それってつまり、飯倉が降りたってことよ」
「そういうことになるな」
「驚かないの?」
「事務所がなくなったわけじゃないだろ?」
「そうだけど、あれほど熱を入れていた飯倉が降りるっておかしくない?」
「奴になにがあったか調べたか?」
「そこまではまだ・・・」
「らしくないな。居場所を調べればすぐにわかるはずだ」
「妹尾さん、ひょっとして知ってたの?」
 妹尾がニヤリと笑う。
「今頃、ベッドでネンネしているはずだ」
「そんなこと関係者誰も・・・」
「言ってねえだろうな、支倉が必死に隠しているから」
「隠している?」
「連中が知れば、せっかく集まったのがオジャンになるしな」
 このことは所属タレントの誰にも言っていない。支倉だけが知っていることだった。
「そろそろ三途の川を渡っているんじゃねえかな」
「えっ! まさか、妹尾さん・・・」
「俺じゃねえよ」
 否定しながらも満足に浸るその表情の奥には先日、海堂メイコの隠し口座から闇ブローカーに振り込んだ70万ドルの成果をひしひしと感じていた。
「委託殺人ってこと?」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うな。俺はただ世直しをしているだけなんだぜ」
 莉夢はわかってしまった。妹尾が例の闇ブローカーに飯倉の殺害を依頼したのだと。
「どうりで・・・」
 妹尾があそこからの脅迫に悩む姿を最近見せないと思っていた。てっきり解決したものと莉夢は思っていた。
「彼等の紐帯を消してしまえば再結成はない、そういうことね」
「意味がわからんな」
 妹尾の虚無的な笑いに莉夢は畏怖した。
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